Jリーグ25年の歴史において、湘南ベルマーレの曺貴裁監督は、初めて同一チームをJ1へ三度昇格させた指揮官となった。
最初はヘッドコーチから昇格した就任一年目の2012シーズン。前任の反町康治監督(現松本山雅FC監督)時代を支えたベテラン勢が去り、一気に若返ったチームは爆発力と不安定さを同居させながらも、最終節の勝利で京都サンガF.C.を逆転して2位に滑り込んだ。二度目は2014シーズン。合言葉となった『湘南スタイル』の下、円熟味を増したチームは開幕14連勝を達成。9試合を残して史上最速での昇格を決め、最終的には勝ち点101を記録するなど、異次元の強さで駆け抜けた。
そして今シーズン。昇格と優勝を決めた明治安田生命J2リーグ第39節終了時点で、総得点55はリーグで7位タイ。群を抜く86得点を叩き出した3年前の爆発力はなく、むしろ大量3失点を喫して零封された黒星が3つもあった。それでも連敗はなし。先制した試合は22勝4分けと不敗神話も築き、1-0で手にした白星は10に達した。粘り強さや勝負強さを身にまとってきた軌跡を、就任6年目を迎えた指揮官は「選手が一番成長したシーズン」と位置づけている。
「ピッチの中でやるべきこと、強くなるために越えなければいけないハードル、見てくれではなく、実は見えないところに美学があるという点も含めて、選手がすごく大人になったと思う」
2014シーズンを知る選手は、わずか5人しかいない。翌2015年には8位に躍進してJ1残留を達成したが、シーズン終了後にキャプテンだった永木亮太、遠藤航らが新天地へ旅立った。さらに昨オフには「10番」の菊池大介らが移籍。ゼロからのスタートを余儀なくされた中で、キャンプの段階から試行錯誤を繰り返して思い悩んできたと曺監督は明かす。
「一歩進むにもすごく時間がかかったし、一歩進むことによって二歩後退するようなリスクもあった。何となくあのあたりに光が見えるかなという感じで、少なくとも半歩ずつ進んできた中で、勝ちたいという気持ちを選手が表情に出せるようになった」
J.LEAGUE■指揮官が考える湘南スタイルとは?
実はホームのShonan BMWスタジアム平塚で優勝したのは今シーズンが初めて。そのファジアーノ岡山戦は、ある意味で今シーズンを象徴する90分間だった。
前半終了間際に先制しながら、後半は球際の攻防で後塵を拝し、86分には昨シーズンまで在籍したMF大竹洋平に同点弾を許す。その前後には決定的なピンチをGK秋元陽太が防いだ。終了間際にはペナルティエリア内で両チームの選手がラグビーの“モール”のように折り重なって倒れ込む場面もあった。
「勝ちたかったけれども、最後まで崩れずにやれたのは今年の湘南の強さだと思う」
キャプテンのMF菊地俊介はドローの末に手にした優勝を悔しがりながらも、逆転を許さなかった守備に胸を張った。攻撃面で湘南らしさを発揮できなくても、数センチでもいいから球際の攻防で上回る。曺監督を喜ばせた「見えないところにある美学」とは、選手全員が歯を食いしばって具現化させた泥臭さにあると言っていい。
今ではすっかり定着した“湘南スタイル”の定義について、曺監督は2015年2月に発表した初めての著書『指揮官の流儀』(角川学芸出版刊)の中でこう記している。
「スタンドとピッチが同じ気持ちを共有しながら、スタジアム全体に『これが湘南のサッカーなんだ』と胸を張れる空間を作り出す」
永木や遠藤がいた時の“十八番”だったショートカウンターは、気持ちを共有する手段の一つだった。今シーズンならば、言うまでもなく体を張った守備となる。ギリギリの攻防が繰り広げられるたびに、台風22号の影響で大雨が振る中を駆けつけた8,780人のファン・サポーターは雄叫びを響かせ、拳を振り上げた。
先週は台風21号の影響で相模川が氾濫。隣接する練習拠点の馬入ふれあい公園サッカー場天然芝グランドが水没したが、クラブスタッフやアカデミーの選手・家族だけでなく、サポーターや市民までが復旧ボランティアとして連日集結。全国のサッカーファンを驚かせ、感動させる輪が湘南を触媒とする証と言えるストーリーがまた一つ生まれていた。
「文明がどんどん進んで、たとえロボットが人間を支配する時代になったとしても、人の心だけは絶対に変えられない。だからこそ人の心に向き合えるチーム、人の心をピッチで表せるチームにしたいと常に思ってきた」
岡山戦後にこんな思いを明かした指揮官は、両チームの選手が入り乱れ、危機一髪の状況を招いた後半アディショナルタイムの場面を今シーズンの象徴として挙げた。
「我々がファウルを取られて、PKになってもおかしくなかった。そうならなかったのは人の心が表れていた以外の何物でもないし、あの場面を見た子供たちや若い選手たちが『頑張ろう』と思ってくれたとしたら、すごくいいことだと思う」
カテゴリーが違った昨年は曺監督とよく連絡を取っていたという岡山の長澤徹監督は、J2降格が決まった直後の昨秋の曺監督の心境を「闇の中にいた」と慮った。
「その一年後に素晴らしい姿を見せられる。彼は天に選ばれた人なんだろうなと」
まるで天が祝福するかのように、表彰式とゴール裏のスタンド前で行われた異例のビール掛けの間だけは大雨がピタリと止んだ。そしてピッチには下部組織の子供たちが招かれ、歓喜のビール掛けを記憶に焼きつけた。ビールの集中砲火にあった曺監督が笑う。
「我々を見た子供たちに『ああなりたい』と思ってもらうことは、僕の中で大事なことなので」

ホームで優勝を達成できたからこそ生まれた光景。前身の藤和不動産サッカー部が創立されてから、来年で50周年を迎える。節目のシーズンをJ1で迎えるという宿願を成就させた2017年10月29日は、湘南の魂が未来を担う世代へと引き継がれた日にもなった。
文=藤江直人
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