取材・文=江間慎一郎
(C)Getty images“最強”のはずのレアル・マドリーが迎えた虚しい幕引き:根拠のない逆転願望と失った「サッカー」
CL・EL2025-26配信!
(C)Getty images根拠もない願望
チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝2ndレグ、本拠地サンティアゴ・ベルナベウでのアーセナル戦。レアル・マドリーにとって0-3で敗れた1stレグからの逆転勝利は何の根拠もない単なる願望であり、可能性はどこにも転がっていなかった。彼らがどれだけハートや根性を見せて、その白いユニフォームを芝の緑で汚そうとも、奇跡を起こせるほどのフットボールは持ち合わせていなかったのだから。
そもそも今季のマドリーは、地に足をつけたフットボールをまったくしてこなかった。にもかかわらず、今季の成否を左右する大一番になって「俺たちはマドリーだ!」と息巻き、良質なフットボールを丁寧に磨き上げてきたアーセナルを打ち破るなど……いくら舞台がベルナベウでも、あまりに理不尽過ぎたのだろう。
マドリディスタの神殿の圧倒的な雰囲気にも、普段からしているプレーをすればいいアーセナルの堅守はほぼ揺るがず、マドリーがそれを穿つなど夢のまた夢だった。ロドリゴもジュード・ベリンガムもヴィニシウス・ジュニオールもキリアン・エンバペも機能しない(させられない)彼らは、苦肉の策でじつに43本ものクロスを放ったが、昨季のCL準決勝バイエルン戦で劇的勝利をもたらしたホセルは、ペナルティーエリアのどこにも見当たらなかった。残酷な現実を見せつけられた観客は、時間が経つに連れて応援のトーンを落とし、75分を過ぎると次々に席を立ってスタジアムの出口へと向かっていった。
1-2で試合終了のホイッスルが吹かれた後、健闘を称える喝采はほぼなく、少しのブーイングの指笛だけがベルナベウに響いている。昨季CL王者の、これ以上ないほど虚しい幕引きだった。
(C)Getty images致命的な欠陥
ホセルの幻影を見せたのが、今季マドリーが抱える問題をまざまざと表していた。彼らは念願だったエンバペ獲得を実現して、まるで最強の陣容を揃えたかのように思われた。だがしかし、ここまでは前進するどころか、昨季を懐かしむ状況にある。
例えば今季開幕前、マドリーには次のような不安要素が挙げられていた。
・エンバペが加わるとして、ヴィニシウスと共存できるのか?
・エース格の選手が2人いて攻守の均衡が崩れてしまわないか?
・クロースの引退で攻撃を形づくれなくなるのではないか?
・DFラインの穴をすべて埋められたナチョ、空中戦の強さなど他のFWにない強みを備えたホセルの退団も響かないのか?
・DFの層が薄過ぎるのではないか?
そして蓋を開けてみれば、これらの不安要素は一向に解消されることなく、そのまま今季マドリーの致命的な欠陥になっている。
(C)Getty imagesバランスの崩壊
ヴィニシウスとエンバペという主役級の2人は、クリスティアーノ・ロナウドとカリム・ベンゼマ、またはヴィニシウスとベンゼマのような補完関係を築けず、C・ロナウドとC・ロナウドが2人いるように噛み合っていない(自分で行かず相手に合わせようとすると、今度はベンゼマとベンゼマがいるように遠慮し過ぎる)。加えて、現代フットボールでは不可欠の前線からの守備についても、2人はパスコースを切る動きを形だけ行っている。ビッグマッチになればしっかりプレスをかけるのだが、普段は行なっていないために付け焼き刃にしかならない。
マドリーの攻守のバランスは崩れている。カルロ・アンチェロッティもシーズン序盤からその問題を認めていたが、一向に解決できないまま終盤まで来てしまった。CL敗退後、指揮官は選手たちの姿勢に問題はなかったかを問われて、「一人ひとりの姿勢は良かった。少し欠けていたのはチームとしてプレーする姿勢だ」とこれまでと同じ言葉を繰り返している。
AFP問題はすべてに
また中盤について、マドリーの過去のCL優勝はルカ・モドリッチ、トニ・クロースというプレービジョン、ボール扱いに長けた中盤の選手たち(加えて彼らを後方から支えたカセミロも)がエンジンとなって成し遂げられたが、クロースが引退して、39歳となったモドリッチにすべてを背負わせられない状況で行き詰まりを見せた。それこそ、“フットボール”を失った。
これまで戦力に数えられていなかったダニ・セバージョスが、今季半ばから絶対的な戦力として扱われたことが(しかも大事な時期に負傷離脱……)、マドリーにとってクロースがどれだけ大切だったのか、中盤でゲームメイクできる選手がどれだけ必要だったのかを物語る。かてて加えて、その大きなストライドのドリブルによって一人でビルドアップを成立させられるほか、プレービジョンやパス能力にも優れるフェデ・バルベルデを人手不足の右サイドバックに充てたりしたことも、中盤の機能不全に拍車をかけた。
中盤が機能しなければ、攻撃は機能しない。今回のアーセナル戦のように最大の武器であるカウンターを封じられたならば、まったく意味も効果もない、ホセルの幻影を追いかけるだけのクロス攻撃を繰り返すことになってしまうのだ(ヴィニシウス、エンバペ、ロドリゴにヘディングシュートのイメージを持っている人はいるのだろうか……)。
そしてDFラインについては、怪我の不運とクラブ首脳陣の怠慢が目立った。昨夏にナチョ退団の穴を埋めずにシーズンをスタートさせ、その後に重傷を負ったエデル・ミリトン、ダニ・カルバハルの代わりも冬に獲得しなかった首脳陣の判断は明らかな誤りのように思える(センターバックについてはラウール・アセンシオという逸材の発見もあったが)。
マドリーが起用可能なセンターバックはアントニオ・リュディガー、アセンシオ、長期離脱から復帰したばかりのダビド・アラバのみで、アンチェロッティは絶対的に中盤でプレーすべきオーレリアン・チュアメニもしばしば同ポジションで使っていた。またカルバハル不在の右サイドバックではルーカス・バスケスが守備の穴となり、前述のようにバルベルデを起用せざるを得なかった……もっとも前線のヴィニシウス&エンバペからしっかり守り、チーム全体で守備ブロックを構築していれば、L・バスケスも同様に守備に難のある左サイドバック(フラン・ガルシア、カマヴィンガ、アラバ)も、もう少し守りやすいはずなのだが。つまり今季のマドリーはDF、MF、FWのすべてに問題を抱え、ぞれぞれ相互的に悪影響を与えていたのだ。
(C)Getty images限界
アンチェロッティは選手たちの才能を組み合わせ、生かすことに長けている監督であり、それは個の力への依存度が高いマドリーのスタイルに合致していた。だが2シーズン前にベンゼマ、昨季にクロースと、一人で戦術を成り立たせられる選手たちが去って、属人的なプレーモデルの基盤は損なわれている(加えてDFではチームの精神的支柱でもあるカルバハルが離脱中だ)。また昨季のラ・リーガ&CLの二冠達成は堅固な守備が鍵を握っていたが、攻守のバランスが決壊している現状で、その再現は望むべくもない。昨季のマドリーはアトレティコ・デ・マドリーとの2試合を落としただけという驚異的なほど手堅いチームだったが、今季はビッグマッチで軒並み勝てず、すでに12敗を喫しているのである。
最愛のタイトルであるCLを失ってしまったマドリーだが、それでもまだラ・リーガとコパ・デル・レイが残されている(その先にはクラブ・ワールドカップも)。だが両タイトルで立ちはだかる相手は、地に足をつけて魅力的なフットボールを確立してきた、フリック率いるバルセロナである。今季のマドリーは彼らに対して、ラ・リーガ前半戦で0-4、スペイン・スーパーカップ決勝で2-5と、合計2-9で惨敗している。
マドリーが今のバルセロナ相手にタイトルを勝ち取りたいならば、至急プレーの改善が必要だ。守備意識はまだ変えられる余地があり、セバージョスの復帰もプラスに働くはず。何よりベリンガム、ロドリゴ、ヴィニシウス&エンバペ(守備を!)の揃う攻撃陣が強力無比であることは間違いなく、無闇にクロスを送ることは忘れて、少しでも根拠に裏打ちされたフットボールができるならば可能性はまだ残されている。
現状、マドリー内部では何も決定を下していないが、ここから何かしらのタイトルを獲得しない限り、アンチェロッティが来季もチームを率いる可能性は低い(補強政策など、今季の失敗は決して彼だけのせいにはできないはずだが)。ただ、たとえかすかでも勝利への“筋道を見つける”ことができれば、そこに極上のクオリティーを込めて、最後の1分でゴールを決めるのがマドリーである。果たして、“シーズンの劇的逆転勝利”はあり得るのだろうか……。最後に、マドリーを世界最高のクラブに押し上げたアルフレド・ディ・ステファノが、約70年以上前にドレッシングルームでチームメートたちに伝えた言葉を記しておく。
「どんな選手であっても、全員が一枚岩となってプレーするほど優れてはいないさ」




