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マン・U?バイエルン?チェルシー?どのチームがジダンを最も必要とするか?

映画のプレミア上映の場で、有能な監督をめぐる綱引き開始を告げる号砲が鳴り響くとは思ってもみないことだ。だが、最近行われた、ユヴェントスとイタリア代表で監督を務めたマルチェロ・リッピの半生を描いたドキュメンタリー映画の初上映会で、ジネディーヌ・ジダンが記者に発した言葉は、まさにそれだった。

「現場に戻りたいと思っている」と、フランスのレジェンドは言ったのだ。そして、ヨーロッパの多くのトップクラブがその言葉を聞いていたようである。ジダンは決して、今後イタリアで仕事をしたいという意味で言ったわけではない。この発言後の数時間、いや数日間、ジダンと、ヨーロッパで最も有名な複数のチームとのつながりについて語るニュースがあふれかえった。

もちろん、ジダンの名前がトップクラブの監督として取りざたされたのは、これが初めてではない。2021年、2度目のレアル・マドリーの監督を惜しまれつつ辞めてから、ジダンはさまざまな仕事に関して名前が挙がっている。しかしながら、これまで、ジダンは非常に厳しい目で本当に自分が必要とされている仕事かどうかを判断し、そうでない場合はどれほど巨大なチャンスだったとしても断ってきた。

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    好機を待つ

    例えば、報道によると、ジダンはこれまでに2回、マンチェスター・ユナイテッドから声がかかったとみられる。1回目は2019年、ジョゼ・モウリーニョの時代が終わった時で、もう1回は最近の2021年、オーレ・グンナー・スールシャール解任を受けてラルフ・ラングニックが暫定的に就任する前のことだった。

    ユヴェントスも、アンドレア・ピルロ解任後ジダンの周りを嗅ぎまわっていたが、最終的にはマックス・アッレグリを再雇用し、それ以降、アッレグリ監督はトリノで目まぐるしい時代を耐え忍んでいる。他にジダンに声をかけているチームとしてはパリ・サンジェルマンがあり、昨シーズンの終盤、クリストフ・ガルティエの解任が明らかになった際には、特に顕著だった。だが、その時もジダンは距離を取り続け、ルイス・エンリケがフランスサッカー界のトップチームの監督に就任した。

    これは何もクラブレベルに限ったことではない。アメリカ合衆国代表は、グレッグ・バーホルターが一時期その過去について調査を受けていた時に、51歳のジダンに監督就任を打診したと見られている。しかしながら、ジダンは、2026年にアメリカ合衆国で開催予定のワールドカップまでチームを率いる保証を提示されたにもかかわらず、首を縦に振らなかった。

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  • Didier Deschamps France 2023Getty Images

    フランス代表監督の夢はかなわず――今のところは

    実際のところ、さまざまな噂はさておき、レアル・マドリーを去った後のジダンが引き受けそうになった仕事はひとつしかない。2022年ワールドカップ決勝でフランスが負けた後、ディディエ・デシャンがレ・ブルーの監督を続けるかどうか、不透明だった。デシャンの消極的な選手招集に批判が渦巻くなか、新監督候補にジダンの名が挙がったのだ。

    その後、カタールでフランスが劇的な敗北を喫した騒ぎが収まらない中、デシャン監督は2026年まで契約を更新することが確定した。ジダンにしてみれば残念な話だったが、ほどなく、当時のフランスサッカー連盟(FFF)会長ノエル・ル・グラエのせいで、この問題は雪だるま式にフランス国家レベルの問題へと膨れあがった。

    現在82歳のル・グラエ元会長は、当時『RMC』にこう語った。「ジダンが私に近づこうとしたかって? もちろん、そんなことはない。電話がかかってきても、私は出なかっただろう」。さらに、こうも言った。「私はジダンに会ったこともない。ディディエを解任するなんて考えたこともない」。

    この軽蔑的なコメントは広範囲からの抗議を引き起こした。キリアン・エンバペは「あれほどのレジェンドに対して失礼」だと言い、フランスのスポーツ大臣アメリ・ウデア=カステラも同調した。ル・グラエ会長は謝罪して何とか騒ぎを収めようとしたが、鎮火には至らず。その数カ月前、フランス紙『So Foot』による、セクハラ疑惑やFFFでの不適切な行為などを含む暴露で会長の座は危うくなり、2023年2月、辞表を提出することとなる。

    ジダンへの批判は人々の堪忍袋の緒を切ったわけで、1998年ワールドカップのヒーローが、フランスでいかに尊敬されているかを物語っていた。しかしながら、デシャンは今も監督の座にあり、近いうちにフランス代表の監督になりたいというジダンの夢はついえた。レ・ブルーがこの夏のEUROで崩壊すれば事態は変わるかもしれないが、ジダンの最近のコメントによると、彼は待つのに疲れ、適切な機会が訪れればクラブレベルに再び参加することも、やぶさかではないという。

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    レアル・マドリーにうってつけの男

    だから、多くのトップチームがジダンに監督への復帰の道を喜んで提供しても、少しも驚くべきことではないのだ。通常では考えられないほど長いブランクの後でもジダンが高く評価され続けていることは、サンティアゴ・ベルナベウで最初に指揮を執っていた時、彼がどれほど素晴らしい仕事をしたかを証明している。ラファエル・ベニテス元監督の呪われた時代の後の残骸を拾い集めるべく、レアル・マドリーのリザーブチームから昇格したジダンは、わずか数カ月後にロス・ブランコスをチャンピオンズリーグ決勝に導き、サン・シーロで宿敵アトレティコ・マドリーに競り勝った。

    ジダンはその後もトロフィーを獲得し続けた。翌シーズンのレアル・マドリーはラ・リーガ、クラブ・ワールドカップ、チャンピオンズリーグを制覇し、2017-18シーズンには、見事3年連続でチャンピオンズリーグ優勝を果たした。その直後、「変化」が必要という理由でクラブを去ったが、すぐにまた元に戻ることとなる。

    フレン・ロペテギとサンティアゴ・ソラーリの失敗を経て、2019年3月、レアル・マドリーはジダンを再び監督に据えた。今度はクリスティアーノ・ロナウドが去った後のチームの再構築が主な仕事だったが、就任から初のフルシーズンでラ・リーガ優勝を果たした。このタイトルは堅固な守備とカリム・ベンゼマのゴールに基づくものだったが、この魔法は2020-21シーズンまで続くことはなく、ロス・ブランコスは1つのタイトルも勝ち取ることができなかった。

    2022年まで契約があったにも関わらず、ジダンはそのシーズン終了とともに、やや辛辣にチームを去った。公開されたファンへの手紙にはこう書かれていた――「今や、事情が違う……私は、クラブがもはや私を信頼していないと感じ、中期または長期にわたってチームを作りあげるためのサポートが得られないと感じたため、去ることにした」

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    バイエルンが興味を示す

    常に要求の厳しいフロレンティーノ・ペレス会長のもとで監督人生をつぶされたのは、ジダンが初めてではなく、ジダンが真にリフレッシュし、再び現場に出る準備ができているならば、この夏、彼がオファー不足になることはないだろう。興味を持っていると思われるクラブのひとつがバイエルンで、トーマス・トゥヘル監督がシーズン終了をもって退任することが決定している。

    チェルシーの元監督の退任のニュースは驚くべきことではない。バイエルンは現在、ブンデスリーガの優勝争いにおいて、シャビ・アロンソ監督率いるレヴァークーゼンに勝ち点で7の差を付けられており、チャンピオンズリーグでもベスト16のファーストレグでラツィオにまさかの敗北を喫して風前の灯火となっている。

    典型的なバイエルンのやり方――ドイツ国内のライバルから優秀な人材を吸い上げるのがバイエルンの習慣だ――で言えば、真っ先に考えられる選択肢はアロンソだ。だが、このスペイン出身監督は、リヴァプールが獲得にかなり前のめりで、別の選択肢としてジダンが浮上している。

    ジダンを雇うことはかなり理にかなっている。バイエルンのロッカールームにおける力関係は現在かなり混沌としており、トゥヘル派とアンチ・トゥヘル派の分裂が明らかになっている。このことは、昨シーズン、レロイ・サネとサディオ・マネがチャンピオンズリーグの試合後に暴力沙汰となったように、過去数シーズンにわたって存在してきたチーム内の不和が広がったことを示すもので、恥ずべきFCハリウッド時代がバイエルンに戻ってきたとの懸念を引き起こしている。

    レアル・マドリー時代に示されたジダンの才能のひとつが自我の強い選手たちの扱い方のうまさだった。クリスティアーノ・ロナウドやカリム・ベンゼマの他、数えきれないほどのビッグネームたちが、ジダンに対しては褒めることしかしない。絶頂期にあった彼らとともに、チームはオーラを放っていた。

    このメンタリティーはジダンが創りだしたものであり、多くの成功をもたらした。ジダンはペップ・グアルディオラやロベルト・デ・ゼルビのように「哲学的な監督」ではない。その戦術は柔軟で、最大の強みは、チームの心理的な力学を確実にエリートにすることであった。

    ごく最近、トゥヘルとユリアン・ナーゲルスマンという2人の独創的すぎる監督たちとの問題を経験した後で、ジダンはバイエルンを常識に立ち戻させるように思われるかもしれない。

  • 20240225 Mauricio Pochettino(C)Getty Images

    チェルシーに望みはあるか

    ジダンにはプレミアリーグという選択肢もあるだろう。たとえば、チェルシー。昨シーズン、グレアム・ポッターが短期間だけ指揮を執って突然解任された後、ジダンの名前が挙がっていたが、ブルーズは、不運なフランク・ランパードからマウリシオ・ポチェッティーノへとつなげていくことを選択した。

    ポチェッティーノは先日、カラバオ・カップ決勝でユルゲン・クロップ監督率いる若きリヴァプールに敗れたことで、今後も長く監督でいられるかどうか、手痛い打撃を受けてしまった。この敗北は、このアルゼンチン出身監督が、バイキング料理のようにさまざまな選手のいるチームに一貫性を持たせられるかという問いに対する答えを出せなかったことを意味する。

    そこで、チェルシーがジダンを招集する可能性が問題になってくる。ジダンはかつて、レアル・マドリーの監督時代に、フェデリコ・バルベルデやヴィニシウス・ジュニオールといった若手をトップチームに抜擢したり、起用には至らずとも、ロドリゴをずっとトップチームに帯同させたりした。西部ロンドンのチームとは正反対である。

    チェルシーは依然としてエリートクラブらしい金遣いをしているが、現実的には、プレミアリーグのエリートクラブの集まりに戻るまでには100万マイルも離れたところにいる。いろいろな意味で、ジダンがスタンフォード・ブリッジで仕事をすることがどれほど良いか予言することは無駄なことだ。彼の最近の嗜好性を見れば、トッド・ベーリーと仲間たちに近寄ることすらしないだろう。

  • Ten-Hag-Ratcliffe-Man-UtdGetty/GOAL

    ラトクリフが見る夢

    だからと言って、ジダンがプレミアリーグで監督になる可能性はゼロだというわけではない。もう一度言うが、オールド・トラッフォードでは、ジダンに注目しているとの噂がある。この夏エリック・テン・ハーグ監督に進撃命令が下されるかどうかは不透明だが、チャンピオンズリーグやカラバオ・カップでの成績が振るわなかった以上、赤い悪魔が4位以内で今シーズンを終われなければ、監督の座が危うくなることは間違いない。

    サー・ジム・ラトクリフが一部買収を果たしたことも、この状況に関わってくる。最近の報道によると、テン・ハーグ監督が解任されれば、フランスびいきのラトクリフはジダンを監督にすることを夢見るだろう。

    文化的に見れば2人はベストコンビかもしれない。マンチェスター・Uの監督に対するメディアの厳しさは伝説的で、テン・ハーグ監督は、プレミアリーグでフラムに負けた直後、妻とランチに出かけただけでメディアに叩かれてしまった。しかしながら、ジダンならこんなプレッシャーにも負けないだろう。レアル・マドリーは、赤い悪魔と同じく、いい意味でも悪い意味でも、地球上で最も注目されるクラブのひとつなのだから。

    ジダンのとびぬけたタイトル獲得数にも、ラトクリフは興奮しているだろう。この億万長者は現在、意味のある雇用と解雇で評判をあげており、蜜月期ともいうべき時を楽しんでいるが、猛烈に熱狂的なクラブのファンのサポートを維持するには、最初のフルシーズンでタイトルを獲得することが重要となるだろう。

    前述したジダンの選手たちを掌握する力は、オールド・トラッフォードでも有効だろう。ジダンを雇えば、マンチェスター・Uにおける、不満をもつ選手や代理人、スタッフたちからのマスコミへのリークが劇的に減少する可能性が高い。

  • 言葉の壁

    総括すると、この夏、赤いユニフォームを着てプレーするチームの監督になるのがジダンにとってベストであるように思われるが、いずれかのクラブへの加入が完了するまでには解決すべき問題がある。通常の財務上のあらゆる問題に加えて、ジダンの言葉に関する以前の発言が両クラブを悩ますだろう。

    「いくつかの条件が問題をより難しくしている」と、2022年、ジダンは、次はどこの監督になるか問うた『レキップ』紙に語った。

    「たとえば、言葉の問題がある。『マンチェスターに行きたいか』と聞かれたら、そう、英語は理解できるけど完全にマスターしているわけではない。その国の言葉がしゃべれなくてもチームの監督になった人は何人もいるけれど、私の仕事のやり方は違う。勝つためには、多くの要素がうまくいかなければならない。すべてを包括しなければならない。勝つために必要なものが何か、私はわかっている」

    つまり、交渉を決断したクラブがどこであれ、この特殊な問題が成功への妨げにならないことを、ジダンに確信させる必要があるのだ。

  • Zidane UCLGettyImage

    マンチェスターかバイエルンか

    では、この元常勝監督を雇うべく、もっと強く前進すべきクラブはどこか? バイエルンは舞台裏で彼のお人よしなところを利用しようとするかもしれないが、この夏、大規模な再建を成し遂げようと思うのなら――これまで長く貢献してきたスター選手たちとの契約が不透明であるがゆえに――もっと冷静に考えて監督を選ぶ必要があるかもしれない。

    バイエルンには、2013年にグアルディオラが監督だった時のように、また、ナーゲルスマンに期待されていたように、クラブが従うべき包括的な哲学を提供できる監督が必要だ。おそらくジダンは、こうした特殊な仕事における最高の選択肢ではないだろう。

    一方、マンチェスター・Uは、チームを就任後複数のタイトル獲得やチャンピオンズリーグでの復活へと導く監督を、より必要としているはずだ。広範囲での再建が必要なため、ダン・アシュワースやジェイソン・ウィルコックスといった、他の採用予定の人々の肩には重い負担がかかってくるだろう。

    こうした広範囲のプロセスを補完すべく、ジダンのように、ロッカールーム内でもメディア対応でもたちまちにして尊敬を集められる人物を雇うと考えれば、ワクワクしてくるだろう。ラトクリフがこのアイディアに夢中になるのは間違いない。