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エンバペを蝕んでいるのは何か。不調のスーパースターはフランス代表での調子をクラブに還元できるか

キリアン・エンバペは今シーズンの得点のひとつを決めそこなった。日曜のパリ・サンジェルマン対レンヌの試合で、エンバペはまさに彼らしいことをすべてやった。斜めに走って相手DFを置き去りにし、大きなストライドでアシュラフ・ハキミからのパスをコントロール。左に切れこみ、もう一人相手DFを越えて反対側に突進。キーパーが飛びだしてきたが、エンバペに置き去りにされ、ピッチに大の字になって取り残された。

そこでミスが起きた。エンバペは速く走りすぎて、ゴールの幅を見失ってしまったのだ。足元のボールをコントロールすることができず、ボールはバーの上を大きく通り過ぎていった。だが、このミスは試合の大勢には影響しなかった。パリは3対1で楽勝したのである。シーズン全体を考えても、ほとんど意味のないシーンだろう。エンバペのチームはリーグ・アンを悠々と勝ち進んでいくだろうから。

だが、アーリング・ハーランドではないが世界最高と広く認められているフォワードにとっては、ありえないことであった。数字だけを見れば、エンバペは今シーズンもずば抜けている。全公式戦9試合で8得点を記録し、リヨン戦では2得点しているのだ。

事実、4試合連続でノーゴールだからといって、センセーショナルなことではない。ただ、今シーズンのエンバペは何かがおかしい。彼をめぐっては、常にとんでもない数の噂が駆けめぐっている。フランス代表キャプテンは(少なくとも)もう1年PSGにいることを選択したが、それでもまだレアル・マドリーへの執着はある。新監督のもと、不確実な未来予想図に付きまとわれているエンバペはクラブでのここ数試合、彼らしさを失ってしまった。

  • Randal Kolo Muani Goncalo Ramos PSG 2023-24Getty

    エンバペの希望どおりの契約

    夏の移籍期間中のPSGの動きを考えると、これはまったく予想外のことである。PSGは必ずしもエンバペの「ための」チームを構築してきたわけではない。ただ、PSGとエンバペが交わした契約は――加えてPSGが放出した選手たちを考えるときわめてエンバペ寄りのものだった。

    最初はリオネル・メッシの離脱だった。その1カ月後、ネイマールもクラブを去った。ほんの5年前には現代サッカー最高のコンビのひとりになると思われていた選手の苦い最後であった。

    一方でPSGが獲得した選手はほとんどが若く、運動能力が高く、可能性に満ちていた。マヌエル・ウガルテとイ・ガンインは両方とも、元いたチームの成功に大いなる貢献をした選手だったし、移籍市場が始まってわずか数週間で加入した。フリーでミラン・シュクリニアルやマルコ・アセンシオと契約できたのは素晴らしく、チームに経験がもたらされた。

    それから鎮静剤のような契約もあった。最初はウスマン・デンベレで、この万能なフランス代表選手の攻撃的センスは、エンバペとともにカウンターアタックをするのにうってつけだと思われた。ランダル・コロ・ムアニも加入したが、PSGはこのエンバペのフランス代表の未来の攻撃的パートナーと契約するために、市場価格よりもかなり高い金額を支払った。

    ついに、スーパースター・エンバペの希望どおりのチームが出来あがったのだ。

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  • Kylian Mbappe PSG 2023-24Getty Images

    新たなポジション

    新しい選手が入って戦術フォーメーションも少し変わった。新監督のルイス・エンリケ監督は、かつてはポゼッションをベースにした4-3-3の信奉者だったが、PSGのラインナップは大きく異なり、フォワードに4人もの選手を並べる時もあれば、フォワードは3人で「非常に」攻撃的なミッドフィルダーを1人配置することもある。

    その結果、エンバペはやや内寄りの位置に変わった。以前は左ウイングから中に切りこんでいくフォワードだったが、現在はセンターバックと右サイドバックの間のスペースから始まり、もっと前に斜めに切りこんでいく。チャンピオンズリーグのニューカッスル戦では時々、事実上ただ1人のセンターフォワードとしてプレーしていた。それはまさに両チームの戦術の違いを示していた。

    PSGが突破口を開くことができるとき、このシフトは機能する。その最高潮は4対1でリヨンに圧勝した試合で、PSGはダイナミックな攻撃力を発揮。前線の4人が見事に調和した動きで混乱する相手DFの間を抜けていった。事実、デンベレとコロ・ムアニの両名が2アシストを記録し、エンバペもここ数年見せてきた以上に鋭利なパサーぶりを示した。

    だが、裏を返せば、PSGのスターであるエンバペにとってやや馴染みの薄いスペースにいることになる。左サイドにいた時のエンバペは本能的にスペースを把握することができ、それによってここ数年、サッカー界で最も得点力のあるストライカーのひとりになっていった。ピッチのあの部分のどこにポケットがあるか、エンバペはすべてを知っている。ニアポストに行くこともあれば、ファーポストに行くこともある。ゴールキーパーを交わすにはどのくらいの強さでボールにタッチすればよいかも、シュートすべき角度もわかっているのだ。すべてのステップが計算されたものであり、すべてのタッチが見事に調整されている。

    しかしながら、中央に陣取っている時の彼には少しためらいがある。いつもなら簡単にゴールマウスの下隅に流しこめるシュートがポストを叩くことがある。いつもなら自動的に吸いこまれるシュートがバーを越えていってしまう。ゴール数からすれば、それほど心配するようなことはないかもしれないが、今のエンバペは何かが少し違っている。

  • Kylian Mbappe Lorenz Assignon Rennes PSG 2023-24Getty

    プレッシャー?

    もちろん、エンバペは評価や批判に事欠かない。才能があり、若く、2018年以降4試合続けて得点がないのが最低の記録という選手なのだ。現在、PSGの歴代最多得点者であるエンバペは、その呪縛から立ち直っていると言っても過言ではない。

    だがその間、エンバペにはいつも頼れる誰かがいた。エンバペが得点しなくても、ネイマールがした。エンバペにとって不運な試合だったとしても、メッシにはそうでなかった。フランス代表で言えば、アントワーヌ・グリーズマンやオリヴィエ・ジルー、そのほかにもレ・ブルーの頼もしい攻撃陣がフォローしてくれていたのだ。

    それが今や、エンバペは主力中の主力だ。言い訳はできない。他の同世代のストライカーに彼の手伝いはできない。加入してきた選手すべてを見ても、新加入選手の誰もいちシーズンのリーグ戦で20得点した者はいない。最も近いラモスでさえ、PSGでの最初のシーズンで必ずしも順調なスタートを切っているわけではない。チームメイトたちは、当然のようにメディアで彼を支持している。

    「この試合でエンバペは疲れていたようだった。我々は3日おきに試合をしている。少ししんどいけど、でも、エンバペはイラついているわけではない。すぐに得点するさ!」と、PSGがレンヌ戦で勝利した後、デンベレは言った。

    ルイス・エンリケ監督も、スター選手をかばった。「エンバペの調子は100%だ。どんな選手も様々な状態を経験する。彼はスーパーマンではない、普通の人間だ。何もかもが白黒つけられるわけではない。グレーな時があるものだ」

    だが、彼らがどんなことを言おうとも、エンバペがすべての試合で得点することが期待されていることを隠すことはできない。得点できなければ失敗したとみなされるのだ。

  • Kylian Mbappe PSGGetty

    苦闘するチーム

    彼へのプレッシャーは、PSGが期待されていたほど圧倒的な力をもっていなかったために増幅されている。リーグ・アンは思われている以上に強いリーグである。実際アウェーの試合で、荒々しいことで有名なフランスのウルトラスの目の前で試合をすることは、エンバペとその仲間たちにとって簡単なことではない。PSGが才能ある選手の集まりだけでなく、他のあらゆるチームから選手を買っているせいで、余計にそうなのだ。

    PSGが勝ち点を取りこぼすのは滅多にないことだ。PSGが首位と勝ち点差2の3位であることは大した問題ではないはずだが、勝つのが当たり前のチームにとって体裁の悪いことなのは確かだろう。

    おそらく特に問題なのは――そしてエンバペによりダメージを与えているのはPSGがニューカッスルに負けたことだ。PSGはタインサイドでの、今年初めてのヨーロッパでの大きなアウェーの試合に4対1で負けた。エンバペもこの負け試合で何もできなかった。打ったシュートは1本だけ、それも枠外でほとんど沈黙していた。

    チャンピオンズリーグの栄冠を母国にもたらすと強く約束してクラブに残留した選手にとって、由々しき事態である。チャンピオンズリーグ優勝は、PSGにおけるエンバペにとって最後のピースだ。あの試合のパフォーマンスは彼の誓いに見合うものではまったくなかった。試合後、ニューカッスルに4点目が入った後のエンバペが肩をすくめる画像が広く使われている。エンバペの肩は語っていた――これ以上何ができるのかと。

  • Kylian Mbappe France 2023-24Getty Images

    フランス代表は復調にうってつけの場所

    そういうわけで、おそらく今回のインターナショナル・ブレイクはまさにエンバペに必要なものであろう。フランス代表でのエンバペにプレッシャーはない。必ずしも、寛容な仲間たちと冷静な頭脳にあふれた、悪名高き仲良し集団ではないにせよ、エンバペにとって成長できる場所である。

    振り返ってみれば、PSGのスターにとってフランス代表はゴールを量産しやすい場所である。71試合に出場して40得点21アシストを記録している。90分につき平均1.02ゴールをあげており、誰もが知るとおり、ワールドカップの決勝でハットトリックを達成した。つまりエンバペにとって代表戦は何よりも大事なものなのだ。

    この数字を示すとおり、エンバペのお得意様の相手であるオランダ戦で輝きを放った。18歳だったエンバペが初めて代表でゴールを決めたときの相手に対し、圧巻のミドルシュートを含む2ゴールで2-1の勝利に貢献した。エンバペのオランダ戦の成績は、これで5試合で6ゴールとなった。

    エンバペはオランダ相手の一戦で、ひとまずゴールを決める感覚を取り戻すことができたはずだ。エンバペという無慈悲なストライカーにとっては、一度ゴールを決めてしまえば十分。代表での感覚をそのままに、ここから次々とゴールを生み出すことをPSGサポーターも期待しているだろう。