「ダービーはどんな時でもダービー」マドリディスタの記者が語るアトレティコ戦の意味

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シーズンはまだまだ序盤。優勝がかかるわけでも、最終順位が決定するわけでもない。それでも、ダービーが持つ意味は確かにある。マドリディスタであるスペイン人記者はレアル・マドリーとアトレティコのダービーの持つ意味をどのように捉えているのだろうか。スペイン紙『アス』のアグスティン・マルティンが思いをつづる。

ダービーはどんな時でもダービーである。マドリーにおけるダービーとは、人々のために是が非でも勝たなくてはいけない試合を意味する。どちらが敗者になったとしても、その敗戦は決して受け入れられることはない。レアル・マドリーが負ければ敗戦の言い訳探しが行われ、アトレティコ・マドリーが負けた場合でもその3/4程度には同じ事態が巻き起こる。それは、ダービーが常に議論を巻き起こす性質を持ち合わせているからである。巷はダービーに関する話題、議論、不平不満、反発心で溢れかえり、それはまさしくフットボールの醍醐味とでもいうべきものだ。それははるか遠い昔から変わらない。

■マドリー・ダービーが意味すること

Costa Sergio Ramos Super Cup Real Madrid Atletico Madrid

レアル・マドリー対アトレティコ・マドリー(またはアトレティコ・マドリー対レアル・マドリー、順序はどちらでもよいのだ)とは、一体どちらがマドリーを代表するクラブなのかを決する試合、もっと言えば、どちらがマドリーを制しているのかを決する試合だ。そして、順位表で下にいるどちらかのチームは常に上を意識せざるをえない。私のようなマドリディスタの場合は、アトレティコ・マドリーよりも上位にいたとしてもそれを祝うためにシベーレス広場へと出かけることはないが、少なくとも我々の方がより優れていることをアトレティコ・マドリーのファンに思い出させることができる。これは縄張り争いともいうべきテーマだが、かといってその結果如何によってダービーの価値や重要度が下がることはありえない。

アトレティコ・マドリーの場合はどうだろうか。彼らはもしレアル・マドリーよりも上位に立てばマドリディスタを見下すことはできるかもしれない。私もアトレティコ・マドリーの友人との間でそういった経験があるし、その友人にやり返したこともある。ダービーがあることで私の同僚や友人のマノレテとは1週間を笑いながら、そしてからかい合いながら過ごす。昔からダービーとは隣人やデスクの同僚に勝利することであり、また冗談を言い合うものなのである。

■マドリディスタになった経緯

Vincente Calderon Atletico Madrid

私は80年代初頭、ビセンテ・カルデロンに足繁く通い始めた。まだ6歳や7歳の子どもだった頃の話だ。アトレティコ・マドリーを愛する隣人が私をロヒブランコの本拠地へと連れて行ったのである。転機は10歳の頃だっただろうか。フットボールに強く魅せられ始めていた少年にとって、バスと地下鉄を乗り継いでサンティアゴ・ベルナベウへと向かう旅路は重要な転換点、そして冒険だった。その少年がマドリディスタとしての情熱を感じ始めたのはその旅がきっかけだった。キックオフの2時間前にスタジアムに到着すると、他の観衆と押し合いながらいつか自分のアイドルとともにプレーすることを夢見て、飛び跳ね、そして声援を送る。

少年はピッチを取り囲むスタンドの上から下、そして東から西へと駆け抜けるエネルギーを感じ、選手たちに目を奪われる。私にとってそれはフアニートやサンティリャーナだった。フアニートは闘争心そのものであり、サンティリャーナはジャンプすると2メートルの高さで空中にとどまることができる、まるでヒョウのような選手だった。彼らはあらゆる子供が真似をしたがるサーカスのアトラクションだ。

学校の休み時間には、フアニート(興味深いことに、フアニートはウーゴ・サンチェスやラウル・ゴンサレスと同じくレアル・マドリーの前にはアトレティコ・マドリーに所属していた)やサンティジャーナのように、アトレティコ・マドリーを相手にゴールを決めるのを夢見る。大事なのはアトレティコが相手であるということだ。ゴールを決めれば決めるほど素晴らしいのだ。それ以上に一体何があるだろうか?

■チームは変われど、変わらぬ関係性

少年は、それは年齢のせい、つまり成長とともに忘れてゆくものだと考えていた。そのうち一人の大人としての振る舞いをするようになるのだと。しかしそれは誤りだった。成長し、成熟し、アイドル選手の一面を知れば知るほどそれが人生を通じた感情であることがわかるのだ。マドリー・フットボール・クラブとアスレティック・デ・マドリーとの間で最初の試合が行われた20世紀初頭から現在に至るまで、それは変わらない事象なのである。アトレティコ・マドリーはディエゴ・シメオネを監督に招へいしたことによって大きく様変わりした。今やアトレティコ・マドリーはもがき苦しむクラブではなく、むしろその対極にある。

そのような関係性の中にあっても、イグナシオ・ゾコやヘスス・グラリアのような輝かしいベテランの逸話を語ることができるのは一つの特権である。ゾコはレアル・マドリー、グラリアはアトレティコ・マドリーでプレーしたが、2人はサンティアゴ・ベルナベウからわずか500mの距離にある同じ家に暮らし、ダービーの日には同じ車で家路へとつかなくてはならなかった。

また、サンティアゴ・ベルナベウから1kmの距離にあるカスティーリャ広場に住んでいたアトレティコ・マドリーのアデラルド・ロドリゲス、60年代に両チームの選手が一緒にビールを飲み、カード遊びをしていたベルナベウ近くのバル“チキフル”、ベルナベウのスタンドから投げつけられた1リットルのビール缶をその場で飲み干したルイス・ペレイラ、ゴールによってロヒブランコを黙らせたラウル・ゴンサレス、そしてアトレティコ・マドリーにコパのタイトルをもたらし、ジョゼ・モウリーニョを葬り去ったミランダのゴールなど、ダービーは観れば観るほど多くの出来事を提供してくれる。

ダービーは単なる試合ではなく、両者の健全ないさかいを超えた、お互いの対抗意識がぶつかり合う試合だ。ダービーは試合が行われる前週の月曜日に始まり、次のダービーが近づくと終わる。その間は戦争、緊張、自慢が続くが、全ては自らの優位性を示すため、そして縄張りを示すためだ。

まさしくダービーはどんな時でもダービーであり、重要なのは試合の中身以上の何物でもない。土曜日の試合が終われば、我々はまた新たな論争を始めるだろう。それはいつ終わるのか、という質問にはこう答える。

次のダービーが終わる時さ、と。

文=アグスティン・マルティン/Agustín Martín(スペイン紙『アス』記者)

協力:江間慎一郎

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