フェルナンド・トーレスと初めて向かい合って話をしたのは、2006年の春のことだった。私たちスペインのスポーツ新聞『マルカ』は、2006年ドイツ・ワールドカップに臨むルイス・アラゴネス率いるスペイン代表の面々に対してインタビューを行っていた。
「フットボールについて真面目に話し合うならば、インタビューに応じよう。奇抜な内容にしたいならば、ノーと言わせてもらうよ」
これが22歳を迎えたばかりのトーレスが提示した、インタビューを受ける条件だった。
■ただ汗を流す、誠実な男
Getty Images彼の愛称は、エル・ニーニョ。これは日本で言われているらしい「神の子」などではなく、「子供、少年」という意味であり、わずか17歳でアトレティコ・デ・マドリーのトップチームデビューを果たしたことによって付けられた。当時のトップチームの選手たちが彼の名を知らず、「子供」呼ばわりしたのである。
トーレスはエル・ニーニョという愛称が「好きではなかった」と言うが、しかし22歳の彼と実際に話をしてみて、その成熟ぶりには舌を巻いた。同年代にはまだ「子供」のような物事の捉え方をする選手もいるが、トーレスには一線を画すインテリジェンスがあったのだ。
あのスペイン代表の選手たちの一連のインタビューでは、一つの板にそれぞれメッセージを書いてもらうという企画もあったのだが、彼はそこに「今度こそイエスだ」と記した。だが、その言葉は的中せず。ドイツ・ワールドカップで彼は3ゴールを記録したが、チームは結局ベスト16でフランスに敗れた。ただし、その大会に限らなければ、彼の言葉は当たっていた。何となれば、トーレス擁するスペイン代表は、EURO2008、2010年南アフリカ・ワールドカップ、EURO2012で優勝を果たしたのだから。
あの初めてのインタビューから12年、トーレスは日本へと旅立った。
彼はきっと、アジアの地でも汗を流しながら、懸命にピッチを駆け抜けるのだろう。トーレスは何よりもフットボールが、ピッチ上でプレーに興じることが好きで、その点に関してだけ言えば「子供」のようでもある。スペイン、ひいては世界的なスター選手ではあるが、周囲がその一挙手一投足に注目していても、彼自身が気に留めることはない。その意識は常に、ピッチ上で起こることだけにある。
SNSでもトーレスがフットボール以外のことについて大袈裟にひけらかしたり、ライバルたちに対して敬意を欠くような発言をしたりすることはない。人生の宝物だと断言する家族を、人目にさらすようなことも。トーレスはどこまでも謙虚で、誠実な男だ。
■スペイン代表での忘れがたい思い出
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Getty Imagesトーレスはスペイン代表として3回チャンピオンとなったわけだが、EURO2008決勝ドイツ戦で決めた決勝ゴールなど、多くの印象に残る場面を残していった。その中でも、私の記憶に焼き付いている場面が2つある。一つはそのEURO2008で、グループリーグ初戦ロシア戦に4−1で快勝した翌日に起こった出来事だ。アラゴネスが休日を与え、落ち着いてランチを取っていたトーレスは、橋の向こう側の公園で子供たちがフットボールに興じているのを目にした。すると彼はいきなり立ち上がって橋を渡り、彼らと数分の間、一緒にボールを蹴ったのである。トーレスとプレーする子供たちの顔は、幸せに満ち満ちていた。
もう一つの場面は、南アフリカ・ワールドカップ決勝オランダ戦の出来事だ。トーレスと同じく日本に向かうイニエスタが劇的な決勝弾を決め、彼もクロスを上げることでそのゴールに絡んだが、じつはそこで負傷していたのだった。右ひざの手術によってワールドカップの出場自体が危ぶまれ、そこまでの活躍を見せられなかったトーレスは優勝後、一人ロッカールームで悔し涙を流していた。すると、彼のリハビリを支え続けたメディカルスタッフのコタが彼のもとへ行き、こう言葉をかけたのだった。
「フェルナンド、ピッチに戻るんだ。このワールドカップは、お前のものでもあるんだから」
■言葉に嘘がないことを証明する挑戦に
トーレスはこれから、日本で新たな挑戦に臨む。そのプレーについては今さら説明するまでもないだろう。最近は衰えも指摘されてはいるが、最終ラインをタイミングよく抜け出し、うまく体を使って相手DFの動きを抑えながらシュートまで持ち込む技術は抜群だ。DFの視界から消える動きもお手の物で、また心のクラブであるアトレティコに復帰した後には、ポストプレーも見事にこなすようになった。
そして何より強調したいのは、トーレスが練習の虫であるということだ。彼が日本を年金リーグだと捉えて、惰性でプレーすることなどあり得ない。だからこそエル・ニーニョはアトレティコ、スペインのアイドルとして、皆の子供として愛されるのである。彼の顔にはもう、プロデビューを果たした頃のようなあどけなさはない。しかし胸に抱える希望と野心は、無傷のままだ。U-16EURO決勝フランス戦で決勝点を決め、クラブ史上初の2部降格を味わったアトレティコで希望の星となり、世界的スターとなる階段を一気に駆け上っていったトーレスだが、その人間性は変わらない。彼はスパイクを脱ぐことを決心するその日まで、エル・ニーニョとして必死に芝生の上を駆け続けるのだろう。
Gettyスペイン代表の歴史を変えたEURO2008決勝ドイツ戦から、今年で10年が経った。私はその記念にトーレスに再びインタビューを行ったが、自分の子供たちに何を語っていきたいかとの質問に対して、彼はこう返答したのだった。
「人生の中では、達成不可能のように思えることだってあるだろう。多くの人々が『できるわけがない。彼らはそこまで良くないし、どうせ失敗する』と口にするようなことが。そうした人々は、自分たちが決して試みないようなことに挑戦していく人間が、失敗することを望んでいるわけだ。でもそれと同様に、同じ夢を抱える人々にも出会うことができる。それでも道は険しいし、多くの壁が存在している。しかし求め続ける成功をつかむためには、そうした困難が必要になるんだよ」
「そして成功をつかんだ後には、そんな泥船に乗り込むなと言っていた人々も、その成功の船に乗せてあげなくてはいけない。失敗を望んでいた人々たちだって教訓を得て、もう誰かに『できるわけがない』とは言えなくなるんだ」
トーレスはサガン鳥栖移籍を発表した際、「鳥栖は日本全体がファンというクラブじゃない。自分たちの力で歩んでいる。彼らが日本の頂点に立つための力になりたい」と意気込んだ。その言葉に嘘などないと、私から断言させてもらう。そのことを証明する日が、皆を成功の船に乗り込ませる日が、今から待ち遠しい。
文/ミゲル・アンヘル・ララ(Miguel Angel Lara)、スペイン『マルカ』スペイン代表番記者
翻訳/江間慎一郎(Shinichiro Ema)
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