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【現地発】ベンゼマが動けば、スペースが生まれる――「気持ちが感じられない」FWがレアル・マドリーの王として去る

獲得タイトル数25(マルセロと並びクラブ史上最多)、647試合出場(歴代5位)、353得点(歴代2位)。カリム・ベンゼマがレアル・マドリーで残してきた記録だ。紛れもないレアル・マドリーのレジェンドになった男を、サンティアゴ・ベルナベウで追いかけ続けた江間慎一郎氏が綴る。

取材・文=江間慎一郎(マドリード在住ジャーナリスト)

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    「ベンゼマール!」

    ここはレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ。ただ、いつのベルナベウだったのか、日付を明確に思い出すことはできない。ピッチに間違いなく立っていたのはマルセロ、セルヒオ・ラモス、クリスティアーノ・ロナウド、そしてカリム・ベンゼマ……。ベンゼマは迎える決定機をことごとく外して観客から不評を買っていた。極め付けは押し込むだけのボールをクロスバーの上に外してしまったことだが、多くの人々が頭を両手で抱えながら立ち上がり、悪態をついていた。

    「なんてひどいストライカーなんだ」

    「気持ちが感じられねえぞ」

    「ベンゼマール!(ベンゼマと“悪い”を意味するマールを掛け合わせた言葉)」

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  • Real Madrid Benzema RonaldoGetty

    スペースの魔術師

    2009年、マドリー会長の第二次政権をスタートさせたばかりのフロレンティーノ・ペレスは、当時リヨンに在籍していたベンゼマの自宅を直接訪れて、彼の獲得を決めている。ベンゼマはその当時について「会長と初めて会ったとき、『この人がジダンとロナウドをマドリーに連れて行ったんだ。今、自分のことを獲得しようとしている』と思った」と述懐しているが、彼は子供の頃のアイドル2選手がバロンドール受賞後に加わったクラブに、まだ将来有望な若手だった21歳の頃に到達した。しかし、彼がバロンドールに手をかけるまでには、そこからあまりにも長い月日を必要としている。

    ベンゼマはポジション的にはロナウドと同じ9番の選手だが、マドリーでの役割はジダン寄りのところがあった。フロレンティーノは同時期にクリスティアーノを獲得し、彼こそが点取り屋の役割を務めることになったのだから。

    「マドリーに入団したとき、自分のプレーを少し変えなくてはいけないと考えた。そこにある現実に適応する必要あったんだ。一選手が1点を決められ、もう一選手が3点を決められるとしたら、1点を決める方がプレー方法を変える必要がある。ただリヨンの頃よりゴール数が減ったけど、自分のプレーの本質はあの頃とまったく変わっていなかったと思う」

    とはいえ、ベンゼマ本人が割り切っても、割り切れないマドリディスタたちも少なくなかった。彼らにとってフランス人FWは、あまりに頼りない点取り屋に映ってしまった。ジョゼ・モウリーニョがゴール数基準でベンゼマ、ゴンサロ・イグアインに定位置を争わせていたとき、負傷したイグアインの代役獲得を求めて「犬がいなければ猫と狩りに行かなくてはいけない」と、ベンゼマを「猫」呼ばわりした影響もあったのだろう。ベルナベウでは、ベンゼマに対するブーイングさえ鳴り響いていた。

    だがしかし、ベンゼマは“偽の9番”なのだ。名目上はストライカーでも、実際は極上のトータル・フットボーラーなのである。

    ベンゼマが動けば、スペースが生まれる。スペースあるところを突けば、そのほかでスペースが生じる。彼はその考えを基にして、チームメートと相手DF陣がどこにいるかを常に把握しながら、プレーが生じている場所に近づくべきか遠ざかるべきかを判断し続けている。もちろんスペースの扱いだけなくボールを使った技術も一級品で、難しいプレーをさも簡単にやってのけ、なおかつ独りよがりには決してならない。

    前線から降りてきてビルドアップを助ける、前線でタメをつくる、ファーストタッチでマークする相手を抜き去って一気にゴール前まで詰め寄る、グティよろしく後ろに目でもついているかのようなヒールパスを出す、同じく後方からのボールを背中に当てて後ろにパスを出す、アトレティコ旧本拠地ビセンテ・カルデロンのゴールライン際で3人を抜き去ってゴールを導く――。そのすべてが、彼個人ではなくチームの最適解として生み出されたプレーであり、“魔法”だ。ベンゼマは言う。チームが勝利するならば、ゴールを決めるのが自分ではなくクリティアーノやチームメートでも「どうってことはない」と。

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    クリスティアーノ・ロナウドの空けたスペース

    2018年にクリスティアーノがユヴェントスに移籍。マドリーは稀代の点取り屋の喪失に長らく苦しむように思われたが、ベンゼマは彼の空けたスペースすら埋めている(反対にベンゼマが空けるスペースを失ったクリスティアーノは得点力に陰りが見え始める)。マドリーの9番は得点力も発揮して、トータル・フットボーラーとして最盛期を迎えることになる。

    「クリスティアーノの退団は自分にとって解放を意味していたわけじゃない。そうじゃなくて、これからは自分がチームのために1点じゃなく3点を決める選手にならなければならない、ということだった。それに自分にはできるって分かっていたんだ。リヨンで点取り屋をやれていたならば、マドリーでも繰り返せるってね。ただ、それでも僕がし続けてきたことと言えば、フットボールのプレーだった。ゴール数こそ変化したけれど、すべきことをしているだけなんだよ」

    実際ベンゼマのプレースタイルはほぼ変わっておらず、得点に関してはクリスティアーノやレヴァンドフスキのように“与えられたチャンスをしっかりと決め切る”というよりも、“ゴールを創造する”といったアーティスト性を強く感じさせるものが多かった(本人は「一度ペナルティーエリアの外に出て相手DF陣の視界から消えて、一気にバン!と飛び出す。そうすると1秒の自由が得られる」と言う)。そして自分だけでなく、相変わらず自分の周囲も輝かせていた。C・ロナウドの代わりに輝かせた左サイドの選手は、ヴィニシウス・ジュニオール。このブラジル人FWについては、ベンゼマが磨き上げたとも言い換えられる。

    「ヴィニシウスを初めて練習で見たとき、若いけどクオリティーがあると思った。これからもっと伸びると思ったし、だからたくさん話をした。他人が言うような当たり障りないことではなく、本当のことを話すように心がけた。僕たちは、練習で毎日一緒だったんだ」

    「自分の方がフットボールをプレーしている時間が長いからヴィ二に言えることがあったし、それをちゃんと言っていくように努めた。彼は意見を聞き入れることも聞き入れないこともあったが、それでもいつも耳を傾けてくれた。彼がチームにとって決定的な存在になったことがうれしい」

    「今のヴィニはゴールもアシストも記録する。もうドリブル突破のためだけにピッチに立っているわけじゃない。そうじゃなくて、僕が好きなフットボールをするようになった。でも彼なら、もっと先に行けるはずだ。ヴィニはもっとやれる男なんだよ」

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    マドリディスモ

    レアル・マドリーが2021-22シーズンに成し遂げたラ・リーガ&チャンピオンズリーグ優勝は、ベンゼマなくしてはあり得なかった。いや、それ以前の4度のチャンピオンズ優勝だってベンゼマなくしてはおそらくあり得なかったが、昨季の二冠についてはこのフランス人FWこそが主演男優だった。ベンゼマールどころかバロンドールである。

    2009年からFWというポジションでずっとマドリーのレギュラーを張り続けた男の実力は、やはり伊達ではない。そして、その常軌を逸した長き日々の中で、彼はクラブDNAもその魂にしっかりと刻んでいた。その昔、クリスティアーノに「やってやろうぜカリム。相手は臆病者だ」などと活を入れられていた男は、いつの間にやらマドリディスモの根幹である不撓不屈の精神の体現者となり、逆転に次ぐ逆転によって成し遂げた昨季チャンピオンズ優勝の口火を切ったのだった。

    「PSGとの2ndレグ、ハーフタイムのロッカールームで『俺たちが点を決めるんだ』って口にした。なぜかって? 決まることが分かっていたからだ。ベルナベウが自分たちの背中を押して、そうして実際に起きたことが起きるという確信があった。仲間たちはそこで覚悟を固めた。そうやって決めた自分のゴールが、チャンピオンズ優勝への道を切り拓いた」

    「僕たちはチェルシー、マンチェスター・シティ戦でも逆境を乗り越えた。なぜかって? レアル・マドリーがレアル・マドリーだからだ。僕たちのスタジアム、僕たちのファンとともにプレーできれば、どんなことだって可能になる。フットボールではいつだって逆転を果たせる。決してあきらめずに、できると信じることなんだ」

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    ベンゼマが空けたスペース

    ここはレアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ。日付は2023年6月4日で、ラ・リーガ最終節アトレティック・クラブ戦が行われている。ワールドカップとフランス代表に振り回されて、今季ずっと不調が続いていたベンゼマは、この試合の直前にマドリーから旅立つことを決断した。

    観客は、昨季ベルナベウの王に君臨した男にしっかりと敬意を示している。試合前の選手紹介アナウンスで「9番、カリム・ベンゼマ!」とその名が呼ばれたときにはかつてないほど大きな歓声を上げ、74分にPKから最後のゴールを決めて直後に交代でピッチから去るときには、残らず席を立って惜しみない喝采を送っていた。

    これに対してベンゼマは、両手を上げて360度、すべてのスタンドに向けて拍手を返している。空にかざされた右手には、まだ包帯が巻かれていた。この包帯は2019年に骨折して、曲がったままくっついてしまった指を守っている。なまじ試合出場には問題ないためにチームから出場を求められ続け、それに応えてきたあまり、彼は指を元に戻す時間が取れないまま退団を迎えることになった。14年前にマドリーに加入してから今日まで、ベンゼマはそうやって、ほぼずっと必要不可欠な存在であり続けたのだ。

    ベンゼマが交代するとき、記者席のすぐ前にいる一人のサポーターは、マドリーのエンブレムが描かれた旗を力強く掲げて、彼の名を力の限り叫んでいた。試合後、彼に話を聞いてみた。

    「自分は昔、ベンゼマに野次を飛ばしていた方の人間だった。彼からはゴールへの情熱が感じられなかったし、点の決め方が分からないんだと思っていたよ。しかし、分かっていなかったのはこっちだ。自分がフットボールを分かっていなかった」

    「ベンゼマに、あれだけ厳しく当たってしまったことを謝りたい。今はただ、これだけ長くマドリーに尽くしてくれたことに感謝しかできない。ありがとう」

    少し前、自分がマドリーで歴史を刻んだと思うかとの問いに、「ちょっとはね……」と“らしい”返答をしていたベンゼマ。だが、彼がクラブに残していくものは計り知れない。その一つ(一人)に挙げられるヴィニシウスは、SNSで「カリム、僕たちはあなたがいなくなることを、本当に寂しく思うだろう」と記していたが、それは当然のことだろう。

    ベンゼマが動けば、そこにはスペースが生まれるのだ。