Saudi Qatar Champions League GFXGOAL

ニューカッスル対PSGはサウジアラビア対カタールの代理戦争か

大勢のサッカーファンが悩みはじめた難問がある。すなわち、金持ちの国家がオーナーのチームをサポートできるか、という問題である。パリ・サンジェルマンやニューカッスルのようなチームの買収という悪いニュースを受け、サポーターたちは道徳的な板挟みに苦しんでいる。

この問題に対する意見はどうあれ、前述した2チームが水曜に対戦し、その背景に中東2カ国の争いがあることは間違いない。ヨーロッパ最大の大会で2つの由緒あるサッカーチームが対戦しただけの話ではないのだ。

青コーナーはサウジアラビアとニューカッスル。赤コーナーはカタールが後援するPSG。ピッチやスタンドにおけるライバル関係以上に、互いの上層部には特殊な敵対関係が存在する。少なくともサッカー界では今までになかったことだ。2つのクラブが買収された時期には10年の隔たりがあり、カタール・スポーツ・インベストメンツ(QSI)がPSGを買収したのは2011年、サウジアラビア・パブリック・インベストメント・ファンド(PIF)が手厚く後援する団体がニューカッスルの買収を完了したのは2021年だった。

セント・ジェームズ・パークにほとんど来ることもなく、舞台裏で起こりうる地政学的緊張について無知でほとんど気にすることもなく、オーナーたちにとっては相手に勝つことが目的でもない。大方は、ニューカッスルがヨーロッパサッカーのトップに返り咲いたことを称えたいと思っているだろうが、この試合には、ただ勝ち点3を争う以上の重い意味があるのだ。

  • Saudi Arabia 2022 World CupGetty

    舞台裏にある緊張

    サウジアラビアとカタールのライバル関係は血統に基づくものではない。両国のサッカーの歴史もそれほど大きな違いはないが、サウジアラビアのプロサッカーのほうが発展しているし、根付いている。サウジ・プロリーグの近年の成長は巨額の富と投資の成果だけではなく、サッカー文化に対する大いなるリスペクトがサウジアラビアには存在する。よくよく見れば、両国はサッカーの質という点では互角ではない。

    だが、外部から働く緊張はある。2017年、サウジアラビアは、カタールの外交政策が中東におけるサウジアラビアの利益を阻害すると主張して、カタールとの関係を断絶した。この問題はサッカーやスポーツのメディアにも広がっていき、両チームがマスコミを介して攻撃しあい、カタールはスポーツのネットワークを武器のように利用するようになった。

    その中心がPSGのナーセル・アル=ケライフィ会長だった。彼は長い間、中東最大のストリーミングとスポーツ番組を提供するビーイン・スポーツを支配している。2カ国間の緊張が高まるとビーインはサウジのネットワークから姿を消した。それに対してサウジアラビアは、カタールと対立する自国の海賊版TVネットワークを創設したと言われている。

    この対立はサッカーによって適切に和解した。2019年、サウジアラビアはカタールで開催されるガルフカップをボイコットすると脅した後、参加することに同意した。記者会見で両チームはゆっくりとハグし合い、サウジはカタールのサッカー放送網に戻ることが許された。2年後、PIFがニューカッスルの買収を完了したのとほぼ同時期に、ビーインはサウジアラビアのテレビに復帰した。事実上、すべての人々が再びサッカーを見ることができるようになったのだ。

    だが、昔からの緊張はまだ燃えていた。2022年ワールドカップ開幕戦の1時間前、22試合を無料で放送することが同意されていたにもかかわらず、ビーインはサウジアラビアでの活動を休止した。明確な説明はされていない。多くの人が相変わらずこの地域で横行している違法なストリーミング・サービスで試合を見ている一方、このことは、警告なしに困難な状況が戻ってくることがあることを思いださせることとなった。

  • 広告
  • Edinson Cavani Nasser Al-Khelaifi PSGGetty Images

    10年違う2つの買収

    こうした背景を知ったうえで、2つの別個の、しかし似通ったプロジェクトについて見てみよう。ヨーロッパのクラブへの投資に関してはカタールの方が先だった。2011年、元プロテニス選手のアル=ケライフィ率いるQSIはPSG獲得に向けて迅速に動いた。

    始まりは2010年の9月で、ニコラ・サルコジ元フランス大統領、ミシェル・プラティニ元UEFA会長、カタールの首長ハマド・ビン・ハリーファ・アル=サーニー、カタール首相が一堂に会した。どんな話し合いがされたかは不明だが、カタールが2022年ワールドカップ開催地となれるようプラティニの票を獲得するのと引き換えに、12カ月以内にPSGを買収できるよう手助けする手筈が整えられたと言われている。

    当時アル・ジャジーラの社長だったアル=ケライフィはすべてが桁外れだった。自身を紹介する記者会見にリオネル・メッシのことを持ちだし、PSGは「新しいメッシ」を探していると言った。アル=ケライフィは早々に大金を使い、ヨーロッパがそれまで見たことのない最大規模なチームの構築に動きだした。パリは魅力的な都市であり、アル=ケライフィはパリに魅力的なサッカーを持ちこんだのだ。

    10年後、同じ舞台にサウジアラビアがやってきたが、同じような契約をするのに18カ月かかった。イギリス政府は当初、サウジを支配する一族と同国のパブリック・インベストメント・ファンドとのつながりに不快感を示し、ニューカッスル買収の試みを拒絶した。

    だが、最終的に取引は成立した。ヨークシャー生まれのビジネスマンで中東での投資経験があるアマンダ・ステーブリーがクラブの株式の10%を買い、公の代表として指名された。彼らのモットーは違っていた。彼らが買収したニューカッスルは派手なクラブではなかった。だが、彼らが必要としていたのは、前オーナーのマイク・アシュリーを大っぴらに嫌いながら、オーナーが代われば再びチームを愛してくれるファンだった。

  • Neymar Messi Mbappe PSGGetty

    常勝チームを造る

    そして、チーム造りが始まった。PSGは見つけられるかぎり多くのスターを欲しており、それもすぐに必要だった。アル=ケライフィはパルク・デ・プランスに、最も輝いていて、明らかに最高の才能がある選手を何人も手にいれるため、金に糸目を付けなかった。チアゴ・シウヴァから始まって、エディンソン・カバーニ、ダヴィド・ルイス、ほどなくズラタン・イブラヒモヴィッチもやって来た。2013年、37歳のデビッド・ベッカムが半シーズンだけレンタルで加入した。ローラン・ブランが監督に任命されたのは監督にカネをかけられなかったからだと指摘する人もいるかもしれない。要するにPSGのどこかにはフランス人がいなればならなかったのだ。

    そしてそこからクラブは大きくなるばかりだった。2017年、ネイマールのバルセロナの買取条項2億2,000万ユーロ(約345億円)を発動させ、誰もがネイマールにバロンドールを取らせたいと思っていることを利用して、彼の高すぎる望みに合ったステータスと報酬を与えた。その後、その夏のうちにキリアン・エンバペが加入し、PSGは突然この星で最も高額な選手2人を抱えることになったのである。

    4年後、何度も何度もチャンピオンズリーグで失敗した後、アル=ケライフィはメッシというレジェンドも獲得した。こうしてPSGは見つけられるかぎり最高の11人を有するチームとなったが、彼らはニュースのヘッドラインを騒がすスターたちである一方、全員を起用するには戦術的な問題があることは誰の目にも明らかだった。実際、PSGはQSIがクラブを買収してから監督が7人も代わり、20億ユーロ(約3,141億円)近い投資をしながら、いまだにチャンピオンズリーグを制することができないパターンに陥っている。

    おそらくそのせいで、ニューカッスルは、同様のスーパースターたちを北部イングランドに来るよう説得できないでいるが、PIFは別の道を進んだ。彼らは、ヨーロッパで見つけることのできる、中の上のレベルの選手の中で最高の選手を誰よりも高く買うことにしたのだ。こうしてキーラン・トリッピアーやブルーノ・ギマランイスがやってきた。アレクサンデル・イサクやアントニー・ゴードンには払い過ぎたが、2023年の夏にはサンドロ・トナーリが加入した。ニューカッスルは、明らかなスーパースターはいないものの、非常に素晴らしい選手たちを集めたのであった。

    監督は、スティーヴ・ブルースに代えて、イングランド出身でファンが応援しやすいエディー・ハウが就任した。18カ月後、ハウ監督はニューカッスルを残留争いから上位4チームに浮上させ、20年ぶりのチャンピオンズリーグ出場に導いた。おそらくはさらに重要なことに、このチームはまだ成長途中である。

  • PSG ultras 2022-23Getty

    ファンとの絆

    PSGのオーナーの問題のひとつに、ファンの願いがまったくわかっていなかったことがあげられる。コレクティフ・ウルトラス・パリ(CUP)は何年にもわたって定期的にオーナー問題について何度も声をあげてきた。一流のフランス人選手を無視していることに怒っていたのだ。将来性豊かな選手たち――例えばキングスレイ・コマン、クリストフェル・エンクンク、アドリアン・ラビオなど――がクラブを去り、ファンは何の絆も感じられない選手たちを応援することを求められた。パリのサポーター集団は、1970年代にパリ市民が創設したチームを応援する独特な集団なのに、またしても明らかに非フランス的なチームを支えなければならなくなったのだ。

    もっと言えば、だからこそPSGのファンはここ最近のエンバペの騒動を受け入れてきたのだ。エンバペは何度もチームを去ることをちらつかせ、チームの構成について大っぴらに不満をもらし、ピッチの上でチームメイトと言い争ってきたが、それらすべてが許されてきたのはエンバペがパリ生まれだからだ。エンバペはいいやつではないかもしれないが、フランス人だ。もちろんサッカーがうまいこともエンバペを救っているが…。

    一方、PIFは、もっとファンと触れ合うという印象を与えてきた。買収からまもなく、ステーブリーは「クラブの良き管理人」であることについて語り、どれほどニューカッスルが「コミュニティ」であるかを語るのは「感動的だ」と言った。クラブはファンと絆を結びたいと主張したが、これは、数年にわたるアシュリー時代を耐えたサポーターの耳に心地よく響いた。

    また、PSGはアカデミー出身選手を手放したが、ニューカッスルは若手をつなぎとめるために努力し、チーム内に彼らの役割を与えた。ショーン・ロングスタッフは相変わらずニューカッスルのレギュラーだし、若手のスター、エリオット・アンダーソンは昨シーズンの終盤、大々的にデビューを飾った。子どものころニューカッスルのファンだったダン・バーンとルイス・ホールが新たに加入したことも、スタンドにいるファンとの絆を深めることに役立っている。

  • Eddie Howe Newcastle 2023-24Getty Images

    勝ち抜くのは誰か

    では、実際の試合はどういうことになっているだろう。両チームとも、今大会で最も熾烈な争いが繰り広げられるであろうグルーブを勝ち抜くために、懸命に戦っている。

    試合前の話題の多くは、2003年以来初めて、チャンピオンズリーグの試合をホームで戦うニューカッスルに集中していた。ここに至るまでの道のりについてはいろいろ考えることがあるかもしれないが、長く苦しんできたサポーターがある種の喜びを感じていないはずがない。

    だが、だからと言って、PSGを倒す権利が――あるいはその力さえも――あるわけではない。ルイス・エンリケ監督は、新たに契約した12人全員をチームに統合する方法をまだ考えており、エンバペの体調にはやや疑問符がつくものの、2週間前のボルシア・ドルトムント戦はかなり悠々と勝ったように見える。

    そうは言っても、ニューカッスルは、おそらく決定的な勝利となるだろう勝利を収めるのに充分な力をもっているはずだ。何ひとつ劣るところのないニューカッスルのファンは、本気で来年の決勝トーナメントに進出できる可能性を夢に見始めることができるだろう。

  • Amanda Staveley Mehrdad Ghodoussi NewcastleGetty

    次に起こること

    この試合は、両チームが代表するオーナーグループや国にとっては、相手に対し大いに胸を張れるチャンスかもしれないが、この日が終われば、ただの1試合に過ぎない。おそらくもっと興味深いのは、中東でのサッカーの覇権を争いが、次にどうなるかということだ。

    ネガティブな話ばかりだったカタール2022は、FIFA内部では成功したワールドカップとみなされた。報道によれば、ジャンニ・インファンティーノ会長は、そう遠くない将来、中東で再びワールドカップを開催したいと思っているらしい。現在、2034年大会のホスト国候補にサウジアラビアが上がっているが、サッカーは中東諸国が大金をつぎ込むようになったスポーツの中では新顔だ。

    ここ数年、サウジアラビアは、ゴルフ、F1、ボクシング、アメリカ合衆国の総合格闘技のUFCなどにかかわっている。ニューカッスルの買収はサッカー界に同じような騒ぎを起こすための一歩にすぎない。サウジ・プロリーグへのPIFの投資はひと夏の騒ぎで終わりそうになく、責任者たちは、スター選手たちが、中東で開催されるワールドカップのために、ヨーロッパ最大のクラブではなくアル・イテハドやアル・ナスルのようなチームと契約を選ぶことを望んでいる。

    もちろん、カタールがワールドカップを招致開催し、その大会が終わった途端にネイマールやメッシがPSGを去ったのは偶然の一致ではないだろう。今後もQSIがPSGや他のクラブに同じように投資しようとするかどうかは疑問だが、だからと言って、カタールがヨーロッパサッカーで名を残すことが終わったわけではない。

    カタールの王族のひとり、シェイク・ヤシムは相変わらず、長年にわたるマンチェスター・ユナイテッド買収を貫徹させる有力候補のひとりだし、中東には、他にも、今後数年間、クラブへの投資や買収に意欲を見せる人々がいるだろう。

    最も中東で影響力をもつ国が関係する2つのクラブがチャンピオンズリーグで対戦する。世界最大の大会についての発言権を中東がもっている以上、この試合が一度限りのものとはなりそうにない。

0