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久保建英から漂うワールドクラスの“格”…「私たちのアイドル」が繋ぐソシエダと日本【現地発】

久保建英が止まらない。

今季開幕から1ゴール1アシストを記録し、3試合すべてでMVPを獲得していた久保。第4節グラナダ戦はコンディションが心配されたものの、この日も先発で出場した。すると開始9分、DFラインの背後に飛び出してGKとの一対一を制し、先制ゴールをマーク。さらに追いつかれて迎えた44分には、カットインから技ありのシュートを叩き込んだ。76分にはオウンゴールにつながるラストパスも送るなど、圧巻のパフォーマンスを披露。5-3の勝利の立役者となった。

これで4試合連続MVPを獲得した22歳の日本代表MFに対しては、現地複数メディアが最高評価を与えるなど絶賛が相次いだ。そして、バスク出身ジャーナリストもその姿に心を奪われている。久保がソシエダに与える競技面の結果だけでなく、その感情や日本との関係性について綴る。

文=ナシャリ・アルトゥナ(Naxari Altuna)/バスク出身ジャーナリスト

翻訳=江間慎一郎

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    乾貴士の記録を更新

    2023年9月2日、久保建英はラ・リーガの日本人最多得点者となった。彼が追い抜いた先達は乾貴士。レアル・ソシエダと同じく、バスクに拠を構えるエイバルでプレーした選手だった。乾はスペイン語がそこまで達者ではなかったこともあって内向的に見え、その反対に久保は外交的な印象がある。まあ、そんなことはどうでもいい。大切なのは乾も久保もバスクの人々や、それぞれのチームメート、監督に受け入れられたことだ。

    乾はエイバルで現セビージャ監督ホセ・ルイス・メンディバルに率いられていたが、言語をマスターする必要もなく同指揮官の指示を最も理解していた選手だった。現・清水エスパルスMFは口数こそ少なかったものの非常に賢く、今でこそ当たり前となったハイプレス戦術などチームの決め事をしっかりと守っていた。謙虚で、犠牲の精神があった彼をエイバルの人々は確かに評価していたし、これからも「あいつは良いヤツで、何より良い選手だったな」と、何度も思い出されることになるのだろう。

    そしてそんな乾の、リーガ1部に初めて定着した日本人の得点記録を破ったのが、ラ・レアル(ソシエダの愛称)の久保である。

    本拠地アノエタでのグラナダ戦(5-3)、自ら2ゴールを決めただけでなく合計4ゴールに絡んだ久保が交代でピッチから去る際、青白のサポーターは万雷の拍手と「クーボ! クーボ!」とのチャントを彼に浴びせていた。4万人を収容するアノエタのようなスタジアムで日本人選手がここまでの称賛を受けるなど、1928年にスタートしたリーガの歴史において一度たりともなかったことだ(乾が喝采を受けていたエイバルの本拠地イプルーアは8000人収容。そのこぢんまりとした雰囲気も最高ではあるのだが)。

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    圧巻の2ゴール

    久保が1ゴール目を決めたのは、9分のことだった。ピッチ中央付近からのスルーパスに抜け出すと、そこからドリブルを開始。シュートコースをつくるために右から左へやや斜めに走行していき、ペナルティーアークを越えるや否やGKラウール・フェルナンデスを眼前に左足のシュート。角度をつけた分だけ開けていた枠内右へのコースに、グラウンダーのボールを流し込んでいる。スペインでは先制点を決めることを“アブリール・ラ・ラタ”、つまりは「缶を開ける」と言う。缶詰を食べるにはまずは金属を切断しなければならないわけだが、その一番骨の折れる仕事を久保はまたもやってのけたのだった。

    そして1-1の状況で、2点目は圧巻だった。ペナルティーエリア内右、浅い位置でボールを保持した久保は、DF2枚に寄せられる前にファーに狙いを定めて左足インサイドでシュート。グラナダのネバに軽く当たってドライブがかかったボールはまず緩やかな曲線を描き、その後に急激に落ちて枠内左に収まっている。それはまさにワールドクラスの選手がその落ち着き払った態度とプレーで決める、“格”を感じさせるゴールだった。

    久保はその2ゴールのほか、マルティン・スビメンディのゴールの起点となり、さらにミケル・オヤルサバルを狙ったパスでミキ・ボッシュのオウンゴールも誘発して合計4得点に絡んだ。守備への参加意識含め、個人としてもチームの一員としても輝く彼は、もはやラ・レアルの顔だ。

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    私たちのアイドル

    思えば、久保はラ・レアルでずっと順調だったわけではなかった。加入シーズンの昨季はパフォーマンスに少なからず浮き沈みがあったが、それでもクラブはずっと獲得を望んできた久保のことを信頼し続け、久保はその信頼に極上のフットボールとゴールで応えるようになった。

    同じようことは、エイバルの乾にも起こっていた。彼も加入当初こそ苦労を強いられたが、急いで結果を求めないバスクらしい環境に守られながら、徐々に本来のポテンシャルを発揮していった(久保がイマノル、乾がメンディリバルと、人格者として知られるバスク人指揮官に出会えた運もあるのだろう。久保がビジャレアルで指導を受けたウナイ・エメリも同じバスク人ではあるが……)。そしてバスク人の精神性は日本人のものと似通ったところがあり、団結心を失わず、努力を止めない人間は高く評価されることになる。

    太陽よりも雨を特徴とするサン・セバスティアンの街で、久保はグラナダ相手に嵐のような大量得点を呼び込んだ。彼は“私たちの一人”であると同時に、“私たちのアイドル”だ。ピッチ内の真剣な姿勢とは打って変わって、ジョークを忘れないメディア対応も素晴らしく、彼のインタビューはいつも私たちを笑顔にしてくれる(しかしソシエダの広報は、彼を試合直後のフラッシュインタビューに出しすぎじゃないか?……最高ではあるのだが)。それと同時に、彼のコメントにはハッとさせられるような内容のものもある。

    例えば今回のグラナダ戦直後、イマノルから「タケにはまだまだ厳しく要求していきたい」と言われた久保は、次のように返したのだった。

    「監督は厳しい? それが良いんですよ。信頼されていなければ、何かを言われることなんてありません。監督から厳しくされるのは僕にとって本当に大切なことなんです。それは監督がもっと僕の成果を求めている、僕がもっと成果を出せるということを意味していますから」

    この一つの真理が含まれた大切な考え方に、私はバスク人のイマノルと日本人の久保のメンタリティーの重なりを見ている。彼が話すと、まるで私たちと日本の距離が縮まっていくようにも感じられるのだ。

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    初のチャンピオンズリーグへ

    今季のラ・レアルはチャンピオンズリーグ(CL)にも参加するが、欧州最高峰の舞台でデビューする久保は、果たしてどんなプレーを見せてくれるのだろうか。CLでプレーした日本人で、私が思い出すのはセルティックの中村俊輔だ。マンチェスター・ユナイテッド相手に突き刺した、あの凄まじいフリーキックは脳裏に焼き付いている。

    グラスゴーもサン・セバスティアンのようにあまり太陽が輝かず、いつも雨が降っているが、その雨が芝生を濡らして、芝生がしぶきを上げてゴールが生まれていく。私たちが真っ先に思い浮かべる得点者は、もちろん久保だ。インテルやベンフィカ、ザルツブルクを相手に、彼がラ・レアルの旗を掲げて皆を先導する姿を想像するだけで、もう心は踊る。

    三笘薫も南野拓実もいいが、私たちには久保がいる。この14番はイマノルにとっても、ラ・レアルのサポーターにとっても、リーガにとっても、もうアンタッチャブルな存在である。どうかここバスクで、サン・セバスティアンで、日本人最多得点記録を果てしなく伸ばしていってほしい。たとえ、彼がラ・レアルにずっと収まっているような器ではないとしても、そう願わずにはいられないのだ。