■権利
5月26日、ポーランドのグダニスクにはビジャレアルを信仰する2000人が滞在することになる。マンチェスター・ユナイテッドのサポーター数も同じ。UEFAがパンデミックの現状を考慮して許容した人数だが、決して多くはない。
だからこそ、行ける人々は恵まれている。特にビジャレアルにとっては、これがクラブ史において初の決勝なのだから。私も取材のために同地に赴くが、まったく恵まれていると思う。自分が住む人口5万人の田舎町のチームが、これまでも欧州を舞台に戦ってきた私たちのチームが、ついに上がる晴れ舞台に立ち会えるのだ。
スポーツは目標を達成していくもので、プロフットボールとなれば巨額が動いて富や利益を得ることが可能だ。だがビラ=レアルの町の人々にとって、フットボールは金よりも夢を生み出すものとして、そこにある。次の水曜日、グダニスクのスタンドには私のほか、私の友人、家族、知り合いが座ることになる。彼らの多くは給料1カ月分を支払って、その“恵まれた権利”を手にした。ユナイテッドが優勝の大本命だと分かってはいても。その合理性では制御できない感情こそが、フットボールの魔法というやつなのだ。だから皆、金を惜しまない。夢が現実に変わる瞬間に胸を高鳴らせて、決して安くはない金を投じる。「まったく、私は恵まれている」と言いながら。
■誓い
(C)Getty Imagesビジャレアルは、私の一つの夢、決定的な夢を叶えてくれた存在でもある。25年前、ビジャレアルはリーガ2部の質素なクラブだった。あの頃の私はまだジャーナリズムを勉強している学生で、毎晩にわたってラジオのフットボール番組に耳を傾けていた。ルームシェアをする学生の友達と、いつの日か自分たちもスター記者となって、その番組に出演するという夢を語らいながら。とはいえ、週末に我が町へ戻って、いつの日か取材をすることになるだろうビジャレアルの試合を観戦すれば、戦っている舞台はやはり2部なのである。観戦する人たちも日に日に少なくなっていた。それでスター記者になろうなど、どう考えても不可能と頭の中では分かっていた。試合後にまたラジオ番組を聴き、番組にも出演している記者たちの記事を読み、焦燥感は募り募った。
しかしながら1998年、転機が訪れる。私たちの質素なクラブは、スペイン屈指の実業家一族の人間で、世界有数のセラミック会社のオーナーを務めるフェルナンド・ロッチが会長となったおかげで、リーガ1部昇格を果たした。スポーツ記者としてのキャリアを始めたばかりの私はその記念すべき瞬間に立ち会い、心臓が早鐘を打ちながらも誇らしげに報じたのだった。あれは自分にとって、夏の夜の夢だった。それからビジャレアルは、フットボールのエリート界で躍進を果たしていく。欧州カップ出場権を獲得し、リーガではレアル・マドリーに次いで2位となり、チャンピオンズリーグ準決勝にも進出。私はラジオや新聞で、彼らの生き証人となった。友達と語らいあった雲の上に立っているようなあの景色に、地に足をつけて立っていた。
あの当時、ロッチはサポーターへの感謝の意味も込めて、欧州を席巻していたマンチェスター・ユナイテッドとの親善試合を計画していた。そのためにサー・アレックス・ファーガソンとコンタクトを取ったのだが、しかしイングランドのクラブの対応は冷淡で「マンチェスターのようなチームが田舎町でプレーして、時間を無駄にすることなどできない」とはねつけられた。この言葉に憤慨したロッチは、「いつの日か、君たちは私たちとの対戦を義務づけられるだろう」と強烈な返答をしている。その返しは「誓い」と言い換えても差し支えないだろう。
■夢
(C)Getty Images2週間前のヨーロッパリーグ準決勝セカンドレグ、ビジャレアルはロンドンでアーセナルを葬り去り、決勝の切符を手にした。このニュースは感動とともに、欧州中を駆け巡っている。地元で生を受けた現チーム唯一の選手、サポーターにとって新たなアイドルのパウ・トーレスは、芝生の上で泣いていた。彼は15年前、チャンピオンズ準決勝でアーセナルがビジャレアルを葬った場面を、フアン・ロマン・リケルメが最後にPKを失敗した場面を、スタンドで目にしていた一人だった。パウは心から愛する黄色いチームの敗退に泣いていた。そして今度は自らの手でアーセナルを破り、決勝に到達したことで泣いていた。15年前の子供は、今度は喜びの涙を流したのだった。
私にしても、学生からここまでの道程を振り返り、今ある現実が本当ではないようにも感じてしまう。25年前、私が聞いていたラジオ番組では、ビジャレアルような偉業を達成するチームのことがしきりに話されていた。そして今、2部でほとんど目立たなかった自分のチームについて、私自らがしきりに話している。ビジャレアルがアーセナルを破って、欧州大会の決勝にまで登り詰めたのだ、と。夢は叶わないから夢なのだろうが、ときには叶うことだってあるのだ。まったく、私は恵まれている。
都市の大きさとクラブの大きさがどうしても比例する欧州フットボール界で、5万人の田舎町に本拠を置くビジャレアルが紡ぐ夢物語。それは、もうすぐ一つの結末を迎えることになる。決勝の舞台に立って、トロフィーを掲げるというハッピーエンドを迎えられるかどうか。優勝の瞬間を伝えるのは、私がこの仕事でまだ成し遂げていない唯一の夢である。ここまで夢を見せ、夢を見続け、一度リーガ2部に落ちたときには身銭を切ってクラブを支えたロッチにとっても、きっと同じことだろう。少なくともマンチェスターに、もう無駄な時間を取らせることはないのだ。
追記:あまりにも感傷的なことを書き過ぎたので、ここにチームと試合の情報も記しておく。
ビジャレアルはリーガ最終節レアル・マドリーと似たような布陣でこの決勝に臨む。最注目選手は今季公式戦で29得点を決め、スペイン代表でもエース格として扱われるFWジェラール・モレノ。それとバレンシアから獲得したスペイン屈指のゲームメーカーであるMFダニ・パレホ、地元の星であるDFパウ・トーレス、ワールドカップ王者DFラウール・アルビオルもこのチームの屋台骨だ。
ウナイ・エメリは1-4-2-3-1のシステムで中盤を強化し、マンチェスターのポテンシャルを押さえ込もうとするだろう。もちろん、自分たちのプレースタイルであるポゼッションフットボールは放棄することはないものの、マンチェスターがスピードあふれる選手たちを擁していることで、いつも以上にリスク管理を徹底するはずである。
文=ビクトール・フランク/スペインラジオ局『オンダ・セロ』、スポーツ新聞『マルカ』ビジャレアル番
翻訳= 江間慎一郎




