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リオネル・メッシについて知っておきたい13のこと

リオネル・メッシはサッカー史上最もアイコニックな存在の1人だ。1987年にアルゼンチンで生を受けたメッシは幼少期にサッカーを初め、瞬く間に天才的な才能を持つ選手として評判になった。

2000年13歳にしてバルセロナの下部組織に入団すると、わずか3年後にトップチームデビューを果たす。その後、メッシは同世代で最も偉大な選手の一人としての地位をいち早く確立した。

史上最多7回のバロンドールを含む数々の個人賞を受賞し、4回のチャンピオンズリーグ(CL)制覇、10回のラ・リーガ制覇など、バルセロナに数々のタイトルをもたらした。

ピッチ上で成功を収める一方、メッシはキャリアを通じて数々の困難に直面している。幼少期には成長ホルモン欠乏症と診断され、高額な治療を受けることが必要となり、家計を圧迫した。

2021年にはアルゼンチンをコパ・アメリカ優勝に導き、初めて主要な国際タイトルを獲得。その1年後、カタール・ワールドカップ(W杯)では3度目の優勝に貢献している。

ピッチ外では、慈善活動を行っていることも知られる。世界中の恵まれない子どもたちの生活改善を目的歳、レオ・メッシ財団を設立。また、故郷のアルゼンチン、ロサリオに小児病院を建設するプロジェクトなど、数々の慈善活動に携わってきた。

このアタッカーについて知っておくべき13のこととは?

  • Messi celebration Barcelona 2020-2021Getty Images

    愛を受ける孫

    メッシがゴールを決めた後に両手で空を指差す姿は日常茶飯事だが、その意味を知る人は多くない。それはメッシがサッカーを興味を持ち、その第一歩を踏み出したきっかけを作ったとされる祖母セリアさんへのオマージュだ。残念ながら祖母は1998年に高いし、メッシがトップレベルでプレーする姿を見ることはなかった。しかし、彼の象徴的なセレブレーションは、祖母の精神が生き続けることを保証している。

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  • Messi World Cup ArgentinaGetty

    2010年W杯を制していた可能性

    メッシはアルゼンチン代表として代表キャリアを積んできたが、17年間を過ごしたスペインで代表チームのオファーを受けていれば、同国の赤を身にまとっていたかもしれない。幼少期をバルセロナで過ごしたメッシには、2010年の世界王者でプレーする資格もあったが、その考えはなかったと語る。その後、メッシはアルゼンチン代表の歴代最多得点者となった。

  • Pablo Aimar Selección ArgentinaGetty Images

    アルゼンチンのレジェンドへの憧れ

    メッシをお手本とする若手選手は多いが、彼自身は誰に憧れて育ったのだろうか。彼のアイドルは、同じアルゼンチンであり、バレンシアやレアル・サラゴサでプレーメーカーを務めたパブロ・アイマール氏だった。2004年のある特別な夜、アイマール氏は試合後に17歳だったメッシへと声をかけ、自らのシャツを差し出した。メッシは今でもそのシャツを大切にしている。アイマール氏は、2022年W杯を制したアルゼンチン代表の一員でもある。リオネル・スカローニ監督の下で、アシスタントを務めていた。

  • 悪夢の代表デビュー戦

    アルゼンチンが誇る青い目の少年、メッシは2005年8月17日にブダペストのプスカシュスタジアムで行われた国際親善試合ハンガリー戦で代表デビューを飾った。メッシは後半からの途中出場要員となり、64分にFWリサンドロ・ロペスに代わってピッチに立っている。バルセロナの神童にとって夢のようなデビュー戦となるはずだったが、ピッチに入ってから1分足らずで退場となり、悪夢と化した。

  • Lionel Messi Bojan Krkic BarcelonaGetty Images

    バルセロナでの元同僚との関係

    信じられないことかもしれないが、メッシはバルセロナの元同僚であるボージャン・クルキッチ氏と親戚関係にある。バルセロナの元スター選手2人は4番目の近縁関係にある。彼あの総祖父母はマリアーノ・ペレス・ミラレスさんとテレサ・ロベラ・ミンゲットさんで、1846年にカタルーニャで結婚し、ラモン・ペレスさんとゴンカル・ペレスさんを産んだ。

    ラモンさんの息子であるホセ・ペレス・ソレさんはアルゼンチンに移住し、ゴンカルさんの息子ジャウマ・ペレス・シビトさんはカタルーニャに住み続けた。ホセ・ペレス・ソレさんのひ孫はリオネル・メッシ、ジャウマ・ペレス・シビットさんのひ孫はボージャン氏だ。

  • アーセナル入団を拒否

    アーセナルの元監督であるアーセン・ヴェンゲル氏はメッシがバルセロナのラ・マシア・アカデミーに在籍していた頃、契約しようとしたことがある。ヴェンゲル氏によると、スカウトの1人からメッシのポテンシャルを聞き、アーセナルに呼ぶための取引に動こうとした。しかし、別紙はバルセロナの下部組織で既に新星と呼ばれており、カタルーニャのクラブは引き留めることを決意。結局、メッシはバルセロナにとどまり、サッカー史上最も成功し、際立った選手の一人となった。

  • Lionel Messi 2006 World CupGetty

    アルゼンチン史上最年少でW杯出場

    メッシは2006年、18歳11カ月23日でアルゼンチン代表としてW杯デビュー。同国史上最年少のW杯出場選手となった。

  • 大舞台でバルセロナ初のハット

    メッシがバルセロナで初めてハットトリックを達成したのは、2007年5月1日、カンプノウで行われたラ・リーガのレアル・マドリー戦だった。当時19歳だったメッシは、既にカタルーニャの新星としてその地位を確立していた。

    14分、メッシはレアル・マドリーのディフェンダーをかわしながら、鮮やかな個人技でゴールネットを揺らし、先制点を挙げた。58分には、ロナウジーニョからのスルーパスに反応し、冷静にGKをかわして2点目を決めた。90分には、メッシがボックスの外から強烈なシュートを放ってネットを揺らし、ハットトリックを達成した。

    メッシの初ハットトリックにより、バルセロナは宿敵との一戦で3-3の引き分けに持ち込むのに成功。記念すべきものとなった。メッシの素晴らしい才能を示すパフォーマンスであり、その後にバルセロナで多くのゴールやハットトリックを記録することを予感させるものだった。

  • Lionel Messi TrophyGetty

    バルセロナで最も活躍した選手

    リオネル・メッシはバルセロナで35個の主要トロフィーを獲得し、クラブ史上最も成功した選手となった。そのトロフィーは、ラ・リーガ10回、コパ・デル・レイ7回、CL4回、クラブ・ワールドカップ(W杯)3回、UEFAスーパーカップ3回、スーペル・コパ8回だ。

  • Lionel Messi Golden BallGetty

    W杯ゴールデンボール賞に2度輝いた唯一の選手

    2022年W杯でゴールデンボール賞(大会最優秀選手賞)を受賞したことで、リオネル・メッシは史上初めて、そして現時点で唯一2度の受賞を果たした選手となっている。それ以前には、2014年W杯で受賞していた。

  • アルゼンチン史上最多のW杯得点数

    リオネル・メッシは、2022年W杯で7ゴールを決めることで、ガブリエル・バティストゥータ氏(12)を抜き、13ゴールでアルゼンチンのW杯歴代最多得点者となった。

  • Lionel Messi Ballon d'Or 2021Getty

    バロンドール好きのメッシ

    メッシはバロンドールの史上最多受賞者であり、7度の栄誉に輝いている。2009年に初めてバロンドールを受賞し、その後2010年、2011年、2012年、2015年、2019年、2021年にバロンドールを受賞した。バロンドールを複数回受賞した選手は他に、クリスティアーノ・ロナウドが5回、ミシェル・プラティニ、ヨハン・クライフ、マルコ・ファン・バステンがそれぞれ3回、アルフレド・ディ・ステファノ、フランツ・ベッケンバウアー、ケビン・キーガン、ロナルドがそれぞれ2回受賞している。

  • ラ・リーガ歴代最多得点

    メッシは、スペインのトップリーグであるラ・リーガで474ゴールを記録し、同リーグの歴代最多得点者となっている。2014年にラ・リーガ通算252ゴール目を決め、それまでの記録保持者であるテルモ・ザラ氏を上回った。それ以来、彼はその数を増やし続け、スペインサッカー史上最も偉大なゴールスコアラーの一人としての地位を確立している。