■重圧と責任
久保建英は、もうヘタフェの選手だ。クラブにとっては状況を逆転させるために必要なアドレナリンと希望を注入する補強である。欧州を舞台にアヤックスやインテルと戦っていた輝かしい日々を終え、エルチェやウエスカといったラ・リーガの質素なクラブたちと残留を争うという、うんざりする窮状から脱するための――。
「私たちに必要なのはクオリティー。私たちに必要なのは若いタレント。私たちに必要なのは……」。ヘタフェ指揮官ホセ・ボルダラスは昨夏、マントラのようにそうした言葉を唱え続けていた。というのも会長アンヘル・トーレスが、補強についての消極的な態度を頑なまでに崩さなかったからだ。トーレスは新型コロナウイルスによる資金難を受け、移籍金を投じることなく今季を戦い抜く腹積もりだった。その段階でも久保獲得の可能性は探ったものの、より強い興味を示していたビジャレアルがレンタル料として250万ユーロを支払うことを了承。250万ユーロは違う選手ならばそのまま買い取ってしまえるような額であり、トーレスにすれば、まったく馬鹿げた条件だった。
しかしながら、それから4カ月が経ってみると、トーレスは予想だにしなかった光景をその目に映すことになる。チームのプレーぶりは目も当てられず、収める結果は許容できる水準を大きく下回り、欧州カップ戦出場どころか残留争いに巻き込まれる光景がそこには広がっていたのだった(16試合消化時点で勝ち点17:16位)。
そうして夏から久保獲得の必要性を訴えてきたボルダラスはその正当性を高め、手ずから彼とコンタクトを取ることになった。日本代表MFに対して電話越しに、ヘタフェにとって重要な選手になれること、クラブの浮沈にかかわる存在になることを説いたのである。ボルダラスの説く内容は、レアル・マドリーが求めていることとも一致していた。マドリーは将来のスター候補が、各試合が決勝戦で一つの敗戦が世界の終わりとなる自クラブの日々に耐え切れるのかどうかを確かめるべく、他クラブで大きな重圧と責任を背負うことを望んでいたのだから。
■“脳筋チーム”でどう生かされる?
Getty Imagesさて、ここからは久保次第である。ボルダラスが選手を説得する際に用いる言葉には基本的に嘘がなく、久保は彼から与えられた役割をまっとうできることを示す必要がある。そこで生じる一つの疑問は、久保がピッチ上のどこで、どういったプレーをするのか、だろう。
ボルダラスはヨハン・クライフの信奉者であることを常々公言してきたが、彼が率いるチームのプレースタイルはクライフがプレーした“時計仕掛けのオレンジ(1970年台のオランダ代表)”や指揮官を務めたバルセロナとは対局に位置しており、技術重視のポゼッションよりもフィジカル重視の堅守速攻を展開してきた。この脳にまで筋肉が及んでいるチームで、久保はどう生かされるのだろうか。
一つの可能性としてあるのが、ボルダラスがこれまで実践してきたスタイルを緩和させて、愛するクライフのフットボールに少しだけ近づいていくことだ。ボルダラスが補強に必要なポジションとして挙げていたのは右サイド及びピッチ中央だったが、右サイドの選手としてやって来たのが久保で、中央の選手としてやって来たのが久保同様にバルセロナの下部組織で育ち、トップチームまで登り詰めたものの出場機会に恵まれていなかったカルラス・アレニャーだった。彼らを2人を生かすとなると、2ボランチに壊し屋を配置したり、両サイドハーフに本職がサイドバックの選手を起用したりして増大させてきた筋肉の量を減らし、技術の量を増やすことになる。
■起用ポジションは?
(C)MutsuFOTOGRAFIA久保のプレーポジションについては、いくつもの選択肢がある。まず一つはヘタフェのこれまでの基本システムである4-4-2で、本職右サイドバックのアラン・ニョムがプレーする右サイドハーフでそのまま起用すること。また一つは、私はこの可能性が一番高いと見ているが、システムを4-3-3に変更してアレニャーをインサイドハーフ、久保を右ウィングとして起用すること。最後の一つは4-2-3-1で、1トップのハイメ・マタかアンヘルのすぐ後ろで起用することだ。いずれにしても久保は、フィニッシュフェーズで決定的な役割をこなさなければならない。
久保にとってヘタフェは、スペインで所属する5つ目のクラブとなる。まずバルセロナ、その次にマドリーが目をつけた才能は、マジョルカでの成長、ビジャレアルでの失敗を経て、今こそプロフェッショナルとしても通用することを証明する必要がある。
ヘタフェは今季好調のビジャレアルほどではないとしても簡単な場所ではないし(むしろ、もっと難しいのかもしれない)、ボルダラスは攻撃だけでなく守備での貢献もしっかりと求める(そこはおそらく、ウナイ・エメリが最後まで植え付けられなかったものでもある)。現在19歳の日本人が、フットボール界におけるトップ・オブ・トップの場所を占められるのかどうか、マドリーの未来を担えるかどうかが、間違いなく試されることになるだろう。
取材・文=ホセ・アントニオ・デ・ラ・ロサ(スペイン紙『アス』ヘタフェ番記者)
翻訳・構成=江間慎一郎
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