3月8日は、フィレンツェでも国際女性デーのはずだった。だがイベントのシンボルと言えるミモザの花を街中で見つけることはない。店はどこも閉店し、数え切れないほどの人々が道を埋め尽くしていた。不思議に思い、「なぜ中心街のバールがどこも閉店しているのか」と尋ねる観光客もいた。しかし彼らにその説明を求めることは酷である。フィレンツェは、まるで感情を表現することを恐れているかのごとく、朝から非現実的な雰囲気に包まれていたのだ。
そんな多くの人々が向かった先は、サンタクローチェ広場である。そう、この日はダヴィデ・アストーリに別れを告げる日なのだ。多くのフィレンツェ市民が悲しみに暮れていた。
広場には、時が経つごとに人々が集まり始め、朝9時にはすでに数百人の人が詰めかけていた。多くの人々は首にフィオレンティーナのマフラーを巻き、中には横断幕を掲げる者もいた。
広場の近くにあるアルベルティ美術高校は、葬儀に参加しようとする若者で溢れかえっていた。校舎の窓からは「D・A・13 チャオ、カピターノ（ダヴィデ・アストーリ13番、さようなら主将）」との横断幕が垂れ下げられ、広場にも8000人にも上る若者が集まったのだ。しかし、だからといって広場に賑やかな雰囲気は訪れない。どんなに人が集まろうと、その場はただただ沈黙に支配されていた。
その沈黙が破られたのは、教会に数多くのダヴィデの友人が到着したときである。割れんばかりの拍手が送られ、ヴィオラのサポーター、そしてフィレンツェの街全体が参列者を歓待した。彼らはダヴィデに代わり感謝を伝えたかったのだろう。まさに、これ以上のもてなしはないとも言える。
地鳴りのするような拍手で迎えられ特別な扱いを受けたのは、イギリスから到着したばかりのジャンルイジ・ブッフォンや決して穏便とは言えない形でフィオレンティーナを去ったフェデリコ・ベルナルデスキだ。他にもヴィオラのファンが忘れもしないかつてのスター、マヌエル・パスクアルやボルハ・バレロ。さらにはフランチェスコ・トッティやフィリッポ・インザーギ、ダミアーノ・トンマージやヨシップ・イリチッチ、それにインテルやスパルのメンバーも全員、分け隔てなく歓待された。
Getty Imagesそして、最後に到着したのはダヴィデである。ファンからこれ以上ない感謝の気持ちが注がれ、フィレンツェはクラブのカピターノに今一度、心からの拍手を送った。葬儀の間は表現しようのない沈黙で覆われていたが、ダヴィデの兄であるマルコ・アストーリ氏やクロアチア代表 MFミラン・バデリによるスピーチが行われると、誰もが感情を抑えることができなくなった。警備員やジャーナリストも含め、誰もがその場に泣き崩れたのだ。
ダヴィデが聖堂を離れスタジアムに向かうと、そこにもファンが待ち受けていた。チャントや拍手、愛情に満ちたメッセージを投げかける者もいれば、発煙筒をたいて見送る者もいた。これは、すべてのサッカー選手が子供の頃から夢見たファンの歓迎だろう。ダヴィデはこの日も最高のもてなしを受けたと言える。
ダヴィデはチャントの声に包まれ広場を去った。しかしこれが最後にはならないと誰もが確信しているようだった。フィレンツェは悲運の戦士を決して忘れることはない。彼に捧げられたチャントをこの場所で再び聞くことができると、誰もが信じているのだ。
ダヴィデの魂も彼の愛したフィレンツェにとどまり続けるだろう。街もそれを受け入れたかのように、静かな活気を取り戻していた。
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Gettyしかし、フィオレンティーナはすでに前を向いている。アストーリの最後の勇姿が見られたキエーボ戦から無傷の5連勝を達成した。その間、失点はわずか「1」と、主将の魂が込もっているかのような堅守を見せる。
そして4日には、アストーリが亡くなった地、ウディネへと向かった。選手たちは試合前から「複雑な思いがある」とナーバスな様子を見せていたが、前半にPKで先制すると、アストーリを模範として慕っていたジョバンニ・シメオネが追加点を挙げて2-0の勝利を飾った。
試合後には天国のアストーリに届けるように敬礼ポーズで、スタジアムを周った。主将の死から1カ月…フィオレンティーナを取り巻くのは、何も悲壮感ばかりではない。
文＝レナト・マイサーニ／Renato Maisani
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