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夢見ることを決してやめない――。右足切断危機を乗り越えたカソルラ。毎分、毎秒を楽しむ“両利きの魔法使い”

14:00 JST 2019/01/11
2019-01-04 Cazorla Villarreal
闘うことを決してやめない。夢見ることを決してやめない――。そう言い聞かせてきた男は、右足の切断危機から帰ってきた。ピッチに戻ってきたサンティ・カソルラは、いつ終わるかも分からない物語を全身全霊をかけて楽しんでいる。

闘うことを決してやめない。夢見ることを決してやめない――。

バレンシアにあるリハビリテーション施設で、サンティ・カソルラは何度も、何度もそう頭の中で繰り返していた。

その施設の責任者フアン・カルロス・エランスは、スペイン代表で働いた過去を持つ理学療法士で、カソルラが同チームでプレーしていた頃から信頼を置く人物だ。彼らはここまで、二人三脚で歩みながら、苦しみの先に光を見ることを目指してきた。だからこそ、先のレアル・マドリー戦(リーガ第17節 2-2)でカソルラが2ゴールを決めたとき、エランスは涙を流すことになった。そう、カソルラは、“両利きの魔法使い”は、戻ってきたのだ。苦労と努力は、報われたのだった。

■歩くことができれば、それで満足すべきという深刻な状態

2017年初頭、サンティ・カソルラがまだアーセナルでプレーしていたとき、右足首の負傷を目にしたイギリスの医師は白旗を上げた。カソルラはその医師から、自分の息子と庭を歩くことができるようになればそれで満足すべきと伝えられた。

この地獄の始まりは、さらに4年前まで遡る。2013年9月、カソルラはスペイン代表として臨んだチリ代表との親善試合で負傷し、右足首の骨にひびが入った。この負傷は3年前に臨んだヘルニアの手術に比べれば深刻なものではないと思われた。が、その足首のケガをきっかけに、予期などしていなかった現役引退の可能性が生じることになったのだった。

カソルラの足首の痛みは消えることなく、その痛みを和らげながらプレーしようとしたため、左ひざのじん帯損傷など度重なる負傷に苛まれることに。そして2016年12月7日から、右足首の手術に次ぐ手術の日々が始まった。まずスウェーデンの医師が化膿した足首に手術を施した。当初は3週間で回復するものとみられていたが、抜糸後に傷は何度も開くこととなり、結局は1年に8回もの手術に臨むことになった。

イギリスの医師たちは足首の異常に気づくことができなかった。「僕はアーセナルでプレーし続けた。足首の状態に問題はないと言われていたからね。だけど問題は癒合することなく傷が開いてしまい、化膿していくことだった」。カソルラは当時について、そう振り返る。

イギリスの医師が異常に気付いて白旗を上げた後、カソルラはバスク・ビトリアの医師ミケル・サンチェスのもとを訪れる。この医師はカソルラの足首から、プロアスリートにはあり得ない症状を目にすることになった。彼のアキレス腱は、8センチもバクテリアに侵食されていたのだった。サンチェスはカソルラに対して、足を切断しなければならないリスクすら孕むような状態にあり、歩けるようになることが何よりも大切だと伝えなくてはならなかった。もう一度芝生の上でボールを蹴られるどうか……、そんな可能性まで言及されることはなかった。そこにあったのは選手生命の危機ではなく、普通の日常生活を送れるかどうかの危機だったのである。

サンチェスはまず、抗生物質によってバクテリアの問題を解消し、そして半腱様筋健を用いてアキレス腱を再建術を施した。手術をした傷には娘のインディアの名が刻まれた左腕の皮膚を移植。娘の名は左腕、足首と半分ずつに分かれた。「腕のタトゥーを、これからどうすればいいかは分からない。多分、このままにしておいた方がいいだろう。不完全な文字になってしまったけれど、これまで以上に意味を持っていると思う」(カソルラ)。その皮膚を移植した右足首に写真は、私が働くスペインのスポーツ紙『マルカ』の1面に掲載されたが、世界中に衝撃を与えている。

カソルラはこの手術以降、フアン・カルロス・エランスの施設でリハビリに取り組むことになった。子供たちの学校の事情もあり、ロンドンに家族を残し、たった一人で。孤独の中でのリハビリは、熾烈を極めた。午前にピラティスかプールでの訓練に励み、午後にはフィジカルの維持に取り組む……。全工程を終えるまで夜の11時までかかることもあった。さらに2017年11月にはアキレス腱の再建がうまくいっていないことが判明し、またも手術に臨んだ。すべて一からのスタートを強いられることとなり、さらなる痛み、そして選手生命が断たれたのかどうかという疑いは消えなかった。“両利きの魔法使い”は、その杖たるボールに触れられない日々を、ただただ過ごすことになった。

それでもカソルラはあきらめなかった。再びピッチに立つことは自分の夢でもあり、息子エンソの夢でもあったのだから。そして、旧友たちも彼のことを支えた。「誰がどういう人間なのか、今ならはっきりと分かるんだ。毎日、(アンドレス)イニエスタ、(ダビド)シルバ、ビジャからメッセージをもらったよ」。カソルラはリハビリに励んでいた当時、そのように話している。

■古巣ビジャレアルへの復帰

例えカソルラがいかに復帰を望んだとしても、実際にプレーできる場所が見つかるかは分からなかった。しかし2018年7月、古巣ビジャレアルの会長フェルナンド・ロッチが手を差し伸べる。ロッチはカソルラという選手を深く寵愛していた。2003-04シーズンに当時18歳だった彼をオビエドから獲得し、それから7シーズン後に2500万ユーロという断り切れぬ移籍金でマラガに売却したときには涙を呑んだ。だがビジャレアルやロッチにとって、カソルラは忘れ得ぬ存在であり、下部組織の寮の入り口には彼のポスターが貼られたままとなっていた。

カソルラに声をかけたロッチではあったが、そこはプロフェッショナルの世界である。約束できるのは、テストを受けさせることのみであった。こうしてカソルラは今季プレシーズン、まるで下部組織の選手のように練習、親善試合に取り組んだ。それから1カ月後、クラブは彼が第一線でやれるとの確信を手にし、8月9日に本拠地エスタディオ・デ・ラ・セラミカで彼の入団発表を執り行っている。

4500人のファンが詰めかけた入団発表で、有名なイリュージョニスト、ジュンケの手によって、何もなかったはずのカプセルから煙とともに姿を現したカソルラ。マイクを手に取った彼は、感動の気持ちを素直に表現した。

「この瞬間だけで、あれだけ苦しんだことが報われたように思う」

■いつ終わるかも分からない物語

カソルラは今季、イリュージョンなどではなく、現実のビジャレアルの選手としてピッチに立っている。前監督ハビエル・カジェハも、彼の解任後にチームを率いているルイス・ガルシア・プラサも、彼のような才能にあふれた選手を擁していることに大きな喜びを感じている。

ただし、感動の復活劇によってすべてが完結を見たわけではない。物語は続いていくのだ。ビジャレアルと年俸50万ユーロ(税負担なし)、1試合出場につき2万ユーロという、やはり下部組織の選手のような契約を結んでいるカソルラは、自分のアキレス腱がいつまた悲鳴を上げるか分からないことを知っている。どの試合が最後の一戦になるか分からないことを知っている。だからこそ今、ピッチ上でボールに触れられる喜びをかつてないほど噛みしめている。毎分、毎秒を楽しんでいる。

「自分の後ろには多くの人たちがいるわけで、やっぱり責任は背負わなくてはいけない。でも、僕たちが選手になりたいと願ったのは、プレーすることが楽しいからにほかならない。これまで以上にピッチに立つ時間を大切にしたい。いつまで続くのか、自分にだって分からないから」

あのレアル・マドリー戦の2ゴールの後、指揮官ルイス・ガルシアは語った。「彼は怪物だ。私がチームを引き継いでからの2試合では起用できなかったが、どんどん良くなっている。彼は今日だけでなく、いつだって模範的だ。出場できないときに練習に臨む姿勢も含めてね」。

いつ終わるかも分からない物語の中で、カソルラは輝きを増す。そんな姿は息子のエンソをはじめとした彼の家族だけでなく、多くの人々の心を打つものだ。

“両利きの魔法使い”は今日も、満面の笑みを浮かべながら、ボールを蹴っている。

文=ミゲル・アンヘル・ロドリゲス/スペイン『マルカ』バレンシア支局
翻訳・構成=江間慎一郎

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