2022-23シーズンのセリエA、さらにはチャンピオンズリーグを席巻するナポリ。なぜこれほどまでに圧倒的な結果を残してこれたのだろうか。イタリア在住ジャーナリストの片野道郎氏が分析する。
文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)
(C)Getty Images2022-23シーズンのセリエA、さらにはチャンピオンズリーグを席巻するナポリ。なぜこれほどまでに圧倒的な結果を残してこれたのだろうか。イタリア在住ジャーナリストの片野道郎氏が分析する。
文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)
Gettyナポリがこれほどまでに圧倒的な独走体制を築いてセリエAを支配すると、いったい誰が予想できただろうか。
開幕4試合で2引き分けと出足こそややもたついたものの、そこから11連勝で2位ミランに勝ち点11差という独走体制を築いて11月のカタール・ワールドカップを迎えると、年明けの再開直後はインテルにシーズン初黒星を喫したものの、その後さらに8連勝を記録。2月末には2位との勝ち点差を18まで広げ、春の訪れを待たずしてスクデット争いに実質的な決着をつけた。
大手スポーツデータ分析会社『Opta』が自社のデータサイト『Opta Analist』上で公表している、複雑な統計モデルを使った独自のアルゴリズムによるAI順位予想も、その時点ですでに「ナポリの優勝確率は100%」という数字を弾き出していたほど。もちろんその予想はシーズンが残り10試合となった現在も変わっていない。ナポリの優勝は、もう1カ月以上も前から単に時間の問題でしかなくなっている。
ナポリにとっては、あのディエゴ・アルマンド・マラドーナの活躍で、当時世界を席巻していた「アリーゴ・サッキのミラン」を土壇場で逆転して勝ち取った1989-90シーズンから数えて、なんと33年ぶりのスクデット。ユヴェントス、ミラン、インテルという「北のビッグ3」以外のチームがセリエAを制するのも、フランチェスコ・トッティ、ガブリエル・バティストゥータ、そして中田英寿らが活躍したローマの2000-01シーズン以来、22年ぶりの快挙ということになる。
今シーズンのナポリの強さは、セリエAではほとんど別次元と言っていいほどのレベルにある。28試合を消化した現時点で22勝2分3敗(勝ち点71)、64得点20失点(得失点差44)という数字は、アントニオ・コンテ体制3年目のユヴェントスが前人未到の勝ち点102を記録した13-14シーズンのそれと肩を並べるものだ。
とはいえこのナポリと「コンテのユヴェントス」の間には大きな違いがある。それは、開幕前の下馬評では優勝候補どころかトップ4(CL出場権圏内)入りすら危ういという見方すら少なくなかったことだ。ナポリにとって今シーズンは、悲願のスクデットを本気で狙う勝負のシーズンというよりはむしろ、戦力の大幅な入れ替えに伴う過渡的な1年という側面の方が強かった。
Getty Imagesルチャーノ・スパレッティ監督1年目の昨シーズンは、最後までミラン、インテルとスクデットを争ったものの、土壇場の勝負どころで重圧に負けて取りこぼしを重ね、結局3位止まり。迎えた昨夏の移籍マーケットでは、長年チームを支えてきたロレンツォ・インシーニェ、ドリース・メルテンスという攻撃の2枚看板に加え、最終ラインの大黒柱カリドゥ・クリバリー、中盤の要ファビアン・ルイス、正GKダビド・オスピナと各セクションから主力が抜け、世代交代を含めた陣容の再構築が進められた。
しかもその再構築も、年俸の高い大物を放出し、移籍金が低く年俸も安い無名選手をその後釜に獲得するという手法で進められた。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのクビチャ・クヴァラツケリアやキム・ミンジェも、加入当時は5大リーグでの実績ゼロというまったくの無名選手でしかなかったのだ。マスコミやサポーターの“世論”も、「ナポリはスクデット争いを諦めて戦力よりも財政を優先した後ろ向きの補強に甘んじた」という批判的な論調が強かった。
しかし蓋を開けてみれば、そのクバラツケリアとキムが攻守のキープレーヤーとして大活躍、さらに加入3年目ながら過去2シーズンは故障で実力を十分に発揮できなかったエースのヴィクトル・オシメンも、すでに20得点の大台に乗せる決定的なパフォーマンスでチームを引っ張り、すでに見た通りの躍進ぶり。
セリエAはもちろんチャンピオンズリーグという欧州の桧舞台でも、グループステージ初戦で強豪リヴァプールを文字通り翻弄して4-1で圧勝、グループ1位で勝ち上がりを決めると、ラウンド・オブ・16でも鎌田大地のフランクフルトを2試合合計7-0と圧倒してベスト8進出を決めている。つい先頃もマンチェスター・シティのジョセップ・グアルディオラ監督が「ナポリは今ヨーロッパで最もいいサッカーをする最強のチーム」と賛辞を贈ったほどで、国際レベルでも今シーズン最大のサプライズとして熱い注目を集める存在となっている。
(C)Getty Imagesでは、ナポリがこれだけの躍進を果たした秘密はいったいどこにあるのか。それを探る上では、ピッチ上はもちろんピッチ外にも目を向ける必要がある。というのも、一見すると単に「当たりくじ」を引いただけに見えるクバラツケリアやキム、オシメンの活躍は、クラブとしての緻密かつ戦略的な取り組みの果実というべき側面を明らかに持っているからだ。
クラブとしての経営規模から見ると、ナポリは決して裕福なクラブではない。昨シーズンの総収入は1.65億ユーロで、セリエAではユヴェントス(4.14億ユーロ)、ミラン(2.92億ユーロ)、インテル(3.34億ユーロ)、ローマ(2億ユーロ)、さらにはアタランタ(1.69億ユーロ)に続く6位に留まる。これはヨーロッパ全体で見ると、トップ30に辛うじて入る数字。つまり、セリエAでスクデットを争ったり、CLでベスト8に勝ち上がったりするだけの財政基盤は持ち合わせていないということになる。
カネの力に限界がある以上、それを知恵と工夫で補う以外に格上の相手と互角に渡り合う手段はない。ナポリにとってのそれは、チームの戦力的要請にマッチしているだけでなく、獲得コストが割安で実力的にもさらなる伸びしろを残している「隠れた逸材」を見出し、獲得し、そして活躍させる総合的なチーム強化戦略の高さにある。
例えば、今シーズン最大のセンセーションというべきクバラツケリアにしても、ジョージアのディナモ・バトゥミからわずか1150万ユーロという低い金額で獲得できたのは、すでに2年以上前から候補としてリストアップし、エージェントと接触を続けてきたという背景があってこそ。まだロシアのルビン・カザンでプレーしていた2021年夏にも獲得に動いたものの、3000万ユーロという高値を吹っかけられて断念。昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、ルビンと契約を解消して母国のD.バトゥミに戻るという情報を得るとすぐにアプローチし、他のクラブが動き出す前の3月に交渉をまとめ挙げるという敏腕を見せた。
キム・ミンジェにしても、ナポリの獲得リストに名前が挙がったのはまだ中国の北京国安でプレーしていた3年前のことだ。今シーズンの新戦力である彼ら2人だけでなく、それ以前に獲得した現在の主力選手の多くも、加入当時はほとんど無名だった。オシメン、スタニスラフ・ロボツカ、ザンボ=アンギッサ、アミル・ラフマニからジョバンニ・ディ・ロレンツォ、ピオトル・ジエリンスキまで、ほとんどの選手はナポリに来るまでCL、ELのような国際舞台を経験しておらず、したがって移籍マーケットでもそれほど大きな注目を浴びていなかったダークホースばかりである。
ナポリは、こうした「隠れた逸材」を発掘する一方で、主力選手をタイミングよく高値で手放すことによって、クラブの財政に大きな負荷をかけることなくチームの競争力を高いレベルに保つ「持続可能な経営」を実現してきた。少し前ならゴンサロ・イグアインやジョルジーニョ、近年ならアラン、ファビアン・ルイス、クリバリーらを思い切り良く放出する売り手としての手腕も、それを的確に穴埋めする買い手としての能力と併せて、ナポリの大きな強みとなっている。
それを支えているのは、2015年に強化責任者(スポーツディレクター)に就任したクリスティアーノ・ジュントリ。一介のアマチュアクラブに過ぎなかったセリエD(当時5部リーグ)のカルピを、たった4年間でセリエAまで4段階も昇格された手腕を買われてナポリに引き抜かれた経歴の持ち主で、選手発掘眼と獲得交渉力のいずれにおいてもセリエA屈指の敏腕ディレクターである。
Getty Imagesしかしもちろん、躍進の最大の理由はナポリがピッチ上で見せている卓越したパフォーマンスにこそある。就任2シーズン目のスパレッティ監督は、自陣での安定したボールポゼッションによる主導権の確立とゲームコントロールに、鋭い加速によって一気に攻め切る縦への志向性を効果的に織り交ぜた、柔軟かつメリハリの効いたスタイルをチームと共に作り上げた。
土台となっているのは、平均60%とリーグでダントツに高いボール支配率。4バックの最終ラインにアンカーのロボツカを加えた5人のビルドアップユニットでスムーズにボールを動かしながら段階的にチームを押し上げるポゼッションは、きわめて安定している。セリエAのパス本数ランキングのトップ5が、キム、ディ・ロレンツォ、ロボツカ、ラフマニ、そしてアンギッサとナポリ勢に独占されているという事実は象徴的だ。
しかしこのナポリは、かつてマウリツィオ・サッリ監督(現ラツィオ)時代にそうだったように、敵陣深くまでポゼッションで押し込み、そこから細かいコンビネーションで相手を崩すタイプのテクニカルなチームではない。落ち着いてボールを動かしながら、少しでも隙を見つけると躊躇なく縦にボールを差し込んで攻撃を加速し、そこから一気にフィニッシュまで押し切るパワフルかつダイナミックなチェンジ・オブ・ペースを大きな武器としているからだ。その最も重要な鍵が、左サイドから仕掛けるクバラツケリアのドリブル突破、そしてタイミングのいい動き出しで裏へのフィードを引き出すオシメンのスペースアタックである。
クバラツケリアの強みは、フリーでパスをもらって仕掛ける1対1突破だけでなく、敵を背負った状態で足下にパスを受け、そこから反転してマーカーの背後に抜け出す突破にも優れているところ。左右どちらにもターンできるのでマーカーは予測がつかず常に後手に回らざるを得ない。一旦前を向いてスタートを切った後の加速、両足を駆使した細かいタッチで密集を抜け出すテクニックのいずれも一級品で、止めるのは至難の業だ。しかしクバラツケリアの凄味は、ドリブル突破そのもの以上に、その突破がシュートやアシストという決定機に直結するプレーへとつながっていく確率が非常に高いこと。出場24試合で12得点12アシストという数字(合計数でリーグ2位)は、彼が単なるドリブラーではなく決定的な仕事ができるアタッカーとして抜きん出ていることの証明だ。
そして、ゴールとアシストの合計数でそのクバラツケリアを上回るリーグトップの数字(21得点5アシスト)を叩き出しているのがCFオシメンだ。この24歳のナイジェリア代表はナポリでの3シーズンで、爆発的なスピード、優れた得点感覚、ボールとゴールに対する飽くなき執着心と献身性を備えたワールドクラスのセンターフォワードに成長した。とりわけ今シーズンは、精度の高いロングフィードを備えたキムの存在、そしてクバラツケリアの加入でより縦指向を強めたチーム戦術も相まって、縦のベクトルが強まったプレースタイルで攻撃にアクセントとメリハリ、そして何より決定機とゴールをもたらす絶対的なエースとしての活躍を見せ続けている。
スパレッティ監督が、ナポリのサッカーのコンセプトを端的に表す言葉としてよく口にするのは、「スペースはラインの間ではなく人と人の間にある。それを見つけて使うことが重要」、「ラインの手前でプレーしているだけでは埒が明かない。最終ラインの裏に何があるのか覗きに行かなければならない」という言葉。イタリアを含めた欧州ではポジショナルプレーの考え方が一般的になり、「2ライン間でフリーで前を向く」ことに狙いを定めて戦術を構築する傾向が強まっているが、スパレッティはあえてそれに異を唱えるかのように、最終ライン裏に人とボールを送り込む縦のベクトルの重要性を訴え、またピッチ上でそれを形にしている。
Getty Images冒頭で触れた通り、33年ぶりのスクデットはもはや時間の問題と言っていい。ここからのセリエA残り10試合(そしてミランとのCL準々決勝+α)は、素晴らしいサプライズを通じてこの偉業を達成しようとしているナポリの姿を、改めて目に焼き付けておく絶好の機会になるだろう。
どのような形でシーズンが終わるとしても(というのはスクデットに加えてCLでどこまで勝ち進めるかということだが)、オシメンとクバラツケリアが並び立つナポリを来シーズンも見られるという保証はない。というよりも、今シーズンの活躍で1億ユーロを超える値がつき、現在の数倍の年俸がオファーされるであろう2人が、揃ってナポリに留まると考えることは現実問題として困難だ。
すでに見た通り、ナポリが限られた経営資源の下でこれだけ安定した成績を収めてきた秘密は、売り時を逃さない主力の売却と「無名の逸材」によるその穴埋めというプラスの循環を機能させてきたところにある。加入1年目のクバラツケリアはともかく、3年目で24歳のオシメンにとっては、今夏は欧州トップレベルにステップアップするまたとないチャンスになるだろう。ナポリとしては、このまたとない「商機」を最大限に活かさなければならない。
今シーズンの大きな成功をテコにして、クラブとしてもチームとしてもさらなる変化、そしてさらなる成長を形にして行くこと。33年ぶりの歴史的なスクデットは、ナポリにとって大きな到達点である以上に単なるひとつの通過点でなければならないはずだ。1990年にマラドーナとともにスクデットを勝ち取ったナポリも、2000年、01年に首都ローマに悲願のスクデットをもたらしたラツィオとローマも、その数年後に待っていたのは深刻な経営悪化と凋落だった。決してその轍を踏まないためには何をすべきか。ジュントリSD、そしてオーナーのアウレリオ・デ・ラウレンティス会長はおそらく今、そのことだけを必死で考えているに違いない。