アーセナルのDFセアド・コラシナツが『Goal』の独占インタビューに応じ、シャルケ退団の経緯やアーセナルを選んだ理由について語る。
インタビューの前半では、プロになる前の幼少時代、そしてシャルケでトップチームデビューを果たしたときのことを振り返ったコラシナツ。後半では不本意だったシャルケ退団の経緯や、現在所属するアーセナルでの日々について話してくれた。
また、昨夏に見舞われた強盗襲撃事件についても言及。サッカー界を騒然とさせた事件について当事者が冷静に回顧していく。
■「倒れたら起き上がるしかない」
Getty――2014年には、あなたは十字靭帯断裂という不幸に見舞われました。
あのときはいい気分じゃなかったね。僕はプレシーズンにめきめき力をつけて、左サイドに定着するようになっていた。なのに、第1節のハノーファー戦で負傷してしまったんだ。あのシーズンはそれで終わってしまったようなものだった。だけど、そういうこともあるんだよ。倒れたら、また起き上がるしかない。あの間に、僕は自分の体のことを本当によく知るようになった。突然、あらゆることの価値を以前よりよく理解できるようになった。というのも、健康でいるのが一番大切なことだからだ。
僕はユリアン(ドラクスラーも14年10月に負傷)と一緒にリハビリをやった。ジェフェルソン・ファルファンもいた。リハビリセンターにはもっと年上の患者たちもいて、僕らと一緒に施設の食堂で食事をしていた。彼らは昔のことをいろいろ話して、僕たちのスタジアムでの成功を祈ってくれた。心に残る時間を過ごしたよ。
――ドルトムントとのルールダービーはあなたにとってどんな意味を持っていますか?
U-19の頃にはもう、ルールダービーの試合が何を意味するのか選手たちははっきり理解していた。試合の2週間前には緊張感がみなぎってきて、パン屋や売店へ行くと、「とにかく勝ってくれ」って町の人たちから話しかけられるんだ。
――シャルケで過ごした時間は全体としてどうでしたか?
とにかく、素晴らしい時間を過ごすことができたよ。僕はシャルケで成熟を重ね、たくさんのことを学んだ。あの頃のことは簡単に忘れられるものじゃないね。
■アーセナル移籍を選んだ理由
Getty――シャルケでのあなたはファンに愛される存在でしたが、ロンドンへ移っていきました。どうしてですか?
いろんな理由があったんだよ。一つは、僕自身がもっともっと成長したいと思っていたからだ。それから、当時シャルケのマネージャーだったクリスティアン・ハイデルとの話し合いで、お互いの合意点を見つけることができなかったんだ。シャルケを去る決心をするのはとてもつらいことだったよ。
――なぜアーセナルへ行くことにしたんですか?
アーセン・ヴェンゲルと話し合って大きな感銘を受けたんだ。父と一緒にヴェンゲルの家で2時間過ごして、フットボールについて、だけど他にもたくさんのことについて語り合った。そのすべてにいい印象を受けたんだ。
――ですが、ゲルゼンキルヒェンから世界的な大都市ロンドンへ行くのは大きな変化だったのではありませんか?
いや、ゲルゼンキルヒェンも素晴らしい街だよ(笑)。ロンドンの方が素晴らしいところもあるし、ゲルゼンキルヒェンの方が素晴らしいところもある。ロンドンでは何もかもが巨大だ。シャルケにいるときは4分でスタジアムに着いたし、お気に入りのイタリアンまで2分で行けた。それが突然、ほとんど同じことをするのに、ラッシュアワーだと車で2時間近くもかかるようになったんだ。確かにそれは大きな変化だった。だけど、どんなことでも慣れるものだよ。
―――その頃は誰が力になってくれましたか?
もちろん、メスト・エジルやシュコドラン・ムスタフィやペア・メルテザッカーといったドイツから来た選手たちが助けてくれたよ。メストと僕はシャルケの出身者同士としていろんなことを話し合ったし、おかげですぐに仲良くなれた。とにかく僕たちはウマが合ったんだ。
Getty Images――アーセナルでのデビュー戦のことを覚えていますか?
あれはシーズン前のコミュニティ・シールドのチェルシー戦だった。残念なことに、すぐにペア・メルテザッカーがひどいケガをして、交代で僕が投入されたんだ。後半戦で僕のヘディングシュートがうまく決まって1-1になった。僕たちはPK戦で勝利を収め、僕は最初の試合で初めてのタイトルを手に入れたんだ。信じられなかったよ。
――あなたはヨーロッパリーグのケルン戦でゴールを決めた後、シャルケファンのTシャツを見せながら喜びを表していましたね。
あれは賭けに負けたからなんだ。自分が本当にゴールを決めるなんて思ってもみなかった。だけど、スタジアムにはゲルゼンキルヒェンからやって来た友達が大勢いたんだ。それに、僕は今もシャルケと強く結びついている。自分の試合と重ならないときには、今でもシャルケの試合を全部追いかけている。僕が今のようになるまで育ててくれた人たちとの結びつきを失くしたくないんだよ。
――改めてアーセナルはどういうレベルのチームだと思いますか?
非常に高い質を備えたチームだ。最初のトレーニングですぐに、シャルケよりアーセナルの方がプレーレベルが高いってことに気づいたよ。4バックの戦術についてはさらに多くのことを学ぶことができたね。
――タイトル獲得はあなたにとって重要なことですか?
とても重要だね。選手は誰でもそのために頑張ってるんだ。それに、僕はいつか本当に大きなタイトルを手に入れたいと強く願っている。
――これまでアーセナルで過ごした時間を一言で表現するとどうなりますか?
刺激的かつ、強烈だよ。試合数がとても多くて、自分や家族のために使う時間は少ししかない。ここでは骨休めしている余裕はあまりないんだ。
■あの事件の真相
――昨夏、メスト・エジルとあなたが襲われたニュースが世界中を駆け巡りましたね。詳しく言うとどういうことだったんですか?
メストが僕を訪ねて来て、僕は家から出て彼の車のそばに立っていた。突然僕たちの横にバイクが止まったんだ。それまでに何度もそういう話を聞いていたけれど、何が起こっているのか咄嗟にはわからないものだね。自分にそんなことが起こるなんて思わないだろ? 突然自分の隣に強盗が立っていて、ポケットから何か引っぱり出すんだから。こっちも「OK、やってやろうじゃないか」って思った。だけど僕はずっと冷静だったし、身を守ろうと気をつけていた。何にしろ、危険な状況だったのは間違いなかったよ。何事もなく済んでよかったと思っている。それが何より大事なことだ。だからまた、あのことは過ぎたこととして忘れていいだろうと思っているんだ。
――ですが、あの事件の後からあなたにはボディガードが付きましたね。
あれは滑稽だよ。買い物に出かけても、いつも誰かに見張られてるんだから。けれど、あれはクラブとの話し合いで決まったことで、純然たる予防措置だったんだ。妻は僕のそばについていて、記事に書かれたようにドイツへ行くのを取りやめにした。だけど、家族にも僕にも不安はなかった。僕たちは隠れたりせずに、それまで通りの暮らしを送っていたよ。
――心のケアもあったんですか?
いや、僕は誰も必要としていなかったからね。僕にとって重要なのは、家族がそばにいてくれることだった。妻や父や、僕の飼っている犬たちが。けれど、状況を改善するために誰かと事件について話したりする必要はなかった。その点に関してはもう何の心配もないよ。
――あの事件はあなたの将来の計画に何か影響を与えましたか? たとえば、もしかしたらロンドンを去るというような。
いや、そんなことはまったくないよ。そのせいでロンドンを出ていくなんて一度も考えたことはない。家族も僕も満足して楽しく暮らしてるし、何もかもまた普段通りになったことを喜んでいるんだ。
――将来的にはシャルケへ戻ることもありそうですか?
先のことはあれこれ考えたくないんだ。僕は今アーセナルの一員であり、移籍に関するいろんな噂についてはまったく気にしてないよ。まだシーズンの先は長いし、それだけで十分ハードなんだ。
――常に最高のパフォーマンスを披露するために、どうやって自分に喝を入れてるんですか?
毎日新たにモチベーションを奮い立たせるのは簡単なことじゃない。けれど、たとえば僕はメストとシュコドランと一緒にグループトレーニングをしたり、その後トレーニングジムで待ち合わせたり、そんなふうにやってるよ。シュコドランはとてもマッチョで、すごい重さを持ち上げられるんだ。メストはやっとのことで付いて行ってるよ(笑)。
――あなたのフィジカルは非常に強いですが、心の方も?
プレミアリーグでは、常にメンタルの準備ができていなければならない。プレッシャーがものすごく大きいからだ。調子が良くないときには特に、いい精神状態を維持しなければならない。
インタビュー・文=ダニエル・ヘルツォーク/Daniel Herzog
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「※」は提携サイト『 Sporting News 』の提供記事です





