トーマス・パーティがアトレティコ・マドリーからアーセナルに移ってからというもの、このガーナ代表MFにとってすべてが計画通りにいったわけではなかった。
しかし、このダイナモは、障害を乗り越えることができることを何度も何度も示してきた。ガナーズのファンは復帰のたびに彼が一回り大きく、そして上手くなって帰ってくることを期待しているはずだ。
トーマスはこれまでにも挫折を経験してきたが、目の前の障害を毎回乗り越えてきた。そして結果的に成長するための解決策を見つけ出してきたのだ。
■両親の多大なサポート
Gettyトーマスは少年時代をガーナで過ごし、謙虚な初心者として成長してきた。父親は彼のビザをスペインに申請するため、息子の能力を売り込まなければならなかった。彼にサッカー選手としてのキャリアを歩ませたかったのだ。
また、母親は小規模な商売をしていた。物を買っては売り、トーマスと7人の兄弟を養っていた。両親が息子をサポートするのに多大な犠牲を払ったことは明らかだ。トーマスは少年時代のことをこのように振り返っている。
「父は書類を揃えたり、シューズを買ってくれたりしてくれて、たくさんの苦労をかけたよ。小さいころから僕のことを助けてくれていた。父は僕のそばでチームのこともたくさん手伝ってくれたんだ」
そんな困難な状況にあったが、トーマスの家族は解決策を見出そうとした。その解決策が、トーマスをサッカー界のトップに立たせること。両親は、少年の将来の可能性を増やすためにできることは何でもやった。
昨年、トーマスは高級誌『ガーディアン』で父親との思い出をこのように語っている。
「父は僕たちを朝早くから山に走りに連れ出していたよ。ジャンプしたり、葉っぱをヘディングしたり、いろんなことをやっていたね。彼は僕にとって初めての監督だったんだ」
トーマスの、決断力があって粘り強いプレーは父親の特徴を受け継いだものだ。また、何でも自分でやってしまおうという"起業家精神"と自己犠牲の精神はその後のキャリアにおいて、フィールド内外で大きな特徴となっている。
■苦難の道を歩んでトップへ
Getty Imagesこれまでもトーマスは決して平たんな道のりを歩んできたわけではない。特にスペインで過ごした最初の数か月がいかに厳しい経験だったか、トーマスはよく覚えているという。
「難しかった。寒い環境に慣れていなかったんだ。マインドやメンタリティ、考え方を変えなくてはいけなかったんだ」
アトレティコで苦しむさなか、トーマスは2014年夏にアルメリアへと移籍。中盤で力強いパフォーマンスを見せたが、2014-15シーズンは降格の憂き目に遭ってしまった。だが、このシーズンが彼のキャリアのターニングポイントとなった。トーマス自身もパフォーマンスには手応えを感じていたようだ。
「自分を動物に例えるならタコだね。アルメリアにいたとき、皆が僕のことを『オクトパス』と呼んでいた。いろんなところでボールを取ることができるからね」
Getty Imagesその後、アトレティコに戻り、シメオネの下でプレー時間は多くなっていったが、常にスタメンを張れるようになったのは2017-18シーズンのことだった。その前のシーズンは国内優勝を逃したり、CL決勝で敗戦を喫したりしたことが記憶に新しい。
しかし、スペインを離れるまで、勝者のメンタリティと、どんな問題も解決しようという決意は誰よりも秀でていた。
2018年にはマルセイユでのアウェー戦に臨み、ヨーロッパリーグで優勝を経験。2019年のレアル・マドリー戦では攻撃を統率し、クラブでのリーグ戦100試合出場を達成した。
そして今は新しい挑戦のさなかにいる。アーセナル加入直後はクラブ自体の問題に巻き込まれたが、パーティは置かれた状況で結果を出す、幼いころから磨き上げた能力を発揮している。
その力が再び発揮されるところを楽しみにしたい。
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