Warren Zaire-Emery PSG GFXGetty/GOAL

PSGの至宝ザイール=エメリ…フランス王者の未来への希望

マルコ・ヴェッラッティは、パリ・サンジェルマンを出たいという望みをかなえられないでいる。少なくとも、今のところは。このイタリア代表のミッドフィルダーは長いことPSGのレギュラーを張ってきたが、サウジ・プロリーグの数多くのクラブがPSGに移籍の可能性のある選手について問い合わせてきた時、たちまちそちらの方向に顔を向けた。

今シーズン、ヴェッラッティはベンチ入りもできない状態が続いており、どうやら彼のパルク・デ・プランスでの最後の試合はもう終わってしまったようである。問題は彼が中東に行くかどうかではなく、いつ行くかだ。行き先はサウジアラビアかカタールのどちらかだろう。

ヴェッラッティのPSGでの強いインパクトにとって代わること、またはそれを再現することは簡単なことではないだろう。最近のPSGのミッドフィルダーの中ではおそらく最高の選手であり、ユーロの優勝経験者で、リーグ・アンのタイトルを9回も獲得。アンドレス・イニエスタ本人から「後継者」とまで言われた選手である。

だが、国家から底なしに資金をもらえる貯金箱にどっぷり浸かっていると思われるPSGは、移籍市場に参入するのではなく、ヴェッラッティの代わりをチーム内で探しているようだ。この夏、PSGが契約したミッドフィルダーは守備のオプションとしてのマヌエル・ウガルテだけ。ウガルテはドリブルをさせると最悪だが、タックルが強力な選手である。それでも、PSGがヴェッラッティの代わりとして見ているのはウガルテではなく、アカデミー出身の至宝ワレン・ザイール=エメリなのだ。

この17歳は、世界有数のビッグクラブのひとつで活躍のチャンスを与えられてきており、これまでのところ監督に就任したばかりのルイス・エンリケ監督のもとで素晴らしい結果を残している。

  • Warren Zaire-Emery PSG 2021-22Getty Images

    無視できない選手

    この点に関して、この若き選手の活躍は今に始まったものではない。ここ数年でPSG内でのランクをあげてきた、才能豊かな選手たちのひとりなのだ。しかし、短期間しかチャンスを与えられず他のチームに出された多くの選手たち、たとえばクリストフェル・エンクンク、キングスレイ・コマン、マイク・メニャンと違って、ザイール=エメリはこれまでのところPSGに残っている。実際のところ、解雇されたクリストフ・ガルティエ前監督の数少ない監督在任中の功績のひとつは、16歳だったザイール=エメリにPSGのトップチームの一員としての活躍の場を与えたことであった。

    前監督がチャンスを与えたのには正当な理由があった。ザイール=エメリは、以前からPSGの上層部に成功する選手だとタグ付けされていたのである。父親はパリのユースのサッカーでは有名な監督で、そこを出発点としてPSGのシステムを駆けあがってきた。9歳の時にはアカデミーのコーチたちによって飛び級でPSGのU-11チームでプレーするよう求められた。

    そこから好循環が始まり、ザイール=エメリは14歳でU-19に入り、UEFAユースリーグで活躍した。2021年までには、このレベルではもったいないくらいの存在となり、昨年の夏、PSGのトップチームに初めて招集されたのである。

    当時のプランとしては、ザイール=エメリをトップチームに在籍させておいて、リザーブやユースの試合に出場させることとなっていた。だが、彼は無視するには才能がありすぎたため、ケガ人続出のPSGは彼をリーグ・アンの26試合に出場させ、チャンピオンズリーグのベスト16のバイエルン・ミュンヘン戦にも出場させた。昨年はPSGにとって散々なシーズンだったが、ザイール=エメリだけは、それを埋め合わせるだけの才能をもった選手であったと言えるだろう。

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  • Warren Zaire-Emery PSG 2022-23Getty Images

    もともとの役割

    ザイール=エメリがまだ最高の姿をすべて見せてきたわけではないのは確かだ。ガルティエ前監督はミッドフィルダーの使い方を間違えており、ザイール=エメリを苦手な右のウイングバックとしてばかり起用し、時にはリオネル・メッシやキリアン・エンバペ、ネイマールの誰かを休ませるために、攻撃的ミッドフィルダーとして使われたこともあった。

    だが、もともと得意な中央のポジションを与えられたときのザイール=エメリは大いに活躍した。リーグ・アンのモンペリエ戦では試合を決定づける3点目を決めたが、これはPSGがタイトル争いから完全に脱落するのを防ぐ一撃だった。3月のナント戦では率先してチームを引っ張り、4対2の勝利に導いた。ダニーロ・ペレイラの代わりに守備的ミッドフィルダーとして先発し、センターバックをカバーしたのである。この試合、喝采を浴びたのはメッシとエンバペだったが、ザイール=エメリは終始走りつづけ、すべてをおぜん立てするパスを出していた。

    たとえ間違った使い方をされても、ザイール=エメリは何とかインパクトを残した。PSGはチャンピオンズリーグの決勝トーナメントでバイエルン・ミュンヘンに惨めな負け方をしたが、10代のザイール=エメリはコマンを黙らせるという厄介な仕事をやり遂げたのだった。

    だが、今シーズンになってこの若きスターは最高のパフォーマンスを見せはじめている。シーズン開幕戦ではウガルテのすぐ前でプレーし、PSGのミッドフィルダーの中で最高の働きをしたと言っていい。ピッチの中央でオールラウンドの存在感を見せつけていたのだ。

    時にはアタッキングサードに進入したり、またある時は深いところからパスを出したり、正確な気持ちはわからないまでも、ザイール=エメリは冷静に効率のよいプレーをしている。これまでパス成功率は92%をほこり、試合を決めるアシストもしている。ヨーロッパで最も体力のいるリーグのひとつでプレーする17歳にとって悪くない成績だ。

  • Warren Zaire Emery PSGGetty Images

    地元育ちのヒーロー

    PSGは長いこと、ピッチでクラブを代表する地元出身の才能ある選手を切望してきた。この点に関してはPSGがことさら特別なのではない。地元出身の選手が地元のチームのユニフォームを着ているのを見たいというのは、すべてのファンの願いだ。だが、パリ出身者にPSGに入ってほしいと望むパリの熱狂には特別なものがある。おそらく、PSGのアカデミーの強さが関係しているのだろう。フランスの首都では数えきれないほどの一流選手が育てられてきたが、パリ以外のチームでチャンスを探さざるを得なくなっている。PSGが地元出身選手を確保できないでいることは深刻な問題なのだ。

    世界最高の選手の多くがパリの近くで生まれ、PSGのアカデミーに入って卒業している。うまくいかない理由の一部は、カタール人たちのスポーツ投資計画にあるかもしれない。PSGのオーナーグループは長らく、若手よりもビッグネームを重宝してきた。その結果、今やPSGはヨーロッパのトップチームの中で、チームで活躍しつづけているアカデミー出身と認定される選手がひとりしかいないチームとなってしまった。その唯一の選手がプレスネル・キンペンベなのだが、ケガから復帰しても先発入りは確実でなくなっているようだ。PSGのファンがエンバペをあれほどあっさり許す理由は、おそらくそこにあるのだろう。エンバペが地元のクラブに入るまでには長い道のりがあったとはいえ、フランス国籍を持つ選手なのだ。

    そして、この役割を担う次のパリ出身選手にザイール=エメリはなりうるだろう。彼は地元出身の才能ある選手で、子どものころはPSGのファンだった。1週間前のランス戦で勝利した後、手にメガホンを持ち、ウルトラスを先導して歌う彼の姿は、すでに彼がPSGで担っているリーダーとしての役割を象徴するものだった。

    代表レベルで見ても、ザイール=エメリはユースの各レベルでフランス代表となっており、最近彼の「フィジカルのインパクト」を認めたティエリ・アンリから初めてU-21に招集され、今週チームに合流した。ザイール=エメリがチャンスを握りつづければ、PSGは自分のチームのスター選手が、今後何年もフランス代表の主要な歯車となる役割を果たすのを見ていられることになるだろう。

  • Warren Zaire-Emery PSG 2023-24Getty Images

    今後への期待

    こうした物語は以前からある。エンクンクも同じように、チームで活躍してきたと思ったら去っていった。コマンもある程度は同じで、かつてはPSGで試合に出場した最年少選手であった。メニャンやアドリアン・ラビオもそうなるはずだった。

    これらの選手がみな、バロンドールを受賞できるような選手というわけではない。メッシやクリスティアーノ・ロナウドの後継者というほどでもない。だが、全員が代表での働きに定評があったり、主要なクラブですぐにでもインパクトが残せそうな選手だったりする。PSGのファンがずっと前から、避けられなかった移籍に打ちひしがれるまでは、熱狂的に応援してきた若手選手たちなのだ。

    だが今、PSGのファンは大切な選手を見つけたところかもしれない。ルイス・エンリケ監督は以前から若手を重用する監督であり、スペイン代表の監督だったときは、かなりのベテランぞろいだったチームの中で、ガビとペドリという10代の選手に重要な役割を与えてきた。ザイール=エメリのことも、かなり信頼しているようである。すでに、この10代の選手より定評があって高給取りの選手を控えに回しているが、その結果チームは勝ち点を積みあげていっている。

    そんなザイール=エメリも調子を崩すことがあるかもしれないし、多すぎる負担を背負わされ、急いで結果を出さなければならなくなるかもしれない。それでも、今シーズンが終わればエンバペが出ていく可能性が高い中、PSGにはパリ出身の未来のスターが必要だ。そして、その選手はすでに見つかっていると言えよう。