2017年のサッカー界で記憶に残った名シーン…トッティ引退からネイマール移籍まで

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新年を迎え、遅ればせながら『Goal』では昨年サッカー界で起こった重要なシーンの数々を振り返っていこう

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    クラシコでのメッシによる大胆なユニフォームを使ったセレブレーション

    昨年の4月に遡ろう。2016-17シーズンのリーガの優勝争いは熾烈なフィナーレを迎え、レアル・マドリーとバルセロナはサンティアゴ・ベルナベウで相見えることになった。バルセロナは、仇敵に首位の座を明け渡した状態で敵地決戦を迎え、優勝争いでリードするためには勝利が必要であった。

    カゼミーロのゴールによりレアルが先制してブラウグラナにとっては最悪のスタートとなったが、5分後にリオネル・メッシのゴールで試合を振り出しに戻す。後半中頃、イヴァン・ラキティッチのゴールでバルサがリードを奪う。しかし、試合終了5分前、ハメス・ロドリゲスのゴールでマドリーが同点に追いつく。ところが、ここで再びメッシが躍動し、92分にケイロール・ナバスを破る決勝ゴールを決めたのだった。

    ゴールの後に見せたのは、2017年の象徴的であり、クラシコの歴史に刻まれるパフォーマンスで、メッシはレアル・マドリーのファンの前で、クールに彼のユニフォームを掲げ、自身バルサでの500ゴール目とアルフレッド・ディ・ステファノを抜いて、クラシコ最多得点者となったことを祝したのだった。

  2. メッシが自らの手でアルゼンチンをワールドカップへ導く

    ワールドカップ南米予選が最終局面を迎え、アルゼンチンは本大会出場を逃す可能性があった。ボリビア、ブラジル、パラグアイ、エクアドルに敗れ、多くの引き分けによって、2018年ロシアでの本大会への出場権を獲得するためには、最終戦で勝たなければならなくなっていた。

    アウェー、キトで行われたエクアドル戦、開始わずか1分でロマリオ・イバッラがゴールを奪い、先制を許すというアルゼンチンにとっては悲惨な立ち上がりを迎え、ホルヘ・サンパオリ監督率いるチームは1970年以降初めて、世界最高の大会への出場を逃すことになるのではないかと思われた。

    しかし、メッシはそんなムードを微塵も感じていなかったようだ。わずか10分の間に2ゴールを決めてリードを奪い、そして試合終了前にはハットトリックを決めて締めくくった。バルセロナのスターが、母国を救い、自身4度目のワールドカップ出場を手に入れたのだ。

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    フランチェスコ・トッティの引退

    2017年5月28日、その日のイタリアはエモーショナルな1日だった。スポーツ界最高の英雄の一人がキャリアに幕を閉じたのだ。デビューから25年、フランチェスコ・トッティはついに引退を決意し、3−2でローマが勝利したスタディオ・オリンピコで行われたジェノア戦で後半途中から出場し、ラストダンスを舞ってみせた。

    ワールドカップ優勝も経験している彼は、オリンピコのピッチの上から情熱的で涙で溢れるメッセージをサポーターに送り、その瞬間の記憶は決して色褪せることはないだろう。

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    レアル・マドリーのチャンピオンズリーグ連覇

    レアル・マドリーはチャンピオンズリーグの歴史上最も成功を収めてきたチームであったが、2017年6月、近年で初めてチャンピオンズリーグ連覇を達成し、さらに歴史を塗り替える偉業を達成した。

    レアルは1950年代に当時のチャンピオンズカップを4連覇し、一方でバイエルン・ミュンヘンとアヤックスは1970年代に3連覇を果たした。1980年代後半にはACミランが2連覇したが、1992年にチャンピオンズリーグとなり新たな大会フォーマットが採用されてからは連覇を達成したチームはなかった。

    しかし、ロス・ブランコスはカーディフで行われた決勝戦で、クリスティアーノ・ロナウドの2ゴールなどで4-1とイタリア王者のユヴェントスを一蹴し、ジンクスを覆した。

  5. シャペコエンセの飛行機事故の生存者、ルッシェルの復帰

    2016年11月、ブラジルのシャペコエンセの選手達の大半を含む71名の犠牲者が生まれた飛行機事故が起き、サッカー界は連帯して追悼の意を表した。その事故の生存者の一人、アラン・ルッシェルが事故から1年経たないうちに復帰を遂げたことは特に感動的な出来事であった。

    ルッシェルは、ネト、ジャクソン・フォルマンとともに生存したシャペコの選手であり、8月に行われたバルセロナとのジョアン・ガンペールカップに出場。そして9月には公式戦への復帰を遂げる前に行われたローマとの親善試合でゴールを記録したのだった。

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    トッテナムのホワイト・ハートレーンへの別れ

    トッテナムはマンチェスター・ユナイテッドを2-1で破り、2016-17シーズンのホームでの試合を無敗で 締めくくるとともに、ホワイト・ハートレーンでの118年の歴史に幕を閉じた。そして、新スタジアムが建設されている間、一時的にウェンブリーに居を構えることになった。

  7. サラーがエジプトをワールドカップへ導く

    今シーズンのリヴァプールにおいてモハメド・サラーは間違いなくスターとしての活躍を見せているが、彼にとって2017シーズン最高の瞬間は母国エジプトを28年ぶりのワールドカップ本大会出場に導いたことだろう。

    ファラオズはコンゴ共和国を相手に勝利が必要だったが、サラーが先制点を奪い試合はスムーズに進んでいく。しかし、87分にコンゴのアーノルド・ブカ・モトゥが同点ゴールを奪い、エジプトの祝福ムードは台無しにされたかに思われた。

    ところが、そこでサラーは強靭なメンタルを示し、95分にペナルティーキックを沈め、勝利をもぎ取るとともに、2018年ワールドカップ本大会の出場権をつかみ取ったのだった。

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    カイトがフェイエノールトで有終の美を飾る

    シーズン最終節でハットトリックを記録しチームにリーグ優勝をもたらすというのは、サッカーにおいても、そしてディルク・カイトにとっても最高の終わり方である。

    かつてリヴァプール、そしてオランダ代表で活躍した名ストライカーは、ヘラクレスを3-1で倒した試合でフェイエノールトの全てのゴールを決め、アヤックスを抑えエールディビジを奪還した。

    フェイエノールトにとっては18年ぶりのリーグ優勝であり、カイトは興奮冷めやらぬそれからわずか3日後に現役引退を発表した。

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    アイスランドとパナマのワールドカップ初出場

    アイスランドとパナマという小国が今夏のロシアへの出場権を獲得し、ワールドカップではその2カ国が初出場を果たすこととなった。世界の中でのその2カ国の規模を考えれば、それがどれだけ特筆すべき偉業かというのがわかるだろう。

    人口わずか33万人のアイスランドは、クロアチア、トルコ、ウクライナと同居したグループを首位で通過。パナマはアメリカを追い抜き、メキシコ、コスタリカとともに北中米代表としてロシアへの出場権を獲得した。

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    ロナウドがメッシに並ぶ5度目のバロンドールを獲得

    2017年は、レアル・マドリーが世界を支配した年といっても良いだろう。5つのタイトル獲得、そしてクリスティアーノ・ロナウドはその中でも中心であったのは間違いない。

    ポルトガル人のエースは、チャンピオンズリーグ決勝でのマン・オブ・ザ・マッチ、年間42ゴールを奪うなどの活躍を見せ、多くの個人タイトルにも恵まれた。

    そして彼は2017年にFIFAによって2度も”ベスト”として表彰されたが、その内でより重要だったのが、12月、リオネル・メッシと肩を並べることとなった自身5度目のバロンドールの受賞だろう。

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    ドイツ代表のコンフェデレージョンズカップでの成功

    ヨアヒム・レーブの2017年コンフェデレージョンズカップに向けたドイツ代表メンバーの選出は、すでに経験と実績のある選手達は除外したことで、多くの人々の頭を悩ませた。しかし、いわゆる“2軍”は、素晴らしい戦いぶりで最終的に優勝トロフィーをその頭上に掲げることに成功した。

    世界王者はマヌエル・ノイアー、メスト・エジル、トニ・クロース、トーマス・ミュラー、マッツ・フンメルスなどの主力を欠いたが、史上初のコンフェデレージョンズカップ優勝を手に入れた。

    キャプテンを務めたユリアン・ドラクスラーを筆頭に、レオン・ゴレツカ、ラース・シュティンドル、ティモ・ヴェルナーなどがブレークを果たし、決勝ではアレクシス・サンチェス擁するチリ代表を破り、栄光を手にしたのだ。

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    デフォーとブラッドリー君の心温まる友情

    イングランド代表のスター、ジャーメイン・デフォーとブラッドリー・ロウリー君との友情は感動的でありながら、悲劇に代わってしまった。

    サンダーランドファンのロウリー君は末期の病に苦しんでいたが、試合に際しデフォーとブラックキャッツの選手たちとともにマスコットとして登場し、元トッテナムのストライカーとの心温まる親密さを築いてきた。実際にデフォーは、神経芽腫との戦いを続けるロウリー君と彼の家族をサポートするために、募金活動を先頭に立って行ってきた。

    7月にロウリー君が他界した後、デフォーは葬式に出席し、その6歳の“勇気と勇敢さは僕の残りの人生に大きな影響を与え続ける”という感動的な言葉を天に向けた。

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    パリ・サンジェルマンが史上最高額の移籍金でネイマール獲得

    昨年はサッカーの歴史上で信じられないような1年であったといっても良いだろう。天文学的な金額の移籍金が普通の事となり、そのなかでも最も著しいのがネイマール獲得のためにパリ・サンジェルマンが支払ったフィーである。

    リーグ・アンの巨人は8月、ブラジル代表を獲得するために2億2,200万ユーロ(約300億円)をバルセロナに支払い、ネイマールは世界で史上最高額の選手となり、それまでの最高額であったマンチェスター・ユナイテッドがポール・ポグバ獲得に費やした1億500万ユーロ(約142億円)のことは完全に消し去ってしまった。

    その後も巨額な移籍金での取引は続き、ネイマールへの移籍金を得たバルサは、その一部の1億500万ユーロでボルシア・ドルトムントからウスマン・デンベレを獲得。またリヴァプールは、8,500万ユーロ(約115億円)でビルヒル・ファンダイクを獲得し、彼は歴史上最高額のディフェンダーとなった。