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俺から道を譲る気はない――ルカ・モドリッチ、レアル・マドリー世代交代に抗い続ける38歳の戦い

取材・文=江間慎一郎

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    ここはレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ。時計の針は75分を少し過ぎたところで、スコアは1-1と勝負はどうなるかまだ分からない。ここで指揮官カルロ・アンチェロッティは、先発していたルカ・モドリッチを下げることを決めた。

    場内アナウンスで名前を呼ばれ、ベンチへと向かう背番号10に対して、ベルナベウの観客は一斉に立ち上がり万雷の拍手を送る。これはここ数年、モドリッチがベテランと呼ばれる年齢になってから、ずっと繰り返されている光景だ。マドリーのサポーターはその試合のスコアやパフォーマンス如何にかかわらず(もちろん悪いことなどほとんどないが)、彼に対してはこれまでの貢献を労うように、いつもスタンディングオベーションをするようになった。

    しかし、この日のモドリッチは両手を上げて拍手をし、観客に謝意こそ示したものの、基本的には下を向きながらタッチラインを跨いでいる。アンチェロッティの労いにも大きな反応を見せず、満足していないことは明らかだった。

    「試合だって、自分だって、まだ終わっていないんだ」

    そんな心の叫びが聞こえた気がした。

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    現実

    今夏、レアル・マドリーとの契約を2024年6月まで延長したモドリッチ。新たな契約書にサインを交わした際、「自分がしていることを愛している。フットボーラーとして難しい年齢(38歳)に差し掛かったが、まだプレーを続けられる」と語っていたクロアチア人MFは、新シーズンが始まってみると、これまでとはまったく違った状況に置かれることになった。

    昨季チャンピオンズリーグ準決勝でマンチェスター・シティに完敗した直後、アンチェロッティは世代交代を加速させると明言していたが、その方針の中でモドリッチの出場機会は激減。今季公式戦13試合を終えて、マドリーMF陣の出場時間数は1位ジュード・ベリンガム(946分)、2位フェデ・バルベルデ(927分)、3位オーレリアン・チュアメニ(862分)、4位エドゥアルド・カマヴィンガ(736分)、5位トニ・クロース(538分)、6位モドリッチ(482分)となっており(ちなみに負傷を繰り返しているダニ・セバージョスは73分)、若手選手を中心に据えたことが顕著に現れている。黄金時代を支えてきたモドリッチとクロースの併用は、もうほとんど見られなくなってしまった。

    アンチェロッティは2年前の夏にモドリッチとクロース、さらにはマンチェスター・ユナイテッドに移籍することになるカセミロと話し合いの場を持ち、これからは若手選手にもっとチャンスを与えていく考えであることを伝えていた。その話に頷いたとされるモドリッチは、今季のように若手との出場時間が逆転しても、その現実を素直に受け入れてサポートに回るものだと思われた。

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    しかし、違った。モドリッチは現状にまったく納得していなかった。彼は38歳となった今もなお、レアル・マドリーというチームで誰よりもピッチに立つことを求めている。世代交代の波にのまれる気など、さらさらなかったのだ。

    「レアル・マドリーとの契約を延長する上で、僕から提示した条件が一つだけあった。それは自分を競争的な選手として扱い続けること。これまで、ずっとそうだったようにね」

    「過去の功績だけでマドリーに留まるなんてダメだ。すべての選手が同じスタートラインからポジションを争うべきだろう」

    「プレーできなくて満足している選手なんているわけがない。自分のキャリアの中で、これだけベンチに座り続けた経験は、おそらく一度もない。変な感覚だが、監督は彼なりの理由でそうすることを決めたんだろう」

    「でもね、僕はこんなことじゃあきらめない。むしろ、その逆さ。僕はプレーがしたいんだ」

    レアル・マドリーとクロアチア代表を引っ張り、5回のチャンピオンズリーグ(CL)優勝やバロンドールを獲得したモドリッチは、やはり伊達ではなかった。彼はこれまで数えきれない試練と逆境に直面し、その度に才能と努力と闘争心でもって道を切り開き、世界の頂までたどり着いた選手なのだ。

    祖父が射殺されたクロアチア紛争下、まだ幼かった彼は空襲もあった地でボールを蹴り続けた。体が小さすぎるという理由で憧れだったクラブ、ハイドゥク・スプリトの入団テストに落ちて失意のどん底に叩き落とされたが、地元クラブのNKザダールで努力を重ねてディナモ・ザグレブの下部組織に入団した。ディナモでもフィジカルへの疑いは晴れず、ズリニスキ・モスタル、インテル・ザプレシッチにレンタル移籍をし、その実力を証明してからディナモのトップチームにたどり着いた。ディナモでクロアチア最高の選手となってトッテナムに移籍した直後には、フィジカルとスピードに特化するプレミアリーグに苦戦しながらもしっかりと適応してみせた。マドリー加入シーズン、期待されていたようなプレーを見せられずメディアとファンから批判を浴びせられ続けたものの、CLマンチェスター・ユナイテッド戦で強烈なミドルを叩き込んだことをきっかけに自分の居場所を勝ち取った……。

    その後マドリーで、モドリッチはチームが逆境に陥る度、その永遠に気高き魂を示して劇的勝利を呼び込んできた。10回目のCL優勝を手繰り寄せたあのセルヒオ・ラモスの92分48秒の同点弾は彼のCKから導かれたものだし、14回目の優勝では準々決勝チェルシー戦であの“史上最高クラスのアシスト”と称されるアウトサイドクロスからロドリゴの起死回生弾を生み出している。当たり前だが、モドリッチなしでマドリーの最新の黄金期は存在し得なかった。

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    不撓不屈

    モドリッチが今なお、常にピッチを立ち続けることを望む姿勢は、マドリディスモ(レアル・マドリー主義)の根幹たる不撓不屈の精神をそのまま体現している。

    エゴ集団とも言われるマドリーは自分たちが誰よりも優れているという自負から、たとえビハインドを負ってもあきらめることなく、極上のワンプレーで流れを引き寄せて劇的勝利の糸口をつかむ。自分たちこそ世界最高と考えなくてはならないチームで、下手な馴れ合いなど無用でしかない。だからこそ、モドリッチは背中でこう語りかけているのだ。「俺から道を譲る気はない。通りたいなら押しのけていけ。それが世代交代の真っ当な在り方だろう」と。

    もちろん実際にピッチに立ってプレーするモドリッチは、まだまだチームにとって重要な存在だ。相手のFW&MF、MF&DFのライン間でのポジション取り、CB&SBの間を突くタイミング、サイドチェンジによる攻撃の展開は絶妙そのもの。そして何よりも、ボールを受ける前から考えられている数多くの選択肢と、彼のプレーの代名詞アウトサイドキックを含めたテクニックの幅はあまりに広大であり、他の追随を許さない。アンチェロッティが進める世代交代の中で、若手たちに足りず、これから学んでほしいと感じられることをこのクロアチア人MFは多分に備えている。

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    不変

    クリスティアーノ・ロナウド、セルヒオ・ラモス、カリム・ベンゼマ……レアル・マドリーの最新の黄金期を構築した主要選手たちは次々とクラブを去った。その間に果たした10回目から14回目のCL優勝に直接的に関与したモドリッチが、チュアメニ、カマヴィンガ、ロドリゴ、ヴィニシウス・ジュニオール、そして今季から加入したベリンガムに伝えるものにはかけがえない価値があるはずだ。無論、それは言葉だけで伝えられるものではない。才能、努力、闘争心の塊であり、何よりもフットボールを深く、誰よりも愛している偉大な先輩の姿勢、態度、表情から学び取っていくものだ。

    「ローテーションとか休みって言葉は好きじゃない。調子が良いと感じるなら休む必要なんてないじゃないか。チームには自分のほかにも選手たちがいて、全員がプレーすることを望んでいる。皆で出場時間を分け合う必要があるのかもしれないが、自分が調子良いと感じていたら、どうして休む必要があるんだ? 年齢なんて関係ない。休む必要なんて、どこにもないんだよ」

    「自分が今もトップレベルでやれている秘密? 秘密はないというか、すでに知られていることだ。コンディションには本当に気を遣っている。クラブスタッフの世話になっているほか、パーソナルコーチも雇ったり、これまで以上に徹底的に管理しているね。レアル・マドリーという最も偉大なクラブで、自分がいつまでやれるかは、正直言って分からない。だから最大限、できる限り楽しみたいんだ。可能な限り続けられればと思っている」

    「僕は自分のしていることを、フットボールを愛している。それこそが一番大切だ。本当、大好きなんだよ。自分が愛していることに取り組めているとき、すべてはより簡単になる。僕は24時間、ずっとフットボールのことを考えているんだ」

    モドリッチは、終わらない。終わろうとしない。起死回生の美しいアウトサイドキックを、今も狙い続けている。