ドルトムント指揮官リュシアン・ファーヴル監督のロングインタビュー第2弾。前編では、現役時代の話から指導者へと進んだ経緯までを語ってもらったが、後編ではドイツトップクラスの監督と評価されるまでになった成り行きを聞いた。
2007年夏、ファーヴルはヘルタ・ベルリンと契約し、初めてドイツで指揮を執ることに。その5年後にはボルシア・メンヒェングラートバッハと契約し、そこではチャンピオンズリーグ参戦など、素晴らしい成功を収めた。昨シーズンからは、ボルシア・ドルトムントで指揮を執り、バイエルンと優勝争いを繰り広げている。
“デア・クラシカー”直前となったインタビュー後編では、BVBでの1年目について総括。そして、2シーズン目に重くのしかかるプレッシャーや、最近の自身に対する批判について語った。
(※ファーヴルのインタビュー第1弾はこちらから。「ドラッグのように」フットボールにハマりはじめた幼少時代について、指揮官として知名度を上げてドイツに活動の場を移すきっかけとなったFCチューリッヒでの黄金時代について語っている)
■ボルシアMGで評価はうなぎのぼり

――2006年と2007年には、あなたはスイスの最優秀監督となりました。チューリッヒで4年を過ごしたあとはヘルタ・ベルリンへ移り、フランス語圏以外の国で初めてのキャリアを歩みます。この決断には時間がかかりましたか?
とてもためらってしまい、すぐには合意できなかった。チューリッヒを離れることはとてもつらかった。なぜなら、そこで次のシーズンの準備をしていたし、ベルリンからのオファーはとても遅かったんだ。最後にはその決断を受け入れることにしたが、それはドイツの有名なクラブだったからだね。
――2年目では躍進を果たしながら、3年目では降格。あなたも解任されてしまい、こんなに速く転落してしまうとは、おそらく想像できなかったのではないですか?
たくさんの選手を移籍で失い、状況がはるかに悪くなったんだ。それが事実だ。すさまじい勢いで、著しく弱くなっていったことを認めるのは難しかった。プレシーズンが終わった後の状況は簡単ではなかった。おっしゃるように、結局チームは降格してしまったね。
ほんの些細なことでチームのバランスや強さは変わってしまうんだ。常にチームを強化しようと努めていないといけない。もしそれが失敗すれば、非常に危険な状況になりうる。不幸にも、そのことがあのシーズンで証明されてしまったんだ。素晴らしいシーズンを送ったあとでオファーをもらった選手や契約が切れた選手など、とてもとても重要な選手たちを失ってしまった。そうなれば転落する速度はとても速くなってしまう。
――2011年の2月には、ボルシア・メンヒェングラードバッハと契約しますが、当時クラブは最下位で、残留ラインまであと7ポイントでした。そこからどのようにチームを立ち直らせ、12試合で20ポイントを獲得することができたのでしょうか?
非常に難しい状況だったが、物事がすぐに上手くいったんだ。就任から1か月後、チームの状態はとても良くなって、倒すのが難しいチームになった。それ以前、チームは1試合平均2.8失点を喫していた。だから、まずディフェンスの改善に重点を置いたんだ。数週間経つと守備が堅くなり、敵は我々から得点を奪うことが格段に難しくなった。オフェンス面では、当時20歳のマルコ・ロイス、マイク・ハンケ、フアン・アランゴ、パトリック・ヘアマンがいて、攻撃的な展開を作れるようになった。メンバー全員がやるべきことを認識し、守備と攻撃のやり方を把握したんだ。
――最終的には入れ替え戦を戦い、ホームでボーフムを1-0で破り、アウェーで1-1とし、降格を免れました。
些細なことが差になった。とてもわずかな差だが、また非常に大きな差でもある。それがシーズン最後の瞬間に自分を守ったんだ。ハンブルクでのブンデスリーガ最終節をよく覚えているよ。20分経過時には降格していた。30分経ったら降格ラインの上にいて、ハーフタイムにはラインの下だった。驚くべき状況だった。両チームとも上手くプレーできていなかった。他の試合の経過ばかり気にしすぎて、自分の試合に集中できていなかったんだ。だから、1試合1試合に真剣に取り組み、何度も集中し直さないといけないと私はこれだけ頻繁に言っているんだ。
――次のシーズンにはセンセーショナルな成果を挙げ、4位になりました。どのようにしてチームを押し上げたのでしょうか?
選手をうまく加入させられなかったから、昨年と同じチームだった。あるのは自信の差だけだったんだ。選手たちは1部リーグに残留できたことを誇りに思っていた。とてもハードに練習し、火曜日と水曜日には2部練習をやっていた。肉体的にも戦術的にも、そして細部にもいい状態になっていた。愚かなミスはしなかったし、点をプレゼントしたりもしなかった。それがあのシーズンで重要なことだったんだ。すべてのエリアでとてもソリッドなプレーができていたし、オフェンスでは常に相手を脅かしていた。私たちは「ボルシア・バルサ」とさえ呼ばれていたよ。チームのプレーは素晴らしかったし、得点のチャンスを常に作っていたから、その評価は正しかった。それ以上に、私たちのディフェンスを崩すことはとてつもなく難しかっただろう。
――「ボルシア・バルサ」と呼ばれたことは誇らしかったでしょうか?
もちろん。当たり前だよ。その名前に見合うプレーをしていたし、コンパクトな陣形を保っていたからバランスを崩すのは難しかった。特に、ボールを奪ってからのプレーは素晴らしかったし、常に挑戦していた。
――「戦術の天才リュシアン・ファーヴル」のように称賛されたり、年間最優秀監督を3回受賞することもありました。
私は批判と同じくらい称賛も受け入れることにしている。だが同時に、その評価は大げさだし、少々身に余るね。単純な話で、選手たちの理解があったから、物事が上手くいったんだ。私にとってそれはシンプルなことだが、重要なことは選手がそれを理解していることなんだ。選手たちは私の言うことを聞いてくれて、学んで理解しようとしてくれたんだ。言ったように、デュエルであろうとボール奪取であろうと、皆準備ができていたんだ。守備面では、彼らはとても知的だった。それらが揃ったからこそ、あのような結果になったんだ。
――当時のグラードバッハのように選手たちがすぐに理解できない場合、どのようにすればよいのでしょうか?
いつだって、選手たちを説得しないといけない。他の人より長くかかる人もいるだろう。受け入れる力であったり、すぐに修正し、学んで成長しようという意識が出ることだ。だからこそ、テニスのロジャー・フェデラーの姿勢は素晴らしいと感じるんだ。試合に勝っても負けても、彼は次の練習で自分自身が成長することが楽しみだといつも言っているね。そのメンタリティが当時のグラードバッハにもあったんだ。
■異例の長期政権を築く

――マルコ・ロイスなどのトップ選手との別れや、グラードバッハの監督として長期間強いチームを保ち続けるのが難しいという事実に直面したことは、どれほど受け入れがたかったでしょうか?
いつでも同じことだが、素晴らしいシーズンを送ったら、重要な選手を失うことになるんだ。ダンテ、ロイス、そして(ロマン)ノイシュテッターを放出した。彼らを他の選手で補うのは難しく、その結果次のシーズンは8位に終わってしまった。さっきも言ったように、奇跡はないんだ。重要な選手を放出し、補うことができなければ、同じ結果を得ることは難しい。ダンテとロイスはチームの柱だった。ダンテはロッカールームでもフィールドでもリーダーだった。練習ではそれほどでもなかったけれどね(笑)。ロイスはオフェンスのリーダーだった。そんな選手を失えば、必然的に難しい状況になってしまう。同じタイプの選手を見つけるのは簡単ではないからね。
もちろん、良い選手と契約できたとしても、チームに慣れるのに時間を与えないといけない。他の選手のことを知らないといけないからね。ただ、当時は全く状況が違ったんだ。2013年にシャルケからラファエウを迎え、さらにマックス・クルーゼとグラニト・ジャカを獲得したときは、再びいいチームを作ることができ、リーグを3位で終えることができた。
――ただ当時は、チームの成長にはほとんど気が付かれず、むしろ4位で終えた翌年を8位で終えたことに失望さえする人がほとんどでした。
最近ではよくあることだよ。言っておかなくてはいけないのは、選手の放出については全くと言っていいほど説明がなされていないということだ。これは普通の会社の状況と似ているんだ。いい製品を持っていなければ厳しいだろう。同じようにいい選手と監督は必要だから、とりわけいい選手を失ったときにはとても気をつけなくてはいけない。グラードバッハに残ったのは、私たちが徐々にチームを再建していたからなんだ。最初は8位だったが、次に6位になり、最後には3位になった。5年在籍したが、それは当時でも珍しいことだし、今のスタンダードから見ても珍しいね。
――グラードバッハ時代の終盤には、あなたは辞任も考えていたと言われています。これは正しいですか?
いや、ただの噂話だ。その話の裏のことを誰も正確に知らないだろう。私が本を出すまでは知ることはないよ(笑)。それはただの作り話だ。正しくないね。
■ニースからドルトムントのラブコールを受けてドイツへ復帰
getty Images――それからあなたは海外に趣き、フランスのOGCニースで指揮を執ります。なぜブンデスリーガに留まらなかったのでしょうか?
ブンデスリーガに8年もいたからね。変化が必要なタイミングだと思ったんだ。
――コート・ダジュールでの最初のシーズンのあと、2017年夏にはドルトムントからオファーを受けていました。ニースがそのオファーを拒否したことにはがっかりしましたか?
いや、ニースは後任を据えることは難しいと判断したんだ。そこで彼らは私の契約を延長し、私を手放さなかった。ニースに残ることには何の問題もなかったよ。
――ドルトムントが1年後に再度コンタクトを取ることは予想できましたか?
いや、想像もできなかった。フットボール業界は流れが速いからね。彼らが改めて連絡をしてくれたから、スムーズに進んだんだ。
――25年以上監督業をしてこられましたが、ドルトムントはその中でも最も大きなクラブでした。
ドルトムントのようなクラブからのオファーを断るのは難しいね。もちろん、そういったビッグクラブで指揮したいと思っていたよ。私たちはすぐに素晴らしいスタートを切ることができた。最終的にタイトルを逃したからといって、ネガティブな言葉を言うべきではないね。76も勝ち点を取って、最後の試合まで優勝の座を争ったのだから。
■違いを作るのは「些細なこと」

――当時、そしてそれ以前から、あなたは非常に細部にこだわるということで称賛されています。どのような性質が影響しているのでしょうか?
どんな監督でも、フットボールでは細部が重要だと語るはずだ。いつでも細部から違いが生まれるわけではないかもしれない。だが、些細なことやほんの細部をずっと気にしていることはとても重要だ。物事がうまくいくように万事を尽くさないといけないし、細部がとても重要な役割を果たすことを保証しないといけない。それは何もフィールドの上だけのことではない。例えばよく考えて選んだ言葉やポジティブな言葉がいろいろな変化を起こすこともある。だからこそ細部はいつでも重要だ。フットボールだけではなく、すべてのことにとってね。
――シーズン序盤には、マリオ・ゲッツェのようなドイツ中で話題になる選手たちをベンチに据えました。チーム内の競争は健全なものでしたか?
私にとっては問題ではなかったね。マリオ・ゲッツェはドイツ中のアイドルであることはわかっている。ワールドカップで優勝へ導くゴールを決めたのだから、そういう問題がついてまわる。彼は非常にいい選手で、昨年の10月から毎試合のようにずっとプレーしている。時々起こることだが、どこでも競争は起こりうる。状況は受け入れるべきだ。競争によってチームは強くなるのだから。
違いを生み出すのはほんの些細なことだ。たとえば調子の波が激しいことでチームが変わってしまうかもしれない。シーズンを通して選手一人ひとりの調子を保っておくことは不可能だ。
――確かに後半戦でのBVBは調子が落ちたことで、個人のミスが増え、不安定さを見せることになります。
そのとおり。結局、回避できたはずのゴールを許していた。敵にボールを渡していた時間は短かったのだから、相手にプレゼントしたようなものだった。今シーズンは少し変更を加えて、ミスが少なくなった。よくなってきたと思う。だから今はそれを継続しなくてはいけないね。
――あなたを監督に迎えて成功体験を得た最初のシーズンを経て、周囲はさらなる成長に飢えています。
タイトルを争ったシーズンを経験すれば、期待値がどんどん高まることは明らかだ。得点をたくさん奪い、多くの試合はバランスが取れていた。それを見たら、それを繰り返すことやさらにいい結果を出すことを期待するだろう。だが、それは言うほどに簡単ではない。
――また、クラブはシーズン開始前、マッツ・フンメルスやユリアン・ブラント、トルガン・アザールといった国内では一線級の選手を獲得しました。優勝を目標とした戦いに身を投じることになり、プレッシャーはさらに高まりましたね。
ああ、そうだね。プレシーズンを終えてもプレッシャーはあったんだろうけれど、言いたいことはわかるよ。
――監督として、BVBのようなチームで毎試合勝たなくてはいけない状況はどれほど難しいのでしょうか?
どのチームだってそれは一緒だね。3部リーグだとしてもだ。同じレベルではないし、選手の熱意やメディアの反応も異なるが、結果が必要なのは同じだ。
――メディアの論調についてはどのように見ていますか?
それほど関心はないね。記事を読んでほしいがために尖った内容を書くメディアがいるのだと思うし、それは理解している。そうしなければ、記事を読んでもらえないんだろう。確かに私にも長年読んでいない新聞があるしね。記者という職業にもプレッシャーがあることはわかっているつもりだ。とはいえ、彼らもフェアであるべきだし、分析は客観的でなくてはいけない。時々彼らの論調は正確でないことがあるね。
■今季の出来は…
Getty Images――今シーズンのパフォーマンスは昨季の前半と比較してあまり良いものではないと言われています。
誰がそう言っているんだ?
――特にメディアの論調がそうだと思いますが、ドルトムント関係者の一部からもそういう声は聞こえます。
それは正しくない。もう一度言うが、昨シーズンの成功は並外れたものだった。たくさんの才能あふれる若い選手がチームにいるし、それを考慮する必要もある。今シーズンが始まってから、まだベストコンディションではない選手もいる。よくあることだ。何度も言ったように、そういう些細なことで結果は変わってくるんだ。
――とはいえ、首位浮上のチャンスもあった中で、2度も勝利を逃しました。いずれもオウンゴールが原因です。
それはたらればの話だ。皆は結果を分析するが、それ以外のことを十分に分析できているとは言えないね。
――最近の批判はあなた自身やチームのスタイルにも言及されています。あなたが指揮を執って以来、受動的なスタイルになったというものです。
そういう批評を読む時間はないんだ。私たちはいつでもオフェンシブにプレーしてきた。4-4-2でやっているが、ときどき4-2-4のように、アウトサイドに極度にオフェンシブなポジションを取ることもある。いつでも適切なバランスを探しているし、探し続けるつもりだ。確かに言われたように、2回もオウンゴールを喫したせいで首位になるチャンスを逃してしまっている。些細なことがその差を決めるんだ。そして、まだシーズンは始まったばかりだよ。
インタビュー・文=ヨヘン・ティットマール/Jochen Tittmar
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「※」は提携サイト『 Sporting News 』の提供記事です





