Jordan Henderson 16-9 HICGOAL

ヘンダーソンのサウジ・プロリーグでの悪夢は自業自得。6カ月での再移籍には疑問符も

昨年の夏、ジョーダン・ヘンダーソンのアル・イテファク加入が発表された時、イテファクは大枚をはたいてビデオ・パッケージを制作した。リヴァプールのキャプテンだった頃ヘンダーソンがつけていたLBGTQ+コミュニティとの連帯を示して虹色のキャプテンマークにはぼかしを入れたものの、サウジ・プロリーグは大物との契約を大々的に宣言したのである。「勇気をもって新しい挑戦へと走りだす選手。イテファクのDNAを完璧に具現化する選手」だと。

加入からわずか6カ月、ヘンダーソンがクラブを去ろうとしているとのニュースが流れた今では、あの時の言葉は皮肉以外の何ものでもない。もっとも、ヘンダーソンを批判する人々にとって皮肉という言葉は特に美味かもしれない。7月、「ワクワクするプロジェクト」と契約したヘンダーソンには多くの批判が集まっていた。

あれ以降、ヘンダーソンは次々にインタビューを受け、自身の決意について情熱的かつ大っぴらに弁護してきた。しかしながら、彼の中東での生活は早くも終わりに向かっているようである。加入を決意した理由について、否定的な結論を出さざるを得ない状況だ。

  • Jordan Henderson Al-Ettifaq 2023Getty Images

    最初は上手くいっていた…

    サウジアラビアでの最初の数週間は、まさかこんなに早くアル・イテファクでの生活が終わるなどとは、みじんも思われなかった。スティーヴン・ジェラード監督のチームは、シーズン開幕戦でクリスティアーノ・ロナウド率いるアル・ナスルを2対1で下し、チームのスターたるヘンダーソンは中盤の真ん中で良いプレーをしていた。

    この結果により、今シーズンは幸先の良いスタートを切ったのだった。最終的にヘンダーソンは、リヴァプールでよくプレーしていた中盤やや前目のポジションでプレーするようになった。昨年9月、3対2とリードされていたアル・タエーに4対3で勝利した時には、弱小と思われていたアル・イテファクが優勝争いの大穴と言われるようになった。

    この試合、33歳のヘンダーソンはフリーキックをピンポイントで元リヨンのムサ・デンベレの頭に合わせ、今シーズン4回目のアシストを記録した。その前の2試合でも、このコンビは3得点を記録しており、ヘンダーソンの長距離パスは、サウジ・プロリーグの各チームの守備陣にとって対処が非常に難しいものであった。

    ピッチの外でのこともバラ色で、サウジアラビアでの2034年ワールドカップ開催が濃厚となった後、ヘンダーソンはXに応援ビデオを投稿していた。

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  • Steven Gerrard Al-EttifaqGetty

    ピッチ上での苦闘

    だが、蜜月は長く続かなかった。信じられないことに、あの逆転劇以後のリーグ戦12試合でアル・イテファクはたった1勝しかしていないのだ。この間ヘンダーソンは1得点も1アシストもできないという大不振に陥っている。

    ジェラード監督と仲間たちのシーズン半ばのブレイク前の順位は8位で、開幕から19試合で6勝しかしていない。国有のビッグ4と呼ばれるアル・ヒラル、アル・ナスル、アル・アハリ、アル・イテハドを除けば純支出が最大のクラブにとって、これは大いなる失望であった。とりわけ2022-23シーズンは7位で終えたことを考えると。

    この情けない結果を受けて、ジェラード監督に大きなプレッシャーがかかるようになった。中断直前に語ったとおり、監督はヘンダーソンのチーム批判を弁護しなかった。

    「サッカーはチームプレーだ。今ここにいる選手たちは、もっと頑張らなければならない。全員がステップアップする必要がある。しかるべき時がくれば、チームにもクラブにも大きな変化をもたらすことができるだろうと希望している」と、監督は言った。「1月末にチームが再開する時には、今と違ってもっと強く、もっと戦えるチームになっていることを期待している。すでにアル・イテファクでは、シーズン中盤の最新情報や各個人の居場所、グループの居場所について、大事な話し合いをしている」

    1月が終わったあとのチームにヘンダーソンがいるかどうかは、まだわからない。ジェラード監督のアシスタントだったイアン・フォスターがいなくなるのは間違いない。最近、プリマス・アーガイルFCの監督に就任したフォスターは、アル・イテファクが沈みかけた船であるというイメージを強めたのであった。

  • Gareth Southgate England MaltaGetty

    イングランド代表の座も危うい

    サウジ・プロリーグでの結果が悪いために、ヘンダーソンはガレス・サウスゲート監督率いるユーロ2024のイングランド代表での居場所も危うくなっている。今のところ、サウスゲート監督は最も信頼する選手のひとりとしてヘンダーソンを擁護している――厳しく監視はしているにしても。オーストラリアとの親善試合では、ヘンダーソンはウェンブリーの観客から激しいブーイングを受け、「いいことじゃない」と評していた。

    「そもそも、人によって意見はまちまちだ。道で誰かにばったり会うと、たいていはポジティブで、いいことを言ってくれる。だけど、そのことで、僕が誰でこのチームや代表で何をするかが変わるわけじゃない。僕はいつだって必ず全力を尽くしている」と、ヘンダーソンは言った。

    サウスゲート監督はこの言葉を受けて、試合後にこう言った。「私にはあれをまったく理解できない。彼はイングランド代表で79試合に出場した選手だ。イングランド代表のために身を捧げ、他の誰にもできないことをやってきてくれた。ピッチの中でも外でも、彼の役割はとてつもなく重要だ」

    その後、11月にはヘンダーソンはイングランド代表に選ばれ、素晴らしいプレーをしてスリー・ライオンズのマルタ戦の勝利に奮闘したが、次の北マケドニア戦ではベンチに座ったままだった。その後の彼のクラブでのプレーや、コナー・ギャラガーが好調なこと、中盤のオプションとしてのトレント・アレクサンダー=アーノルドの出現、カルヴァン・フィリップスがマンチェスター・シティを離れてプレミアリーグでレギュラーとしてプレーする時間を増やそうとする可能性などにより、11月以降のイングランド代表をめぐる景色は大きく変わった。

    サウスゲート監督はヘンダーソンを信頼しているが、もはやあんな低レベルでしかプレーできない選手を招集する理由が本当にあるのだろうか。それはヘンダーソン自身も痛感している難題だ。

    10月、サウジアラビアへの移籍がユーロ出場のチャンスに影響するかどうかを問われたヘンダーソンは、こう言った。「今さらどうすることもできない。フィットネス・コーチやスポーツ科学のコーチたちが見ているし、彼らがダメだと判断したら、きっと監督がそう言ってくるだろう。今まで、そんなことはなかったし、僕はただ見守るしかない」

  • 20230905_Jordan_Henderson(C)Getty images

    ピッチ外での不幸

    ヘンダーソンが移籍を熱望する理由は、サッカー選手としてのキャリアに関することだけではない。『デイリー・メール』が最初に報じたところによると、サンダーランド出身のヘンダーソンは、新しい環境での毎日に苦痛を感じはじめているという。ただし、本人はチャンネル4でつい最近、10月にアル・イテファクに入ったことを「後悔していない」と語っている。

    高温多湿な気候が厳しいものであることは理解していたし、5万5,000人収容のアンフィールドでの試合に慣れた選手にとって、観客の少なさが「刺激的でない」ことは明らかだ。アンフィールドとはまったく対照的に、今シーズンのアル・イテファクの平均観客数は8,000ほどで、イングランドのほとんどの3部のチームよりも少なく、プレミアリーグより4つ下のナショナル・リーグ所属のチェスターフィールドに匹敵する数だ。

    アウェイゲームではさらにひどい時もある。10月、アル・イテファクはアル・リヤドとの試合のため遠征したが、恐ろしいことに観客は696人しかいなかった。これは今シーズン、イングランド・サッカー界で8部に相当するラムズゲートの平均観客数よりもはるかに少ない。

    ヘンダーソンの家族の事情も複雑だ。妻と子どもは現在バーレーンに住んでおり、ヘンダーソンはアル・イテファクの練習や試合のために、バーレーンとサウジアラビアをつなぐキング・ファハド・コーズウェイを30分かけて通っている。家族に近い筋が『ザ・タイムズ』に語ったところによると、一家はこの国に「すっかり溶けこんで」いるというが、『ザ・アスレチック』では、別の複数の知人が、一家は苦労していると語ったと報じている。サウジアラビアは自由な国で、西洋から来た住民が快適に過ごせるよう努力しているが、それでも、黙って従うことが難しいかもしれない文化的な違いは存在する。

  • Jordan Henderson Al-Ettifaq 2023-24Getty

    復帰の難しさ

    ヘンダーソンがサウジ・プロリーグの悪夢を終わらせたいと思っているとしても、そう簡単にはいかないだろう。報道によると、ヘンダーソンが契約の最初の2年間を履行しないかぎり、国の定額20%の所得税は適用されない。つまり、もしヘンダーソンがサウジアラビアを去れば、700万ポンド(約12億円)の請求書を支払わなければならないのだ。

    クリスタルパレスやフラム、ニューカッスルは1月に中盤の強化を模索しており、レンタル移籍の可能性はあるかもしれない。だが、こうしたクラブが喜んで彼の高額な報酬を支払う可能性はほとんどない。特に、プレミアリーグが収益性と持続可能性に関する規則の違反を厳しく取り締まっている現状では。

    ヘンダーソンの収入は、昨年夏に報じられた週70万ポンド(約1億2800万円)よりかなり少ないとは思われるが、それでも多額の投資が必要だ。まして、現在の調子が続くようなら、彼の加入はリスクになってしまうかもしれない。

    そう考えると、唯一の解決策は完全移籍と巨額の報酬のカットということになるかもしれない。この件に関するアル・イテファクの意向は不明瞭だが、ヘンダーソンが2026年までの契約を結んでいることは注目に値する。アル・イテファクが強硬にヘンダーソンに契約尊重を迫る可能性はあるだろう。

  • HendersonGetty

    ヘンダーソンのファンを減らした恥ずべき話

    そして本当のところ、問題の核心はここなのだ。ヘンダーソンの加入が確定した時にアル・イテファクが言ったとおり、ヘンダーソンは決して挑戦から逃げない男であるはずなのだ。ところが、問題の最初の兆候が見えると、ヘンダーソンは急いで船を飛び移ろうとしているように見えた。

    中東で「サッカーを成長させる」という彼の言葉は当時多くの人々が予見したとおり、空手形であったことが判明した。ヘンダーソンの移籍が、大金目当て以外のものであるとは非常に考えにくくなっている。

    もしプレミアリーグへの復帰がなるとしても、温かく迎えられると期待すべきではない。非常に高額な契約から逃れようとして、サウジアラビアのサッカー界で権力をもつブローカーたちを失望させる以前に、ヘンダーソンは母国のサッカーファンの大部分との絆を絶ってしまっているのだから。

    アンフィールドを去る前のヘンダーソンはLGBTQ+の権利を声高にサポートしており、社会から疎外された少数派を支持するという期待された任務以上のことをしていた。多くのファンが、同性愛を違法とするサウジアラビアへの移籍という彼の決断に失望したのは当然だった。かの有名な『ザ・アスレチック』でのインタビューでは、自分がサウジアラビアに行けば良い変化をもたらすことができるだろうと主張していたが、ファンの失望を晴らすことはできなかった。

    いくら良く見たところで、ヘンダーソンの最近の意思決定はパロディとしても甘いものである。最悪な見方をすれば、これは完全なる恥知らずの決定だ。サウジアラビアに残ることを強制され、母国の代表としてのユーロ2024制覇の可能性を捨てるという罰を受けるとしても、ヘンダーソンは自業自得を嘆くしかないだろう。