■恵みの雨
私たちが本拠地アノエタで最後に勝利を味わったのは、5月16日のバレンシア戦だった。それから長い渇きの日々が始まったが、夏が過ぎて秋が始まり、ようやく恵みの雨が降ってくれた(……といっても、実際のサン・セバスティアンは1年ずっと雨が降っているが)。勝利した相手は、またもバレンシア。そして勝利への道を切り拓いたのは、第2節エスパニョール戦でも勝利に導く決勝ゴールを決めてくれた、久保建英である。
タケ、君には何度でもありがとうと言わなければならない。それはゴールだけでなく、気持ちの面でも、だ。私たちにとって君は「傭兵」にはなり得ないのだ。
■「荷車を引く」
Getty Imagesラ・レアルで3シーズン目を過ごしている久保。ここまでの2シーズンは成功と言っても差し支えない内容と結果を収めてきたが、今季は初っ端から試練を迎えることになった。ロビン・ル・ノルマンがアトレティコ・デ・マドリー、ミケル・メリーノがアーセナルに移籍し、負傷者も続出……。再構築を余儀なくされたチームは結果が出ず、失望やフラストレーションばかり溜まる状況だった。
だがしかし、それでも久保は逃げなかった。
良い時期に良い顔をするのは簡単だ。本当に偉大なフットボーラーであるかどうかは、難しい時期にこそ分かる。久保はまぎれもなく後者だった。いや、私たちは彼の意思の強さを知っていたが、その強さは思っていた以上だったのだ。スコアレスドローで終わった前節バジャドリー戦の後、この日本人は誰も応じることを望まなかったテレビのインタビューで、感情を込めながら次のように話したのである。
「本当、うんざりしてます。審判が終了のホイッスルを吹いたとき、僕は動くことができませんでした。今日は絶対に勝たないといけなかったので……みんなうんざりしています」
「でも、流れは変わります。変わりますよ。次の試合で絶対に変わるとは言えませんが、そうなることを願っています。僕はこのチームが上向いていくことを確信していますし、自分が荷車を引いていきたいと思います」
この「荷車を引く(tirar del carro)」は「大部分の責任や重荷を引き受ける」、すなわち「チームを引っ張る」という意味だ。久保は窮地のチームを率先して救う気概を示したのである。
「荷車を引く」と言い切るのは、決して簡単ではない。例えばレアル・マドリー時代のマルコ・アセンシオだ。今の久保と同じくらいの年齢だった彼は、マドリーの窮地が騒がれた際に「荷車を引くのは僕じゃない。ここには僕より長くチームに在籍している、地位が上の人たちがいるだろう。荷車を引かなくてはいけないのは彼らだ」と語り、マドリーの将来を担うための野心や覚悟、責任感が欠如していると非難された。だが久保は違った。彼は私たちに向かって「俺がここにいるぞ!」と叫んだのだった。
■かけがえのない存在
Getty Imagesそうして迎えたバレンシア戦、その時がやって来たのはキックオフから8分後だった。左サイド、バレネチェアのスルーパスを受けたセルヒオ・ゴメスがグラウンダーのクロスを送る。するとフリーでエリア内右に入り込んでいた久保が、左足のダイレクトシュートでネットを揺らした。日本人選手はその後も右サイドで、アランブルと抜群の連係を見せながら存在感を発揮し、バレネチェアの決定機を引き出すなどしている。ソシエダは後半、80分と90分に途中出場のオスカールソンが追加点を決め、久保が切り拓いた勝利への道を踏破。今季公式戦では9試合で2勝目、アノエタではじつに4カ月ぶりの白星を手にしている。
久保はファンが選ぶこの試合のMVPに選ばれたが、試合後の発言がまた素晴らしかった。「MVPに値したのはおそらくセルヒオ(ゴメス)だったと思います。何度もアシストしていましたし」と、3ゴールすべてに絡んだチームメートを称賛。こうしたエゴのない冷静なコメントもするからこそ、ほかの言葉の本気度もうかがえるというものだ。
久保は今夏、リヴァプールに移籍する噂があった。その際に、日本の皆さんがどれだけ大きな期待を抱いたのかは知っている。とはいえ、ラ・レアルを愛する者たちにとっても、久保はかけがえのない存在なのだ。同胞ではないとしても、こんなにも素晴らしい選手、チャーミングな人間と2シーズンを一緒に過ごして、何も感じない方がおかしい。
……もちろん、分かっている。今夏のル・ノルマンやミケル・メリーノのように、いつか久保も旅立つときがやってくることくらいは。しかしこの日本人は、一部の人々が“泥舟”とも揶揄したラ・レアルのために、懸命に尽くしてくれている。私たちは久保のことを傭兵だと思ってはいないし、久保にもそんな意識はなかった。そのことが何よりもうれしいのだ。
■「俺がここにいるぞ!」
Getty Imagesラ・レアルのパフォーマンスは、明らかに上向き始めている。セルヒオ・ゴメスやスチッチの適応ぶりは目を見張るものがあり、オスカールソンもチームに圧倒的に足りなかった得点力を示した。主力の退団などでここまでは絶望しか感じられなかったチームが、ようやく希望のシグナルを送り始めたのである。
次戦はヨーロッパリーグ、アノエタでのアンデルレヒト戦。ベルギーの歴史的クラブとの対決だが、私たちが悲観的に試合を迎えることはない。「最高のラ・レアルはもうすぐ戻ってくるはずです」と久保が言った通り、今は何よりも期待感が勝っている。
そして少なくとも、このラ・レアルには「荷車を引く」を意思を持つ選手が、「俺がここにいるぞ!」と叫んだ人間がいるのだ。
タケ、本当にありがとう。
文=ナシャリ・アルトゥナ(Naxari Altuna)/バスク出身ジャーナリスト
翻訳=江間慎一郎
企画=河又シュート(GOAL編集部)、江間慎一郎




