ボローニャの絶対的存在に
ベルギーリーグのシント・トロイデンからセリエAのボローニャにステップアップし、2年目のシーズンを戦っている日本代表DF冨安健洋。ちょうど後半戦に突入した今、ここまでの活躍を評価する上で最も象徴的な事実を1つだけ挙げるとすれば、それは「公式戦全試合フル出場」ということになるだろう。
9月21日のセリエA開幕から先週末の第20節まで全試合のスタメンに名を連ねただけでなく、途中交代すら一度もすることなくゲームセットの笛をすべてピッチ上で聞いたのは、セリエAでわずか9人。しかもそのうち7人はゴールキーパーであり、フィールドプレーヤーは冨安、そしてフィリッポ・インザーギ率いるベネヴェントの主将カミル・グリクのわずか2人だけだ。
この事実だけでも、シニシャ・ミハイロヴィッチ監督が冨安にどれだけ大きな信頼を与えているか、容易に想像できる。ボローニャの最終ラインにとって冨安は絶対不可欠な存在であり、チーム全体にとっても、攻撃の中核を担う攻撃的MFロベルト・ソリアーノ、中盤で攻守のバランサーとして機能するジェルディ・シャウテン、ベテランのブラジル人CBダニーロと並ぶ中心選手の1人だと言って間違いないだろう。
ただし、ボローニャそのものの前半戦は、降格ゾーンからわずか5ポイントの15位という成績が示す通り、好調というにはほど遠い不安定なパフォーマンスに終始した。後で見る通りその理由は1つではないが、それも含めて冨安は1年目と比べてずっと大きな試練に立ち向かうことを強いられている。
それを端的に表しているのが、ポジションを含めた起用法だ。昨シーズンは、攻守の局面に応じて3バックと4バックを行き来する特徴的な可変システムの中で、「SBとCBのハイブリッド」というべき独特なポジションとタスクを、シーズンを通して担い続けた。
守備の局面では4バックの右SBとして1対1の守備力やスピードを活かし、攻撃の局面では3バックの一角に入ってビルドアップに貢献、そこから状況を見て敵陣まで進出してラスト30mの攻略を後方からサポートしつつ、カウンターの危険をケアするというのがその仕事。左右両足のパスワークとすぐれた戦術眼を攻撃の局面でも積極的に活かせるという点で、単なるディフェンダーにはとどまらない多彩なクオリティを最大限に引き出す。言ってみれば冨安のためにオーダーメイドされたような役割だった。
しかし今シーズン開幕時のポジションは、最終ライン中央でダニーロとペアを組む左センターバック。昨シーズン務めていた右SBには、トリノから移籍してきたベテランSBロレンツォ・デ・シルヴェストリが入っていた。
ポジション変更の要因
実を言えばこのポジション変更は、冨安自身にまつわる技術・戦術的な理由というよりもむしろ、ボローニャのチーム事情という外的な要因による部分が大きかった。
セリエAはもちろんヨーロッパ、そして世界中のクラブがそうであるように、ボローニャもまた新型コロナウイルス禍によって大きな経済的打撃を受けた。オーナーのイタリア系カナダ人実業家ジョーイ・サプートは、目先の勝ち負け以上に中長期的な経営戦略を重視するタイプ。すでに来年からホームスタジアムのレナート・ダッラーラを全面改修する計画を進めていることもあり、今シーズンの補強予算は実質ゼロと財布のヒモを固く締めた。
昨シーズンまで左CBのレギュラーだったマッティア・バーニが本人の希望でジェノアに移籍したため、本来ならばセンターバックは、深刻な得点力不足解消に不可欠なセンターフォワードと並ぶ、今シーズンの重要な補強ポイントだった。しかし予算不足もあってクラブはバーニの後釜にふさわしい新戦力を獲得できず、このポジションに穴が開いたまま開幕を迎えることになってしまった。
その一方で、右SBにはトリノを契約満了で退団したデ・シルヴェストリが移籍金ゼロで加入。しかも彼はサンプドリアとトリノでもミハイロヴィッチ監督の下でプレーしており、指揮官のサッカー哲学や戦術を理解している上に信頼関係も強い。そのデ・シルヴェストリを右SBに入れ、冨安はチームにとってより重要でかつ難易度の高いポジションであるCBに、バーニの後釜として起用する――。これが、限られた陣容をやりくりして新シーズンに臨むことを強いられた指揮官の決断だった。
とはいえ冨安自身にとって、このポジションチェンジは決してネガティブなものではなかった。まだ22歳という年齢、そしてこれからのキャリアを考えれば、CBとSBのハイブリッドという持てる個性を最大限に活かせながらも、ある意味で特殊なポジションに特化してしまうことには功罪の両面があったからだ。
イタリアでの2年目にあたって元々「本職」であるCBに戻り、昨シーズンの経験をそこにフィードバックさせれば、これまでにはなかった新境地を開拓して新たな成長につながる可能性は十分にある。CBもSBも、最終ラインならどこでも高いレベルでこなせるモダンで万能なディフェンダーに成長するためのネクストステップだと考えれば、このCB起用は決して悪い話ではなかったように思われる。
大物とも互角の勝負
(C)Getty Imagesこうして迎えた開幕戦(vsミラン:0-2)で早速ズラタン・イブラヒモヴィッチという大物とマッチアップした冨安は、1対1の勝負でほぼ互角に渡り合い、ペナルティエリア内でほとんど自由にさせないポジティブなパフォーマンスを見せる(2失点はいずれも冨安が絡まないゾーンで生まれた)。
ビルドアップにおいても、シンプルなパスワークでボールをスムーズに動かすだけでなく、前方にスペースがあれば躊躇なくドリブルで持ち上がり、そこから敵の間を割って局面を前に進める質の高い縦パスを再三送り出すなど、攻守両局面で高い貢献度を見せた。第2節以降も、左CBを務める冨安自身のパフォーマンスは高いレベルで安定していた。失点に直接絡むシーンもなかったわけではない。しかしその多くは、前線と中盤のプレスが効かず最終ラインが裸の状態で相手の攻撃にさらされるという、難易度の高い状況から生まれたものだ。
ミハイロヴィッチ監督は、攻守両局面ともアグレッシブな姿勢を貫き、常に「前に向かって」プレーすることをチームに要求している。攻撃時は多くの人数を敵陣深くに送り込み、ボールを奪われたら即座にカウンタープレスに転じて即時奪回を目指すというのが、基本的なプレー原則。それがうまく機能しなかった時に最終ラインが困難な状況に置かれるのは、ある意味で織り込み済みであり、中盤が戻りきれず数的均衡や数的不利の状況に追い込まれても、個人能力で何とかすることがDFには期待されている。
この指揮官が掲げる哲学の実践に話を限れば、今シーズンのボローニャは昨シーズンと比べても遜色のないパフォーマンスを見せている。格上相手も含めて大半の試合で積極的に主導権を握って戦い、危険な場面もしばしば作る。問題は、チャンスを作り出しているにもかかわらず、それをゴールにつなげることができないところ。
シーズン15得点以上を保証してくれるストライカーがいるor出るかどうかは、セリエAはもちろんどのリーグにおいても、中位でしのぎを削る中堅クラブにとっての生命線だ。ボローニャはミハイロヴィッチ監督就任以来ずっと、ここのところに弱点を抱えている。今シーズンも、得点力がありチームの戦術に合ったプレースタイルを持つセンターフォワードは、CBよりもさらに優先度の高い補強ポイントだった。しかしそれも予算不足で実現できず、ボローニャは深刻な得点力不足に悩まされながらシーズンを送っている。
指揮官は「失点を恐れて戦うのではなく、相手より1点多く奪うために戦うべき」と言い続けており、チームもその姿勢を忠実に貫いている。しかしその結果、リードを守りきれなかったり、リードされた後一方的に攻め立てながら追いつけなかったりと、つまるところ得失点の帳尻が合わない(失点の多さに見合った得点が挙げられない)試合が繰り返されて、気がつけば二ケタ順位に低迷したままシーズンの折り返し点を迎えたというのが、今シーズンここまでのボローニャだった。前半戦トータルで24得点/33失点ははリーグ13/14位。数字と結果は正しく釣り合っている。
セリエA屈指のDFへ
その中で冨安は、文字通り孤軍奮闘してボローニャの最終ラインを支えてきた。開幕からの11試合は左CB固定で起用されてきたが、12月に入ってDF陣に故障者とコロナ陽性者が相次ぎ、台所が回らなくなって以降は、左SB、右SB、CBと試合によって起用されるポジションが変わる状況が続いている。しかしどこでプレーしても攻守両局面で安定したパフォーマンスを見せ、チームに大きな貢献を果たしている。その意味で冒頭で取り上げた「公式戦全試合フル出場」は、指揮官の絶対的な信頼とそれに応え続ける冨安の働きを象徴する勲章と言ってもいいくらいだ。
事実、ボローニャの中だけでなく、セリエA全体の中で見ても、冨安はDFとしてきわめて高い評価を受けている。それを端的に示しているのは、イタリアNo.1のスポーツ紙『ガゼッタ・デッロ・スポルト』が行っている採点の平均値。ここまでの20試合中半分の10試合以上に出場したセンターバックに絞った、平均採点のトップ20ランキングは次の通り。
| 順位 | 選手名 | 所属クラブ | 採点平均 |
|---|---|---|---|
| 1位 | ミラン・シュクリニアル | インテル | 6.83 |
| 2位 | グレイソン・ブレーメル | トリノ | 6.73 |
| 3位 | クリスティアン・ロメロ | アタランタ | 6.57 |
| 4位 | ジャンルカ・マンチーニ | ローマ | 6.53 |
| 5位 | ラファエル・トロイ | アタランタ | 6.50 |
| 6位 | ルカ・カルディローラ | ベネヴェント | 6.45 |
| 7位 | ステファン・デ・フライ | インテル | 6.44 |
| 8位 | ベラト・ジムシティ | アタランタ | 6.43 |
| 9位 | シモン・ケアー | ミラン | 6.39 |
| 10位 | アレッサンドロ・バストーニ | インテル | 6.35 |
| 11位 | レオナルド・ボヌッチ | ユヴェントス | 6.34 |
| 12位 | ニコラ・ミレンコヴィッチ | フィオレンティーナ | 6.33 |
| 13位 | ダニーロ | ユヴェントス | 6.32 |
| 14位 | 冨安健洋 | ボローニャ | 6.28 |
| 15位 | 吉田麻也 | サンプドリア | 6.26 |
| 16位 | パロミーノ | アタランタ | 6.26 |
| 17位 | フランチェスコ・アチェルビ | ラツィオ | 6.21 |
| 18位 | アレッシオ・ロマニョーリ | ミラン | 6.21 |
| 19位 | ディエゴ・ゴディン | カリアリ | 6.20 |
| 20位 | オマル・コレイ | サンプドリア | 6.15 |
14位というのはそれほどではないように思えるかもしれない。しかし冨安の上にいる13人中10人は、チャンピオンズリーグ出場権を争う上位6チームのCB(うち6人はアタランタとインテルの3バック)であり、勝ち試合が多い分高い評価を受けやすい立場にある(もちろん個のクオリティも高いが)。
中位以下のチームで冨安よりも上にいるのは、ブレーメル、カルディローラ、ミレンコヴィッチという3人のみ。つまり冨安は、すでに評価を確立して強豪チームでプレーしている大物たちを除けば、セリエAで最も高い評価を受けているCBの一人ということになる。
ちなみに、昨冬からサンプドリアでプレーする吉田麻也も冨安とほぼ変わらない評価を集めている。日本代表の最終ラインを支えるCBペアがセリエAでも際立って高い評価を受けているというのは非常に喜ばしいことではないか。
さらに言えば、このトップ20の中で、冨安と同じU-23世代(1997年以降生まれ)の若手は、ユヴェントスからアタランタにレンタルされているロメロ、アタランタで育ちインテルで台頭したバストーニ、そして不振のトリノで一人気を吐くブラジル人CBブレーメル、そして冨安の4人だけだ。
王者ユヴェントスへのステップアップも?
Getty Imagesボローニャの成績が振るわないだけに、マスコミレベルで表立ってスポットライトが当たることは少ないが、今シーズンの冨安は昨シーズンと比べてもさらなる成長を遂げており、セリエAで最も注目される若手DFとしての地位を確立しつつあるということができる。上で見たブレーメルやミレンコヴィッチと同じく、冨安も来シーズンに向けた移籍市場においてビッグクラブのターゲットとなる可能性は高いと言えそうだ。
今シーズン開幕前も、ボローニャにはミランをはじめいくつかのクラブから獲得のオファーがあったと伝えられる。しかしコロナ禍による資金不足もあって、提示された金額は1500万ユーロ(約19億円)前後と、ボローニャが考える市場価値を大幅に下回る数字だった。
ボローニャの強化責任者ワルテル・サバティーニは、昨シーズンの終わり頃次のようにコメントしている。「冨安の今の評価額は2500万ユーロ(約32億円)というところだが、これは彼の真の価値に見合った金額とはいえない。少なくともそれに見合った値段のオファーが来ない限り、焦って手放すつもりはまったくない」。
ボローニャは基本的に「若手を発掘し価値を高めて売るクラブ」である。現在の資金難も含めて考えれば、今シーズンさらに成長を遂げて評価を高めた冨安は、来シーズンに向けた“目玉商品”の1つになる可能性も十分にある。現時点における市場評価額は、ドイツの移籍専門データベース『transfermarkt』で1800万ユーロ(約23億円)、FIFAも出資しているスイスの研究機関CIESの『FootballObservatry』で3000~4000万ユーロ(約38億円~約50億円)。昨夏のサバティーニのコメントからすれば、後者の水準のオファーがあれば、ボローニャも売却に応じる可能性はありそうだ。
昨夏も冨安に興味を示したミランは、CBの一角を占めるシモン・ケアーが32歳と世代交代を考えるべきタイミング。冨安ならその後釜ポジションにぴったり収まりそうにも見える。さらに夢を描くなら、ジョルジョ・キエッリーニ、レオナルド・ボヌッチがキャリア末期を迎えているユヴェントスも、アンドレア・ピルロ監督が現在ダニーロを起用している「CBとSBのハイブリッド」のポジションが冨安のクオリティにどんぴしゃだ。
今シーズン後半の成長ぶりを見守りながら、来夏のステップアップを妄想するというのが、われわれ“冨安ウォッチャー”のこれからの楽しみ方になりそうである。
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