■ラストチャンスをモノにした東京V
後半アディショナルタイムに入ってから、すでに5分は過ぎていた。東京ヴェルディの選手たちは最後の力を振り絞り、横浜FCゴールに迫っていく。そこで得たCKは、おそらく彼らにとって最後のチャンスだった。
その時、GKの上福元直人は自陣ゴールを明け渡し、ベンチに向かって何かを叫びながら、相手ゴール前へと上がっていった。
「今度は行っていいか?」
おそらく、そういった言葉を発したはずだ。
その数分前、東京Vは同様にCKのチャンスを得ていた。引き分けでは敗退が決まる。あとのない状況下で訪れたセットプレーの機会で、GKが相手ゴール前に上がりターゲットの枚数を増やすことは、決して特別なことではない。むしろ、常套手段と言えるものだ。
しかし、一度は上がりかけた上福元は、ベンチからの指示を受け取ると、踵を返してやや残念そうに自陣へと戻っていった。このシーンを緑の守護神は振り返る。
「まだ時間があるとベンチのほうも思っていたんでしょう。まだ行くなと、監督からストップをかけられて。自分も1点を取るための力になりたい気持ちを持っていたので、意思表示しましたけど、監督は忠実にプレーをこなすことが結果に繋がると考えている人。だからそれを受け入れて、その後のプレーに備えようとすぐに切り替えました」
■ロティーナの采配に見る忠実さ
忠実に――。この上福元の言葉から、ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督のスタンスが窺えるだろう。就任2年目を迎えたロティーナ監督の目指すサッカーは、まさに忠実そのものだ。合理的といった方がいいかもしれない。
エスパニョールやデポルティーボなどを指揮したスペイン出身の戦術家は、攻守において正しいポジションを徹底し、より確率の高い選択肢を求める。ある意味で当然のことではあるものの、正しい判断が備わらなければ、それを成し遂げることはできない。日々の鍛錬のなかでその意識を徹底し、忠実なスタイルを身に付けてきた東京Vは、ロティーナ監督の就任以降、2年連続でプレーオフに駒を進めている。
もっとも緻密な組織は備わるも、圧倒的な個性がなく、爆発力に欠ける。とりわけ攻撃面には迫力が足りず、シーズンを通して勝ちきれない試合も目に付いた。この横浜FCとの一戦でも、ボール支配で上回りながら、なかなか決定的な場面を作れないもどかしい展開が続いた。
それでも終盤は、チームトップスコアラーのドウグラス・ヴィエイラを投入してFWを3枚とし、相手の背後をシンプルに突く戦略を取った。引き分けでは終わり。勝つしかない状況下であれば、当然の判断だ。リスクを負えば、その分背後が手薄になる。実際に相手ゴールに迫る機会が増えた一方で、横浜FCのカウンターを浴び、あわやという場面も迎えている。

そうしたなかで迎えたCKの場面、ロティーナ監督は残り時間を考えて、リスクをできるだけ排除する選択肢をとった。そうした監督であることを、上福元は理解している。だから、引きずることなく、次のプレーに切り替えることができたのだ。
ロティーナ監督は、他にもこの試合でディティールにこだわった采配を振るっている。前半はFW林陵平をやや左に配置させ、左サイドからの攻撃を狙った。相手の右センターバックを林に対応させ、テクニカルな左シャドーの佐藤優平に、より多くのプレー機会を与えるためだ。実際に佐藤はボールタッチの回数は多かったもののファウルでつぶされる場面も多く、そこから効果的な攻撃が生み出されることは少なかった。それでも、能動的に相手の守備組織を崩そうとする意図が見えたロティーナ監督の一手だった。
また、後半立ち上がりには、攻守のつなぎ役として機能していたボランチの井上潮音を、あっさりとベンチに下げている。前半のベストプレーヤーのひとりであった井上の交代には、疑問符が沸いたが、ここでもロティーナ監督のリスクマネジメントの術があった。
「先週と同じことを起こしたくなかった。我々が退場者を出したことを繰り返したくなかった。潮音はいいプレーをしていたが、競り合いが多く、ファウルが多い試合になっていた。2枚目のカードが出る可能性があったので、チェンジしました」(ロティーナ監督)
ロティーナ監督は、数的不利に陥った参入プレーオフ1回戦の大宮アルディージャ戦を踏まえたうえで、前半に1枚カードをもらっていた井上を、躊躇なく代える選択を下したのだ。
きめ細やかなロティーナ監督の采配は、佐藤の言葉からも読み取れる。
「監督には途中から(前線に)残っていろと言われていました。ドウグラスとレアンドロが前にいるから、お前も残っていろと。そこで守備に力を使わずに済んだことが、最後のキックの時に、パワーが残っていたのかなと」
■劇的な結末を生み出した指揮官の決断

戦況を見極めた指揮官の判断が、結果的に劇的なクライマックスを生み出すこととなる。
そして迎えた最後のCKの場面。上福元のアピールに対し、ロティーナ監督は背中を向けながら、親指を立てた。その所作は「やってやれ!」と、前向きに送り出したものではなく「もう、どうにでもなれ」と、半ば投げやりのように映った。おそらく、逡巡(しゅんじゅん)があったのだろう。忠実を求める指揮官にとって、あるいは避けたかったことかもしれない。だが、哲学を曲げてまで下した決断に、上福元は応えた。
パワーを残していた佐藤のキックは、強い気持ちを備えてゴール前に上がってきた守護神の頭をとらえる。完璧なヘッドは相手GKに阻まれたものの、こぼれ球に反応したのは途中出場のドウグラス・ヴィエイラだった。
あまりにも劇的な結末。ニッパツ三ツ沢球技場に緑の歓喜が爆発した。しかし、試合後のロティーナ監督は冷静だった。
決戦の相手となる磐田の印象を問われると、「磐田に関しては、また落ち着いて別の機会に話したいと思う。まだ語りたくはない」と口を閉ざした。
戦いはすでに始まっている。スペイン人指揮官の表情は、そう語っているように見えた。
文=原山裕平
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