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選手のロボット化が進む中でも、久保建英というクラックがいる…選ばれし人間であることを証明するゴール【現地発】

文=ナシャリ・アルトゥナ(Naxari Altuna)/バスク出身ジャーナリスト

翻訳=江間慎一郎

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    サポーターの怒り

    ここサン・セバスティアンでは、次の月曜日が祝日だ。

    街中で太鼓が響き渡り、我らの守り人を称える大切な日……人々はそれまでの一週間、街の各地域でグループをつくって、当日にうたう歌の練習をしたりしている。

    13日のラ・リーガ第19節ビジャレアル戦、レアル・ソシエダの本拠地アノエタの集客数は今季最低となったが、守護聖人の日が間近に迫っていることもその理由に含まれるのだろう……いや、しかしそれだけではないのも、また確かだった。ラ・レアルのサポーターは今回の試合に大きな怒りを感じていたのだから。

    その怒りの原因はチームではなく、真冬の寒さでもない(まあ寒いは寒いが……)。人々が怒っていたのは、まったく意味の分からない試合日程に対してである。ラ・レアルは次の木曜日にコパ・デル・レイのラウンド16、ラージョ・バジェカーノ戦に臨むが、ラ・リーガはこのビジャレアル戦をなぜか月曜日に設定した。ラージョは金曜日にセルタ戦を消化し、3日も休みが多いというのに……。

    2020年に優勝を果たしたように、ラ・レアルにとってコパは自分たちの手に届き得る、とても大切な大会だ。だからこそ、気まぐれのような日程は許せるものではない。しかもラ・リーガ次節バレンシア戦は、守護聖人の日の前夜祭となる日曜夜に開催される……。つまりラ・レアルはわずか6日間で、今季の行方を左右する大切な3試合に臨まなくてはいけないのである。まったく、言葉もない。

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    1週間早い守護聖人の日

    21時開始のビジャレアル戦、応援団席に陣取るサポーターたちは、抗議のためにキックオフから5分後にアノエタに入場した。それまでの5分間、スタジアムは身を切るような寒さと沈黙に包まれ、フットボールすら凍らせてしまうようだった。

    その後も奇妙な雰囲気が残った月曜のアノエタ。ソシエダはボールを保持して攻め込むものの、組織的なビジャレアルの守りを崩す糸口がなかなか見つけられない。こうなると、やはり観客の視線は自然と右サイドに送られることになる。

    そこにはいつも通り、私たちのアイドル、久保建英がいた。

    今季、アトレティコ・デ・マドリーに次ぐ守備力を誇るソシエダだが、ストライカーも不足する攻撃はまだ完全に機能していない。そうした状態におけるチームの頼みの綱は、やはりこの日本人なのだ。何よりも彼がボールを持てば、これから何が起こるのだろうと胸が高鳴る。そのとき、寒さを感じている暇などない。

    そして51分、手堅い試合がついに氷解した。久保が私たちの心に火を灯した。 オヤルサバルのロングボールを敵陣で受けた14番はパレホのファウル覚悟のチェイスを物ともせず、50~60メートルの距離をまるで弾丸のようなスピードで駆け抜けてペナルティエリア内へと突入。前を塞いだキコ・フェメニアを左足アウトサイドを使った軽やかなタッチによって股抜きでかわすと、寄せてくるGKルイス・ジュニオールを眼前にもう一度左足を使い、ボールを枠内に流し込んでいる。

    「ゴール!」。固唾を飲んでプレーの成り行きを見守っていた観客の歓喜が一気に爆発した。久保は両腕を広げ、チームメートを引き連れながらコーナーへと走っていく。アノエタに響き渡る「クーボ! クーボ! クーボ!」の叫び声。まるで守護聖人の日が、1週間早く訪れたようだった。

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    選ばれしクラック

    時折、思うのだ。ハイインテンシティーが当たり前となり、選手のアスリート化が進む現代フットボールは、久保のような選手を犠牲にしてしまうのではないか、と。少し前の時代なら、久保はその類い稀な技術をさらに輝かせられ、もっと早く世界の頂へ駆け上がることができたのではないか、と……。

    だが久保は何も言い訳せず、あらゆる状況に適応しながら、フットボーラーとしてより深い衝撃を与える。久保の特徴としてあまり挙げられてこなかったが、彼のスプリントはそれこそアスリートのように速い(本人が認める通りアップダウンの持久力もついている)。にもかかわらず、どれだけプレースピードを上げても、そのとびっきりの技術を犠牲にすることはない。あのフェメニアの股抜き、そしてフィニッシュは、彼が選ばれしクラック(名手)であることの証明だった。

    現代フットボールはロボットのような選手ばかり生産しているとも言われるが、久保みたいなフットボーラーがいるならば、まだ悪くはない。83分、交代ボードに赤い文字で14番が表示されると、ほぼすべての観客が迷いなく一斉に立ち上がり、万雷の拍手とさらなる「クーボ!」コールでもって、ベンチへ向かう自分たちのアイドルを見送ったのだった。

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    もう少しだけ夢を

    今のところは信憑性皆無のメディアしか報じていないが(スペインやバスクの有名紙、現地のテレビ局やラジオ局などでは一切話題になっていない)、とりわけ日本では久保のビッグクラブ移籍の期待が高まりつつあるようだ。

    しかし私たちとしては、もう少しだけ彼のプレーを楽しんでいたい。試合後インタビューで「木曜にも試合があるので手短にお願いできればと思います」と冗談を飛ばした、この愛くるしい青年と一緒に、もう少しだけ夢を見ていたい。ラ・レアルにとって、久保はあまりにも大切な存在だ。

    久保は守護聖人の日のちょうど1週間前から、サン・セバスティアンに太鼓の音を響かせた。彼がゴールを決めれば、ラ・レアルは勝利する(彼が得点を決めた試合は19勝1分け……不敗神話は継続中である)。私たちは久保のリズムに合わせて歓喜の舞を踊り、歌をうたい、彼と過ごすかけがえない日々を、深く記憶に刻んでいくのである。