Vitor Roque Barcelona GFXGetty/GOAL

ヴィトール・ロッキ:なぜバルセロナはブラジルの「ニュー・ロナウド」に55億円を費やすのか

毎年、大勢のブラジルの才能ある10代の選手がヨーロッパに向かい、同じような型にはまっていく。素晴らしいテクニックの持ち主で将来性豊かな彼らは、全員が早々にブラジルのレジェンドと比較されるようになるのが普通だが、その多くがそんな比較は間違いだったと判明する。ネイマールやロナウジーニョ、ロナウドほどの高みに到達できる選手はほんのひと握りなのだ。たいていの場合、ごく平凡な選手になっていく。

だが、ロッキは彼以前の選手たちの幾人かよりは、レジェンドのひとりに少し似たところがあるようだ。バルセロナと個人的な契約を交わしたばかりのロッキは、驚くほどロナウドに似た経歴の持ち主で、まさにR9を彷彿とさせる選手なのである。

ロナウド同様、ヴィトールは10代ながらクルゼイロで華々しいデビューを飾り、16歳で初ゴールを決めた。特徴も似ている。直線的だがクライフ・ターンやシザーズ、鋭い切りこみを自分なりに織り交ぜてパフォーマンスをすることができるのだ。ボールを奪われないための体幹の強さももっている。

だが、本当にロナウドに「なる」ことはできない。ではヴィトール・ロッキとは何者で、なぜバルセロナはヨーロッパ最高のチームのいくつかを負かして彼と契約することを喜んでいるのだろうか。

  • Vitor Roque, Cruzeiro, Campeonato Mineiro 2022Gustavo Aleixo/Cruzeiro EC

    始まり

    ヴィトールはブラジル南東部に位置するティモテオという街で育った。父親はアマチュアで守備的ミッドフィルダーをしていたことがあり、ヴィトールが同年代の子どもたちよりもはるかに優れた才能の持ち主であることが明らかになってからは、息子の才能を伸ばすことに尽力した。

    ヴィトールをめぐる話の多くがかなり典型的なものである。子どものころ素晴らしい才能を発揮し、その将来性の豊かさが強調されてきた。幼いうちにクルゼイロの有名なサッカー・アカデミーに入り、10歳でさらに評判の高いアメリカ・ミネイロ・アカデミーに移った。

    最初は父親が成功したのと同じポジションである守備的ミッドフィルダーとしてプレーし、その後により攻撃的な役割を担うようになっていく。さらにユースの試合でゴールを量産し、ストライカーへと成長した。

    だが、すぐに騒動が起こった。ヴィトールは14歳になるころには高く評価されるようになっていたが、ミネイロは彼の成長を支えるのに理想的な場所ではなかった。代わりにクルゼイロへ戻り、2019年3月にユース契約を交わした。この移籍は元のクラブを怒らせた。ミネイロはヴィトールに関していくつかの権利を持っていると信じていたのだ。両クラブは最終的に裁判で決着をつけ、ミネイロはヴィトールに関する権利の35%を保有することとなった。

    クルゼイロはこの若きスターを育て続けた。ヴィトールは2021年5月にプロ契約を結び、9カ月後にプロとして最初のゴールを決めた。2022年4月になるまでにトップチームの試合に16試合出場し、6得点を挙げている。

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  • Vitor Roque Brazil U20 2023Getty

    大躍進

    だが、これまでのヴィトールのキャリアにおける最大の成長はおそらく、より高い競争レベルに上がったことによるだろう。2022年4月にブラジル・カップの決勝に進出したことがあり、コパ・リベルタドーレスの常連であるアトレチコ・パラナエンセに440万ユーロというクラブ史上最高の移籍金で移籍したのだ。

    この移籍はアトレチコ・パラナエンセにとって実のあるものとなった。ヴィトールはすぐに先発メンバーに選ばれたわけではなかったが、ピッチに入れば非常に効果的な働きをしたのである。2022年シーズンには7得点3アシストを記録。それにはコパ・リベルタドーレスの準々決勝でアルゼンチンのエストゥディアンテス相手にあげた決勝点も含まれる。

    この間、ヴィトールはブラジルのユース代表のレギュラーとなり、U-20ではチェルシーのMFアンドレイ・サントスともに活躍している。同時期に現在クルゼイロのオーナーを務めているロナウドから称賛され、「彼はかなりの高みまで飛べる」と認められたのであった。

  • Vitor Roque Athletico ParanaenseGetty Images

    実績

    ほどなく、ヨーロッパのトップクラブから声がかかり始めるようになった。8月にはラ・リーガやプレミアリーグの有名クラブからも声がかかり、たちまちR9と比較されるようになった。だがそんなプレッシャーも、この若きスターはうまく乗りきった。元ブラジル代表監督のルイス・フェリペ・スコラーリが監督だったことも良かったに違いない。スコラーリはこれまで、若い才能をほめそやすようなことは避けている。

    「彼は大きく成長するだろう。ブラジルに大いなる喜びをもたらしてくれる選手のひとりになるだろう。我々は、彼がプレーするポジションで成長する姿を見続けることになる」と、現在アトレチコの監督をしているスコラーリが語ったのは2022年7月のことだった。

    その後、ヴィトールはアトレチコに移籍して活躍。今シーズンのこれまで、ブラジルのセリエAの8試合で7ゴールに関与している。3月にはブラジルのフル代表に招集され、1-2で敗れたモロッコ戦で26分間プレーした。

    現在、ヴィトールは大西洋を越えて移籍する栄誉にあずかろうとしている。まもなくバルセロナはアトレチコと3500万ユーロ(約55億円)の取引を結実させるだろう。

  • Vitor Roque e Carlos Zambrano em disputa durante Alianza Lima x Athletico-PR, pela Copa Libertadores 2023Getty Images

    最大の強み

    ヴィトールは現代フットボールで成功する2つの重要な武器をもっている。それはフィジカルの強さと生まれ持ってのテクニックだ。このストライカーにはプレッシャーを受けながらボールを受けられる能力があり、右足にボールを押しつけ、マークを外して置き去りにすることも、単純にほとんどの相手に走力で勝ることもできる。右足で見事なシュートを決めることもでき、ボックス付近で機敏に動き回り、正しいポジションを取ることができる。身長は180センチに届かないが、空中戦でも強く、数は少ないが左足でのシュートも見せたことがある。

    パス出しに関しても過小評価してはならない。将来は間違いなくセンター・ストライカーになるだろうが、ウイングもこなせるし、ボックス内に突進したり、ファー・ポストへボールを浮かせるなどクロッサーとしても優秀だ。

    だが、現時点で目立つのはそのスピードだ。ヴィトールは足が速く、ネイマールやヴィニシウス・ジュニオールのようにサンバのリズムを本能としてもってはいないが、ディフェンダーを置き去りにする素早い動きを何度も見せている。これにより、ヴィトールはすぐに破壊的な選手となるだろう。

  • Vitor Roque 2022Getty

    伸びしろ

    エネルギーが有り余っているからといって選手を批判してはならない。特に19歳になったばかりとなれば尚更だ。ヴィトールはヨーロッパでは不利になるような、試合をスローダウンさせる選手では必ずしもないが、判断力には改善の余地があるだろう。同じ問題がヴィニシウスにもあり、常に動きまわるウィングのヴィニシウスは、そのせいでミスをしがちである。

    ヴィトールはボール・コントロールも必ずしもうまくない。彼は草サッカーで成長した選手であり、ドリブルに入る前に長々とボールをこねまわす。エキサイティングな光景ではあるが、スペースが狭いときは役に立たない。バルセロナでは狭いスペースでのプレーが強いられる可能性が高いだろう。足元にボールが吸いついているような選手ではないのだ。

    それでも、そんなことは些細なことだ。ほとんどの10代の選手に共通の弱点であると言っていい。適切な指導により改善するだろう。

  • Sergio Aguero Man City 2011-12Getty

    将来はセルヒオ・アグエロか?

    とりわけヴィトールの生い立ちやプレースタイルを考えれば、ロナウドとの比較は安易すぎる。トップレベルでは、セルヒオ・アグエロの方により近いというのが現実的なところだ。

    ヴィトールとアグエロはともに身長が172~3センチで、直線的でフィジカルが強いのも同じだ。アルゼンチンのスターと同じく、ヴィトールもボックス内での動きが絶妙である。シンプルにボールを叩けるのもそっくりだ。素早く速度を上げることができるし、右足にボールを押しつけ、体をひねってシュートを打つのが好きだ。だが、これはアグエロがマンチェスター・シティで10年近くかけてマスターした動きだ。

    アグエロはR9ほどのレジェンドではないが、それでもプレミアリーグで200近い得点を挙げ、ハットトリックを12回成し遂げた。ここ10年で世界最高のストライカーの一人とみなされている。手本にすべき選手の一人だろう。

  • Vitor Roque Athletico-PR Estudiantes Libertadores 12 08 2022Getty Images

    今後はどうなる?

    スペイン王者のバルセロナが、夏の移籍市場でこれ以上ない成果を挙げるためにいくつかの財政的な関門を飛び越えなければならないとしても、ヴィトールは数週間後にはバルサへの移籍を完了させるだろう。

    18歳のストライカーはすぐにでもヨーロッパに移籍できる能力の持ち主ではあるが、報道によるとアトレチコは2023シーズンが終わるまでヴィトールをレンタル移籍させたいようだ。昨シーズン同様、コパ・リベルタドーレスの決勝に再び進出したいと思っているらしい。

    ヴィトールがカンプ・ノウに完全移籍するのがいつなのかはともかく、ロベルト・レヴァンドフスキの下で多くを学ぶことが期待される。最終的にはカタルーニャのトップチームのレギュラーとなるだろう。ヴィトールがロナウドと同じ偉業を成し遂げられるのなら、バルサは世代を超えて受け継がれる才能を持ち続けるチームとなる。

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