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U-21で存在感を示すMFエミール・スミス・ロウ。アーセナルはカイ・ハヴァーツに高額を費やす必要はあったのか?

2年前、アストン・ヴィラがエミール・スミス・ロウと契約したいと2,500万ポンド(約45億円)を提示したとき、アーセナルは笑い飛ばした。その理由は簡単だ。ガナーズはアカデミー出身で年月をかけて育てた、最もエキサイティングな選手のひとりを売るつもりなどまったくなかったのだ。まして、そんな少ない金額では。

アーセナルにはマルチに活躍できる攻撃的ミッドフィルダーを育てる壮大な計画があり、ほどなくスミス・ロウと新しい契約を交わして、そのことを印象づけた。また、その年の初めにはメスト・エジルがつけていた背番号10のユニフォームが欠番になっていた。

ただ背番号が変わっただけ、ともいえるかもしれない。だがそれは非常に象徴的なことであり、クラブの選手獲得方針が変わったことを明確に示していた。イヴァン・ガジディスの最高責任者としての最後の年を台無しにして、高額なスター選手たちを加入させるのではなく若い才能に焦点を当ててチームを作るという、より賢明な方法にシフトしたのである。

  • Emile Smith Rowe Arsenal 2021-22Getty

    ヘイル・エンドの歴史を作りし者

    スミス・ロウは衝撃的な活躍でチームの信頼にこたえた。ヘイル・エンド卒業生で初めてセスク・ファブレガス以来の1シーズン二桁得点(10ゴール)を達成したのである。

    そのパフォーマンスは非常に印象的で、イングランド代表に呼ばれるほどだった。サン・マリノで大敗した試合ではあったが、スミス・ロウはフル代表で初めての得点を挙げたのである。

    それはスーパースター誕生を思わせる試合であった。だがアストン・ヴィラが今、スミス・ロウの活躍にふさわしい値段をつけて再度声をかけてきたら、アーセナルが真剣に考える可能性は非常に大きい。

    では、何がうまくいかなかったというのか? なぜ突然、クラブの未来そのものと思われていた選手の未来に疑いが生じることになったのか?

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  • Emile Smith Rowe Bukayo Saka Arsenal 2021-22Getty

    地元育ちのヒーロー

    2021-22シーズンのアーセナルは散々な結果に終わった。プレミアリーグで強敵トッテナムに4位の座を奪われ、チャンピオンズリーグの出場権を逃したのである。

    しかしながら、スミス・ロウとブカヨ・サカは明るい将来を示す素晴らしい活躍をした。地元育ちのふたりのヒーローは最も高いレベルで輝くための才能と気質を備えていることを証明したのである。

    残念ながら、昨シーズンはサカが最もエキサイティングで最も効果的なウィングのひとりであることを示し、段違いの活躍をした。一方で、スミス・ロウは逆行してしまった。

  • Emile Smith Rowe Arsenal 2022-23Getty

    ケガの問題

    プレーできない期間が長いことは確かに助けにはならない。しかし、長く悩まされていた鼠径部を治療するための手術から復帰したとき、スミス・ロウは何年かぶりに完全に痛みから解放されると思われていたし、実際そうだった。

    だが問題は、彼がシーズン途中で復帰したとき、アーセナルは確固たるチームを築いて驚くべきタイトル争いを繰り広げていたことだった。つまり、先発イレブンにスミス・ロウの居場所がなかったのである。

    スミス・ロウは攻撃的なポジションならどこででもプレーできるが、ガブリエウ・マルティネッリとサカが走りまわってワイドに試合を展開させていたし、キャプテンのマルティン・ウーデゴールは背番号10として最高の才能があることを証明していた。グラニト・ジャカは、より先進的な中盤のボックス・トゥ・ボックスの役割を堪能していた。

    とはいえ、スミス・ロウがどれほど少ししか試合に出られなかったかを考えると驚きを禁じ得ない。

  • Emile Smith Rowe Mikel Arteta Arsenal Bournemouth Premier League 2022-23Getty

    「1年前に何ができたかは関係ない」

    スミス・ロウがケガから復帰したのは、1月9日のオックスフォードでのFAカップの試合であった。さらに6日後、スパーズ戦に後半のアディショナルタイムから出場し、プレミアリーグ復帰を果たした。

    ところがその後、3月までスミス・ロウが再びピッチに立つことはなかった。

    スミス・ロウは、全公式戦でたった195分しかプレーせずにこのシーズンを終えた。ケガを考慮にいれたとしても、短すぎて困惑する事態である。というのも、アーナセルに変化があったというときでも、彼の前で進んでいたのは前年の夏に行われたファビオ・ヴィエイラとの契約だったからだ。

    スミス・ロウに活躍の場を与えるチャンスは数多くあった。アーセナルが低空飛行だったとき、疲労困憊のチームの誰かに価値ある休息を与えるため、スミス・ロウを起用することもできたはずだ。だが彼はベンチに座りつづけた。

    同じことは、タイトル争いの最中にガナーズが恐ろしいほどの得点力不足に陥ったときにも起こった。レギュラーの何人かが目に見えて疲労しているのに、アルテタ監督はスミス・ロウを他の攻撃的オプションの代わりに起用することをしなかった。

    このことを問われたアルテタ監督はこう答えた。

    「サッカーでは1年前、1カ月前に何ができたかは関係ない」とスペイン出身監督は説明した。

    「今できること、昨日できたこと、明日できることが重要なのだ」

  • Kai Havertz(C)GettyImages

    ハヴァーツとの契約の衝撃

    つまりこう言いたかったのだ。アルテタ監督の目には、単純に先発イレブンに戻れるほどの力がスミス・ロウにあるようには見えなかった、と。

    だが、今はどうだろう。現在のスミス・ロウはU-21ヨーロッパ選手権で、その優秀さを思い出させるような活躍をしている。イングランド代表のグルーブステージの3試合で2得点をあげ、チームを準々決勝に導いたのだ。

    ところが、スミス・ロウの先発メンバーに選ばれたいという望みは、実際にはこの一週間でひっくり返されてしまった。というにも、アーセナルはチェルシーから電撃的にカイ・ハヴァーツを獲得したのである。

    アーセナルは、このドイツ代表のために6,500万ポンド(約120億円)という目玉がとびでるような金額を支払った。これはとんでもない高額である。ハヴァーツが試合に起用されることは明らかで、まもなくジャカが去って欠番となる背番号8の役割を果たすことが大いに予想される。

    多くのファンはスミス・ロウに残ってほしいと思っている。結局のところ、彼は地元育ちのひとりであり、22歳というのはまだチームにいるべき年齢なのだ。

  • Emile Smith Rowe Arsenal 2022/23

    スミス・ロウのジレンマ

    だが、移籍によってもっと試合に出られるようになるとしたら彼はどう考えるだろう――アーセナルに戻るべき場所がないとしたら。

    自分がプレーできるポジションの選手を取るために、なぜクラブが夏の移籍用の予算から多額のカネを使わざるを得ないと思うのか、スミス・ロウが疑問に思っても仕方がないのは確かだ。これまでプレミアリーグで我々が見てきたすべてを考えれば、スミス・ロウの方がハヴァーツよりもはるかにチームのためになる。

    ハヴァーツはレヴァークーゼンでとてつもない才能を見せつけた。アルテタ監督はそんな彼の才能を最大限活用できる監督かもしれない。

    だが、ハヴァーツには非常に大きなリスクがあることも忘れてはいけない。チェルシーでの彼はプレミアリーグ91試合で19得点だった。スミス・ロウは67試合で12点。それも先発した試合の数は30も少ないのである。

    スミス・ロウの方が得点力を示してきた。シュートのおよそ半分は得点にしている。90分ごとのチャンスメイクの数も多く、出場数は少ないにもかかわらず、より多くのアシストを決めている。

    つまり、スミス・ロウはハヴァーツの加入に不機嫌になる権利があるというわけだ。それでも、自分には来シーズン、新しい契約のもとで今まで以上に輝ける能力があると信じるべきでもある。

    ただし、彼にそうできるためのチャンスが与えられるだろうか? 今、問題なのはそこだ。

    もし、スミス・ロウがそれは無理だと感じるならば今夏にアストン・ヴィラから、または別のチームからのオファーを真剣に考えるべきはアーセナルだけではない。スミス・ロウ自身も、だ。