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サッカー史上最も有名なSNSスキャンダル:ナスリと“ドリップ・ドクターズ事件”

マルセイユで頭角を現し、アーセナルで世界的選手に成長し、マンチェスター・シティで2度のプレミアリーグ制覇を経験したサミル・ナスリ。アルジェリア人の両親のもと、マルセイユ郊外で生を受けたことにより必然的にジネディーヌ・ジダンと比較されたこの青年は、ジダンには及ばないまでも、若くしてピッチで魔法のような瞬間を生み出し続けた。

しかし、その輝きは長く続かなかった。むしろ彼のストーリーは、不名誉なものとして語り継がれるかもしれない。そう、「ドリップ・ドクターズ」と彼のストーリーは、フットボール史上最も狂ったSNSの物語である。

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    全盛期を終えて

    おそらく、彼の全盛期は2011年~2016年まで過ごしたマンチェスター・シティだろう。最初の3シーズンはケガに悩まされることもなく、2013-14シーズンは優勝が決まる一戦でゴールも奪っている。しかし2014-15シーズン、相次ぐ様々な問題に見舞われた。ハムストリングの故障により翌シーズンの大半を欠場し、本来なら日常的な回復過程であるはずの治療に長期間を要した。2016年1月、彼はこう語っている。

    「当初の医師の見立ては4~6カ月の離脱で、外科医も同じことを伝えてきた。でも既に2カ月が経過したし、3月のインターナショナルウィーク中に完全復帰することを目標にしている。この負傷では手術が必要で、太ももを100針近く縫合したよ。外科医によれば、筋肉が骨から剥離して腱も90%断裂していたたみたいだ。縫合を要する極めて稀な損傷だったんだ」

    そして2016-17シーズン、彼が開幕時に完全復帰を果たした頃には、マンチェスター・シティは新たな章に突入していた。ペップ・グアルディオラが指揮官に就任し、ケヴィン・デ・ブライネが創造主として君臨。戦力外になったナスリは、新天地に活躍の場を移すことになる。

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    半年間の復活

    2016年夏の移籍市場終了間際、ナスリはセビージャへ1シーズンのレンタル移籍を果たした。ラ・リーガの名門はホルヘ・サンパオリを新監督に迎えたばかりであり、ナスリは監督の理想に完璧に合致した。

    そしてラス・パルマスとのデビュー戦(2-1)、ピッチを縦横無尽に駆け回って圧倒的なタッチ数とチーム2位の走行距離を記録した彼は、スペインメディアに絶賛された。サンパオリの下、自身が最も輝くNo.10でほぼ確実に先発し、クリスマス休暇までにチームを3位まで導いている。セビージャが前半戦でリーガ二強と優勝を争えたのは、間違いなくナスリのおかげだった。

    しかしその冬、ナスリのキャリアは致命的に変わってしまう。それは決して良い方向ではなかった。

  • 「ドリップ・ドクターズ」

    ナスリはクリスマス休暇をロサンゼルスで過ごし、そして「ドリップ・ドクターズ」クリニックを訪れた。当初はビタミン注射を受けるだけの予定だったが、後に体調不良を理由に処方箋まで持参していたと説明している。一部の証言によれば、これはメリーランド州を拠点とする元恋人サラブジット・アナンド医師の勧めであったという。

    「ドリップ・ドクターズ」はナスリの来訪を大いに歓迎し、世界中にアピールする。2016年12月27日の公式アカウントのツイートには、創設者兼CEOジャミラ・ソザダとのナスリの写真とともにこう記されている。

    「セビージャでの多忙なシーズン中、水分補給と最高の健康状態を維持するため、コンシェルジュ免疫IV点滴を提供しました」

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    一見すると、何の変哲もない出来事だった。ナスリが休暇にこうした医療処置を受けたいならば、それは彼の自由だ。しかしその後、事態は一気に悪化する。

  • SNSは忘れない

    投稿後間もなく削除された一連のツイートで、ナスリ(少なくとも彼のアカウントにアクセスした人物。後にハッキング被害を主張)は「その後すぐに性的サービスも提供された」と主張した。 そのアカウントはソザダを「売女」と呼び「その夜にやってきてヤる」と表現し、別の投稿では「点滴の直後に君の女が提供した他のコンシェルジュサービスについても世間に知らせてくれ」とも記した。

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    明らかに狂った投稿に、このツイートはナスリが書いたものではないと考える人がほとんどだった。怒り狂った恋人アナラ・アタネスの仕業だとするものも現れている。実際、この騒動の数週間前には4年間交際していた恋人とトラブルを抱えていた。だが、次の投稿は彼女も巻き込まれることになる。

    「みんなごめん。一緒にいた彼女が、俺に点滴を打つためにこの女を呼んだってことを世界に知らせなきゃいけなかったんだ」

    「到着するとアナラは部屋を出ていて、この女は俺の番号を聞き出してその夜デートしようって誘ってきた。それから彼女は俺に……」

    「残念ながらツイッターがツイートを削除し続ける。でもロサンゼルス周辺で寂しいなら@DripDoctorsに連絡しろってことを君たちに知らせておくぜ」

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    その後、アカウント所有者とハッキングを仕掛けたとされる人物との間でやり取りがあったようだ。 無実を証明しようとしたナスリは、こうツイートした。

    「誰かが俺のアカウントをハッキングし、デマを広めようとした。これは偽情報だ。関係した全ての人に謝罪する」

    「俺が言ったことは全て100%事実だ。写真の女性ジャミラは午前3時に俺の部屋に来て、メニューに載ってない『サービス』を続けた……」

    この時点で、「ドリップ・ドクターズ」側は一連の疑惑を払拭するのが最善と判断した。「(ナスリの)アカウントはハッキングされており、@dripdoctorsに関する最近のツイートは全て虚偽です」と投稿している。しかし、ナスリのアカウントかれの投稿は止まらなかった。

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    「ジャミラはクラブに来なかったのか? それとも午前3時に俺のホテルに来たのか?」

    「俺はただ、@DripDoctorsの素晴らしいサービスと、その後のサービスも宣伝しようとしてるだけだ……それに点滴を打ったその日にクライアント全員とヤるなんて、お前らマジでクソ野郎だな」

    これがその夜の最後の投稿となった。

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    騒動を起こしたのは誰?

    今日に至るまで、この騒動の余波で正式に別れたナスリとアタネスの双方が、投稿への関与を否定している。アタネスは後に「私じゃない。何か言う必要があるなら、私自身の口から伝える」と話していた。

    しかしアタネスの主張には、彼女の過去の軽率な行動から信用されなかったのも事実だ。ナスリが2014年ワールドカップメンバーから外れたあと、彼女はSNSでこう綴っている。

    「フランスもディディエ・デシャンもクソだわ!なんてクソみたいな監督なの!はっきり言っておくわ!彼氏が2カ月も手に入るんだから怒ってなんかいないのよ……ただ、ある程度の敬意は払われるべきだと思う!」

    この暴言に対しては、ナスリも「愛してるよ、怒らないで。人生は時に不公平なものさ。受け入れて対処するしかないんだ」となだめる必要があるほどだった。

    いずれにせよ、この騒動を引き起こした本人であると認めた人物は、これまで現れていない。

  • 公式回答

    当然ながら、「ドリップ・ドクターズ」とCEOのソザダは、不名誉な理由でニュースに取り上げられることに不満を抱いていた。同社は事件発生から数日後に公式声明を発表している。

    「ドリップ・ドクターズの創設者兼CEOであるジャミラ・ソザダは、認定医師助手(PA)の資格を持ち、数多くの著名人顧客に対して健康増進免疫療法を提供してきた実績がある」

    「ソザダは各分野のトップクラス医師2名と有資格看護師チームを擁し、ロサンゼルス都心部のクリニックで南カリフォルニア全域に専門医療サービスを提供している。さらに、最高度のプライバシーを必要とする著名クライアント向けに訪問診療サービスも展開している」

    「ドリップ・ドクターズは、健康・活力・美容・運動能力において妥協を許さない要求を持つ顧客向けに、独自のブースター製品群を開発した。繁栄する企業の誇り高きCEOであり、成功を収める女性起業家として、ソザダは顧客の健康とドリップ・ドクターズの成功に対し、決して妥協しない基準を堅持している」

    「今週、ジャミラ・ソザダはサミル・ナスリの標準治療を実施後、ハッキングされたSNSアカウントから誹謗中傷される不幸な事件に巻き込まれた。ソザダはこのSNS上のいじめに正面から言及する:ドリップ・ドクターズの全サービスは専門チームによる医療行為であり、それ以外の示唆は全て誹謗中傷に過ぎない」

    「女性がオンライン上で嫌がらせを受ける事例は後を絶たず、ネット上でのこうした性的不適切行為のほのめかしは、成功した女性のキャリアを台無しにする最も手っ取り早い手段だ。ソザダ及びドリップ・ドクターズチーム一同は、自らの専門的な医療サービスを堅持し、いかなるいじめにも屈しない。チーム一同、卓越した顧客層に対し、最先端の医療サービスを提供し続けることを楽しみにしている」

  • Leicester City v Sevilla FC - UEFA Champions League Round of 16: Second LegGetty Images Sport

    キャリアの終焉

    ナスリがプライベートで大きな騒動に巻き込まれる中で、今回の事件はスペイン反ドーピング機関の注目を集めることにもなる。彼の治療が世界反ドーピング機関(WADA)の規則に違反している可能性を懸念していた。結果的に、その懸念は的中。ナスリは2018年2月に6カ月の出場停止処分を受けたが、同年夏に18カ月まで延長された。ただし処分は2017年7月に遡及適用され、競技活動への復帰は2018年11月まで制限された。

    UEFAは当時、「サミル・ナスリはWADA禁止リストのM2項2号に基づく禁止方法の使用で有罪と認定された。この件に関してCEDB(競技統制・倫理・規律委員会)は、世界アンチ・ドーピング規程およびUEFAアンチ・ドーピング規定違反により、サミル・ナスリに対し6カ月の出場停止処分を決定した」と発表している。

    この時点で、ナスリのキャリアは完全に制御不能に陥った。2017年3月、セビージャがレスターに敗れてチャンピオンズリーグ敗退が決まった試合では、ジェイミー・ヴァーディへ頭突きを見舞って一発退場。事実上、彼のトップレベルでのキャリアの終焉を告げた瞬間でもある。

  • West Ham United v Birmingham City - Emirates FA Cup Third RoundGetty Images Sport

    サッカー史上最も有名なSNSスキャンダル

    セビージャへのレンタル期間終了後、トルコのアンタルヤスポルでプレーすることになったナスリ。しかし8試合の出場に留まり、翌シーズンはウェストハムで短期間プレー。2019-20シーズンにアンデルレヒトに加入すると、これが現役最後のシーズンとなった。34歳でスパイクを脱ぐことを決断している。

    そんなナスリはことあるごとに、自身の現役生活が終わった理由に「ドリップ・ドクターズ」騒動を挙げている。2019年に『レキップ』でこう振り返っている。

    「家族と休暇中だった。 体調を崩し、ウイルスに感染した。部屋から出られず、嘔吐と激しい頭痛に襲われ、完全に消耗していたんだ。友人に電話し、医者を呼んでくれと頼んだ。彼はそれができなかったが、『クリニックがある。そこで元気を取り戻せる』と言った。2日後にはセビージャに戻る予定だったから、すぐに承諾したよ」

    「規則は知らなかった。あの騒動は、若い選手たちの教訓になってほしい。アンチドーピング規則をきちんと読み、注意を払うべきだとね。全てが全く違う方向へ進む可能性があるんだ。正直、何も問題になるとは思わなかった。女性がビタミン注射を打ちに来た。写真を撮ってほしいと言われ、承諾した。自分は何も悪いことをしていないと思っていたからね」

    「ドーピング製品ではないと確信していたし、問題ないと思っていた。ドーピングをしたことがないと言えるかって? もちろんだ。提出された書類にはドーピング製品は一切記載されていないからね」

    そしてドーピング違反については、2020年にインスタグラムでもこう話している。

    「2年間の出場停止処分を受けると思い、打ちのめされた。その後はもうプレーしたくなかった。サンパオリに『外してくれ』とさえ伝えたが、彼は常に私を起用したがった。途方に暮れ、不安と怒りに苛まれていた。ピッチ上では見せなかったが、私にとってフットボールは終わったも同然だった」

    「サンパオリは私をとても気に入っていて、『俺たちのチームに来い。酒を飲んでも、ナイトクラブに行っても、好きなことをやれ。俺が後ろ盾になる。週末のピッチで良いプレーをするだけだ』と言ってくれた。実際、ある週末にプレーできなかった時、家族に会いたくて帰りたいと言ったところ、彼は『お前の家を監視して犬も面倒を見る』とまで言ってくれたんだよ」

    “NEXT ジダン”として期待を集め、アーセナルでワールドクラスに成長し、マンチェスター・シティでタイトルを獲得、そしてセビージャの救世主となった瞬間に、悲劇的な事件に巻き込まれる……サミル・ナスリのキャリアは、決して退屈ではなかったはずだ。彼と「ドリップ・ドクターズ」事件は、サッカー史上最も有名なSNSスキャンダルとして語り継がれていくだろう。

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