だが、デシャン監督の決意がどうあれ、フランスの守備のラインは変わらないと思われる。選手は変わるかもしれず、フォーメーションも同じではないかもしれないが、安全第一の哲学は変わらないだろう。
もっと積極的な策を求める声は何年も前から上がっていたが、デシャン監督は聞く耳をもたない。「変えることは可能かもしれないが、リスキーだ」と、2018年のワールドカップの後に言っていた。デシャン監督は決して「リスキー」なことをせず、前例を踏襲する。見ていて退屈だが、打ち負かすのは非常に困難だ。
その理由のひとつは、選手たちが監督と監督のやり方を完全に信頼していることにある。更衣室で不満がつぶやかれることはなく、ゲームプランに納得しない選手がいるという証拠はない。
たとえばグリーズマンは、自分にまったく合っていない役割を任されることにも何の問題もないと言っている。むしろ、ベルギー戦でのフランスの戦術を正当化し、デシャン監督と同じ考えであるようだ。『ビーイン・スポーツ』でこう言っていた――「素晴らしい守備なしには、前に進めない」。
ラビオは14日の日曜にベルリンでトロフィーを掲げられるのであれば、選手たちは今までどおりのプレーを続けることを「いいことだ」と思っていると言っている。「唯一の目標は勝つことだ」と、RMCスポーツで語った。
一方、サリバがデシャン監督の指示に従う以上に監督を擁護しなければならないことにフラストレーションを感じていることは明らかだ。
「我々はこんなに強いチームだ。コンパクトで、堅固なブロックを敷いている」と、ESPNで語った。「我々を相手に戦うことがどれだけ難しいか、みんなわかっていない。我々は敵に対して非常にハードに相対している」
だが、彼らの試合を見るのもハードだ。悲しいことである。フランスは『ビューティフル・ゲーム』の素晴らしい伝道師になれるはずのチームなのに、監督は美しくなくとも勝利を収めることに満足している。あの日の最後、デシャン監督は自身の評判をまったく気にしていなかった。ただ勝つことだけを考えているのだ。
デシャン監督にとって、結果は常に手段を正当化するものだ。たとえそれが、他のすべての人々を思案に暮れさせるとしても。