これほどまでに“後ろ向き”な残留表明は今まであったのだろうか。
リオネル・メッシは『Goal』の独占インタビューに対し、「僕はバルセロナに在籍し続ける。会長から、契約解除金7億ユーロの支払いだけが退団する唯一の方法だと言われたからね」と語った。「愛するクラブ相手に裁判なんて、絶対に考えられない」と――。
全世界に衝撃を与えたメッシの退団騒動。そしてそれは、カタルーニャの人々にとって世界がひっくり返るような出来事だった。メッシを愛する小説家ジョルディ・プンティも衝撃を受けたその1人。「初めて、メッシのいない未来が存在するのだと痛感した」と綴る彼の思いを、今回は特別に掲載する。
文=ジョルディ・プンティ
翻訳=江間慎一郎
メッシのいない未来
Getty Images2018年4月、私はレオ・メッシについての本を発表した。本をしたためたきっかけは、バルセロナのある試合でメッシがアンドレス・イニエスタ、ルイス・スアレス、ネイマールとのコンビネーションから魔法のようなプレーを生み出すのを目にしたとき、こうした瞬間を絶対に忘れたくないと思ったからだった。その本は文学性とフットボールファンのセンチメントでもって、様々な観点からメッシという存在を描きだすもので、スペインのほかアルゼンチン、アメリカ、イタリア、中国、ポーランドでも出版されている。プロモーション活動の一環で各国の記者からインタビューを受けたとき、私は皆がバルセロナよりもメッシに関心があるのだと感じ、また彼が引退をしてしまえばバルセロナはどうなってしまうのかと繰り返し質問されることになった。
そんな質問に対して、私は明確な返答をできないでいた。メッシがバルセロナを離れる日は、遠い遠い未来のことだと考えていたからだ。彼が20年にわたってバルセロナで収めてきた成功は、私たちに大きな安心を与えてくれていたし、退団する日がやって来るなど誰も想像もしていなかった。私たちはメッシのことをワン・クラブ・マンだと信じ込んでいて、私の本の中でもバルセロナ以外でキャリアを進める可能性については一切記述しなかった。せいぜい想像ができたのは、彼が幼少の頃にプレーしたニューウェルズ・オールドボーイズに一時的にでもセンチメンタルな帰還を果たして、そこでスパイクを脱いでバルセロナに戻って来るくらいのことだった。
だからこそ、2020年8月25日に飛び込んできたニュースは、フットボール界にとって超大型爆弾として炸裂した。正直、あり得ないようなことだった。レオ・メッシが彼の弁護士団を通じて、バルセロナにブロファックス(スペインの内容証明郵便)で退団の意思を通告するなどと……。
メッシ側の解釈によれば、彼には昨季終了時にバルセロナを退団する権利があり、その権利の行使によって異なるクラブで違う挑戦に臨むことに踏み切ろうとした。しかしクラブ側は、退団の権利がパンデミックによって大きくずれ込んだ昨季終了時ではなく、6月10日の段階ですでに失効していることを主張し、退団を強行する場合には違約金7億ユーロの支払いを要求。この一件でバルサのファンは初めて、メッシのいない未来が存在するのだと痛感している。
メッシの獲得に最も躍起となっていたのは、ペップ・グアルディオラ率いるマンチェスター・シティとされた。それはまるで、バルセロナというクラブ内で敷かれる独裁政治から、数年間の亡命生活を強いられるようでもあった。メッシはFIFAに頼んで移籍許可を得ることもできたが、その後バルセロナとの騒動が裁判に発展して、そこで7億ユーロの支払いを命じられる可能性は拭えず。契約が残り1年となっている選手のためにそんな大金を支払うリスクなど、マンチェスター・シティでもどこでも冒すわけがなかった。そうして最終的にメッシが折れる、いや、あきらめる形でバルセロナにもう1年残ることを決めている。その決断を伝えるインタビューは今、私がこの文章を認めているここ『GOAL』で行われたが、彼はジョゼップ・マリア・バルトメウに対しての敵意を隠そうとはしなかった。その語り口からは緊張と悲しみが伝わり、しかし同時にいつも通りチームのために全力を尽くすことも誓っている。もちろん、その気概を疑う者はどこにもいない。
これまで通り
Getty/Goalメッシはバルセロナが、これまでのクラブへの貢献からフリーでの退団を認めると期待していたが、見込みが甘かったということだろう。彼はまるで、自分が道端でプレーしているかのようにフットボールの叙情性を汚れのないまま信じていたが、バルセロナにビジネスと化したフットボールの現実を、様々な大金が書き記された契約書を叩きつけられたのだった。
では、これからどうなるのだろうか? プレシーズンに再びメッシとそのチームメートを見つめたファンは、そう問いかけ続けている。すべてが、これまで通りに続いていくのだろうか? そうは思えない。新監督ロナルド・クーマンは独裁的な性格でもって気難しいチーム(サウサンプトン、エヴァートン、バレンシア)を扱ってきた男であり、選手を説き伏せるのではなく、自分のアイデアを押し付けることでやり繰りしてきた。プレシーズンマッチの3戦ではクライフ的でなくファン・ハール的なオランダ・フットボールを実践させつつ、チームのメンタリティーを変化させようと試みている。
メッシはこれまでと変わらず攻撃の中心を務めるが、公私ともに仲が良かったルイス・スアレスがいなくなった影響は、実戦に臨んでみなければ分からない。アントワーヌ・グリーズマン、フィリペ・コウチーニョ、ウスマン・デンベレという失望しか与えなかったここ数年の高額補強選手と、本当に共鳴できるのか否かも。クーマンは以上3選手のほかアンス・ファティにも信頼を置く一方で、リキ・プッチやカルラス・アレニャーら若手には他クラブでのプレーを勧め、彼らの代わりにジョルディ・アルバ、ジェラール・ピケ、セルジ・ブスケッツら経験豊富なベテランを好んでいる。
とはいえクーマン中心のプロジェクトが、超短期的なものになる可能性は拭えない。クラブは2021年4月(もっと前になるかもしれない)に会長選挙を行う予定で、会長候補たちはクラブのメンタリティーの大きな変化、クラブを偉大なものとしたプレースタイルの復活が必要と声高に訴え続けている。クーマンが今と未来の橋渡し役にとどまる可能性は、大いに存在するわけだ。
では、もう一度問いかけてみるが、これからどうなるのだろうか? バルセロナがその歴史の中でも重大な時期にいることに疑いはない。現状に鑑みれば、メッシは2021年6月にバルセロナを退団して、新たなクラブでその運を試すのだろう。だが、もしメッシがフットボールの叙情性を再びバルセロナで感じることができるならば、違う結末だってあり得るのかもしれない。クーマンが大きな変化も投資もないチームに極めて良質なプレーをさせて、新たなタイトルを獲得できるならば……。もしくは会長選の後に一新される理事会が、チャビ・エルナンデスの監督招へいなど魅力的なプロジェクトを提示したならば……。とにかく、メッシは今現在もバルセロナにいる。
一つひとつの別れ
(C)Getty Imagesフットボールを愛している私たちはこのスポーツが二つの面、つまりは今現在と記憶の中で行われているものだと知っている。そしてメッシは、その二つを混ぜ合わせられる数少ない選手だ。彼は私たちの記憶の中とまったく同じゴールを決め続け、そのゴールの記憶を刷新していき、それだけでなくより素晴らしいゴールすら決めてしまう。しかしそれゆえに、私は今季がノスタルジーの旅になることを恐れている。各試合がアディオスを告げていくものになることを恐れているのだ。彼の決めるゴールの一つひとつがスローモーションの別れとなり、彼の犯す一つひとつのミスがその足がまだバルセロナにありながらも頭はもうここにないという証明になることを――。
そうした感覚に陥る中で、私たちにできるのはフットボールの神秘を信じることしかない。知っての通り、フットボールはボールが枠に入るかどうかという曖昧模糊としたことのために、たった一日ですべてが一変してしまう。まもなく始まるバルセロナの新たなシーズン、じつに奇妙なシーズンが、幸せな結末に導かれていったとしても、決して不思議ではないのである。
【著者プロフィール】
ジョルディ・プンティ(Jordi Punti)
1967年生まれ。バルセロナ出身の小説家・コラムニスト。これまでに3作品を発表し、『Maletas perdidas(失われたスーツケースたち)』はいくつもの賞を受賞して16言語に翻訳された。スペインの新聞『エル・ペリオディコ』や『アス』にコラムを寄稿。フットボールについての記事も20年にわたって執筆しており、特にバルセロナに熱を上げる。近著は『Todo Messi(すべてメッシ)』で、世界最高の選手を叙情的に、ときにおどけながら描写している。
▶ラ・リーガ観るならDAZNで。1ヶ月間無料トライアルを今すぐ始めよう
【関連記事】


