文=ナシャリ・アルトゥナ(Naxari Altuna)/バスク出身ジャーナリスト
翻訳=江間慎一郎
Getty Images文=ナシャリ・アルトゥナ(Naxari Altuna)/バスク出身ジャーナリスト
翻訳=江間慎一郎
(C)Getty Imagesこの世には特別な意味を持つ色や数字が存在する。例えば、バスクの言語エウスケラにある「アマラウ(Hamalau)」という言葉がそうだ。
「アマラウ」の意味は「14」。それはもちろん、久保建英がレアル・ソシエダで付けている背番号だが、じつは数字以外の意味も持ち合わせている。「アマラウ」は大きな人物、または自分のことを大きいと思い込んでいる人物に対して用いられる言葉でもあるのだ。
この「アマラウ」という言葉を使ったバスクの諺に「ウルネコ・インチャウラク・アマラウ、ゲルトゥラトゥ・エタ・ラウ(Urruneko intxaurrak hamalau, gerturatu eta lau)」というものがある。直訳すれば「距離があればクルミは14個あるように見えるが、近くで見れば4個だ」となり、意味的には「じつは大きくない見せかけの人間を本来の場所に位置付ける」となる。
さて、では久保はどうなのだろうか……彼は見た目こそ小柄だが、しかしその存在は途轍もなく大きい。この日本人は、真の意味で「アマラウ」なのだ。
(C)Getty Images今季の久保はラ・リーガのMVPを何回獲得したのだろうか……。今回のマジョルカ戦、日本からの長旅を終えたばかりの彼は予想通りベンチスタートだったが、取り決められていたように60分から出場すると、結局リーガのMVPを獲得してしまった!
久保が入ったときから何かが起こると感じていたのは、あなたたち日本の皆さんだけではなかった。今の彼にはオーラのようなものが備わっていて、実際にボールに触れたときにはかなりの確率で何かが起こる。この試合で“起きた”のは、出場からわずか4分後のことだった。
いつも通り右サイドでボールを受けた久保は、対面するトニ・ラトと距離を保ちながら内に切れ込み、左足でクロス。そのボールの精度はまさに正確無比で、ブライス・メンデスは飛び上がる必要もなくただ頭で合わせて枠内に送り込み、ソシエダの先制点、後の決勝点を決めている。
この場面で強調したいのは、久保のキックである。彼は足のヒザから下だけを振ってボールを叩いていた。逆足を踏み込むこともせず、ほぼノーモーションで繰り出される極めてコンパクトなキックは、相手選手にとって守りづらいことこの上ない。
久保は一瞬の余裕とスペースさえあれば、精度の高いクロス、スルーパス、シュートを放つことができる。まるで、リオネル・メッシのように……。今の彼はラ・レアルにとってあまりに決定的で、相手チームにとってはあまりに致命的な存在である。
Getty Images久保はこのマジョルカ戦で、キックオフの笛が吹かれる前から主役を務めていた。久保はリーガから9月の月間MVPにも選出されていたが、そのトロフィーを10月の終わりに行なわれたこの一戦で受け取ったのだった。今、フットボール界の神話になろうとしている背番号14は、ラ・レアル伝説の背番号10、シャビ・プリエトからトロフィーを授与されている。二人が一緒の写真に収まる姿は、何か込み上げるものがあった。
ラ・レアルは多くの“ワン・クラブ・マン”に恵まれてきたクラブの一つだ。育成組織から一貫してこのクラブで過ごす選手は、同じ地域に住んでいるラ・レアルのサポーターにとってはアイデンティティーをともにする存在であり、自分たちそのものなのである。
ラ・レアルがリーガ2部に降格したとき、引く手数だったにもかかわらず残留を選択したシャビ・プリエトは、2018年にスパイクを脱ぐときにこう言った。「自分の夢はフットボーラーになることなんかじゃなかった。夢はラ・レアルでプレーすることだったんだ」と。彼はいつまでも、どこまででもサポーターに愛される存在だ。
Getty Iamgesその一方で、私たちは久保にも確かに愛情を感じている。彼はフットボールが極限レベルでうまいだけでなく、スペイン語を流暢に話して独特のキャラクターを発揮し、バスクダービーであそこまで熱くなってくれる。ラ・レアルのサポーターが愛さないわけにはいかない。
今季の久保はまさに大ブレイクを果たしたが、活躍を見せる度に低俗なメディアやSNSなどで注目を浴びたい人間から、古巣レアル・マドリーに復帰させようとする煽動の声が聞こえてくる。
久保の成長の歩幅は凄まじく、ラ・レアルの歩みがこれから遅れていく可能性もある。いつの日か、もっと大きなクラブに行ってしまうことを覚悟する必要もあるかもしれない。ただ先週、クラブのジョキン・アペリバイが「久保が何年もここに残ってくることを願っている」と語ったように、ラ・レアルのサポーターはできるだけ長く彼と一緒にいたいと思っている。
実際的に、久保はサン・セバスティアンで真の幸福に触れているはず。ラ・レアルはラ・リーガを代表する歴史的クラブの一つで、そのドレッシングルームは愛情たっぷりで、まるで家族のような雰囲気がある(その多くが下部組織出身選手であることも大きい)。
そしてピッチ上では、監督イマノルとチームメートが久保の能力を最大限引き出せるように手を尽くしている。イマノルは今回のマジョルカ戦でもそうだったように、久保が右サイドで相手と1対1になれれば決定的な活躍を見せられると確信し、その状況を生み出すために色々と工夫を凝らしているのだ。
(C)Getty Imagesまるでゴールを丸々プレゼントするようなアシストを、ここでは「キャラメルをプレゼントする」と言う。久保のブライス・メンデスへのクロスは、本当に甘いキャラメルだった。この日本人はもう間違いなく「アマラウ」であり、あの諺にしても「距離があればクルミは14個に見えるが、近くで見ても14個だ」と修正することができるだろう。
……だからこそ、分かっている。感じてはいるのだ。ラ・レアルという器に久保が収まり切れなくなる日がいつか、もしかしたら、すぐにでも訪れてしまうことを。それでも、私たちは彼のプレーに酔いしれていたい。できる限り長い間、一緒に日々を過ごしていきたい。久保がシャビ・プリエトと一緒にいる様子を目にしたとき、私は彼にもラ・レアルの歴史に深く、もっと深く名を刻んでほしいと思ってしまったのだった。