ピルロからマタまで…まさにスターの登竜門。U-21欧州選手権出場者によるベストイレブン

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Getty/Goal
16日に開幕するU-21欧州選手権(EURO)。未来のスターたちの登竜門的な位置づけとなっており、過去にはスペインのシャビ・エルナンデス、チアゴ・アルカンタラやイタリアのアンドレア・ピルロといったレジェンドも出場した大会である。今回、『Goal』は出場経験のある選手たちでベストイレブンを組んだ。

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    GK:ペトル・チェフ(チェコ)

    1998年のスペイン代表のGKフランセスク・アルナウは、準々決勝から1ゴールも許さずスペインの優勝に貢献し、2009年にドイツが初めて優勝した際には、GKマヌエル・ノイアーは1失点しかしなかった。

    しかしながら、我々が選ぶドリームチームの背番号1は、2002年に最優秀選手賞に輝いたペトル・チェフである。後にチェルシーとアーセナルで活躍したゴールキーパーで、チェコを大番狂わせで優勝に導いた立役者だ。フランスとの決勝戦では、PK戦で2度もシュートを止めてみせた。

    「チェコには素晴らしいキーパーがいた。身長も素晴らしく高かったが、プレーが素晴らしく、我々との差はそこにあった」と、当時のU-21フランス代表監督だったレイモン・ドメネクは、その時の敗戦を嘆いている。

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    DF:クリスティアン・パヌッチ(イタリア)

    1994年のU-21欧州選手権でイタリアを優勝に導いたとき、すでにACミランのトップチームでブレイクしていた。チェコとの準々決勝でゴールを決めて勝利をもたらし、一躍注目されたが、ベスト4でフランス相手にPK戦で勝った際に、最初にシュートを決めた選手でもある。

    マルチな才能を持つ右サイドバックで、2年後も同大会に出場し、アズーリが決勝でスペインをPK戦の末に破って大会3連覇を果たしたときの主力メンバーであった。

    ただし、その時には自身はPKを外している。それでも、その卓越した守備力と攻撃参加で、母国の快挙に2度までも大きく貢献したのであった。

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    DF:マヌエル・サンチス(スペイン)

    「キンタ・デル・ブイトレ(ハゲワシ部隊)」と呼ばれた、かの有名なレアル・マドリーのユース・アカデミー出身メンバーの一人であるマヌエル・サンチスは、スペインのU-21代表で司令塔として活躍し、途方もないポテンシャルを見せつけた。

    ディフェンスをまとめる冷静沈着で有能なスイーパーであり、1失点もすることなく、1986年の欧州選手権の決勝トーナメントへと導いた。

    攻撃的なスタイルを貫いていたため、準々決勝からは無失点というわけにはいかなかったが、サンチス自身は的確なポジショニングと正確な試合の読みで、バックラインを堂々と仕切り、スペインが決勝でイタリアをPK戦で下した後、大会の最優秀選手に選ばれた。

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    DF:ファビオ・カンナバーロ(イタリア)

    歴代DFの中で最高の選手の一人であり、U-21欧州選手権を彩った最も偉大な選手であることは、間違いない。

    ファビオ・カンナバーロは小柄な選手ではあったかもしれないが、CBとして計り知れない才能の持ち主であり、1994年には決勝でルイス・フィーゴやルイ・コスタを擁するポルトガルを封じ込めて、イタリアの優勝に多大な貢献をした。

    2年後の同大会では、さらに圧倒的な力を発揮し、アズーリはラウール・ゴンサレス擁するスペインを決勝でPK戦の末に下して、大会3連覇を果たした。2006年のワールドカップ優勝メンバーでもある。

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    DF:アルベルト・モレノ(スペイン)

    当時のモレノは、2013年のU-21欧州選手権に出場する3か月前、セビージャのトップチームに昇格したばかりだった。

    しかしながら、ジュレン・ロペテギ監督率いる、並外れて才能ある選手ばかりのチームにおいて、左サイドを猛然と走りまわり、世界で最もエキサイティングで攻撃的な若きSBの一人であることを証明したのだった。この大会でスペインのU-21代表は決勝でイタリアを4-2で下し、優勝している。

    事実、優勝チームの中で中心的な役割を果たしたと評価され、大会のベストイレブンに選ばれている。

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    MF:チアゴ・アルカンタラ(スペイン)

    2013年、バイエルン・ミュンヘンの監督に就任したジョゼップ・グアルディオラは、移籍のターゲットとして希望するのはチアゴ・アルカンタラだけだと言った。

    その年の夏、チアゴがU-21欧州選手権で躍動するのを見たものなら、その理由がわかるだろう。イスラエルで行われたこの大会の決勝でスペインがイタリアを下した際、ハットトリックを決めて、大会の最優秀選手に選ばれたMFが、チアゴだったのである。

    しかも、この大会はチアゴにとって2度目の成功であった。スイスで開催された2011年の大会でも、まだ20歳であったにもかかわらず、得点をマークしていた。

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    MF:アンドレア・ピルロ(イタリア)

    U-21欧州選手権で活躍した中盤の選手たちは何人もいる。後にトップレベルまで成長した選手たちは数多く、ダニエレ・デ・ロッシ、バスティアン・シュヴァインシュタイガー、フランク・ランパード、シャビ・エルナンデスなど、枚挙にいとまがない。

    しかしながら、2000年にイタリアを優勝に導いた、天才肌でクールなアンドレア・ピルロほど輝いた選手はいない。

    ピルロはキャプテンとして優勝トロフィーを掲げたが、決勝のチェコ戦で2得点を挙げたこともあり、この優雅な背番号10は得点王と最優秀選手の両方に輝いたのであった。

    2年後のスイス大会にも出場したが、サッカーの試合を操る偉大なアーティストの一人であるピルロをもってしても、2000年大会の時のピンポイントのパスを上回る活躍はできず、アズーリは準決勝で敗退した。

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    MF:サミ・ケディラ(ドイツ)

    ドイツはスウェーデンで行われた2009年の欧州選手権で、得点王も最優秀選手も輩出できなかった。

    それでもドイツが、サミ・ケディラという素晴らしいキャプテンのもと、美しいまでに組織され、ハードワークをするチームであったことを忘れるのは難しい。

    当時シュトゥットガルトのスターであったケディラが、ドイツの中盤で疲れ知らずの存在を見せつけ、ディフェンスを完璧にカバーしつづけたことで、ドイツは1失点しかしなかった。攻撃のためのポゼッションにも優れ、決勝では実に1度しかシュートを打たれず、ホルスト・ルベッシュ監督率いるドイツは、イングランドを4-0と撃破したのであった。

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    FW:ルイス・フィーゴ(ポルトガル)

    1991年のワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)で優勝したポルトガルの「黄金世代」のリーダーとして現れたルイス・フィーゴは、ほどなくしてポルトガルのフル代表にも選ばれることとなる。

    それにもかかわらず、1994年のU-21欧州選手権にも才能あふれるウイングとして招集され、宝石のように輝くプレーを次々と披露する。当時はまだスポルティング・リスボンでプレーしていたが、未来のスーパースターとしての評判をほしいままにしたのであった。

    しかし、決勝では強力なイタリアの前に屈することとなる。それでも、ジョアン・ピントやルイ・コスタもいたチームで並外れた才能を示し、最優秀選手賞を受賞したことは今でも多くの人に語り継がれている。

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    FW:ダヴォール・シューケル(ユーゴスラビア)

    1990年、旧ユーゴスラビアは、すでに才能を開花させていた若き選手たちが躍動した。

    アレン・ボクシッチ、ズボニミール・ボバン、ロベルト・ヤルニ、ロベルト・プロシネツキ、シニシャ・ミハイロヴィチといった選手たちがすべて、ユーゴスラビア代表としてU-21欧州選手権に出場していたのだ。まさにドリームチームである。そんな輝かしい一団の中でひときわ輝いていたのが、ダヴォール・シューケルであった。

    シューケルは、決定力のあるストライカーとして決勝トーナメントで4得点をマークし、チームは決勝で敗れたものの、最優秀選手賞を受賞した。

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    FW:フアン・マタ(スペイン)

    2010年のワールドカップ南アフリカ大会でのスペインの優勝にささやかな貢献をした1年後、フアン・マタはU-21欧州選手権に出場する母国のチームに加わった。

    当時バレンシアに所属していたマタが、デンマークで活躍したことは驚くべきことではなく、そのスピードとクレバーな動きで、何度も左サイドを駆けあがり、危険地帯へ突入していった。

    マタは常に相手の脅威となり続け、2得点2アシストで最優秀選手賞を受賞。無敗で優勝を決めたスペインの原動力となった。

  12. Goal

    U-21欧州選手権ドリームチーム

    GK
    チェフ
    DF
    パヌッチ、サンチス、カンナバーロ、モレノ
    MF
    チアゴ、ピルロ、ケディラ
    FW
    フィーゴ、シューケル、マタ