■ファンの本音?
「オーレ・グンナー・スールシャールはマンチェスター・ユナイテッドに相応しい監督なのか」。これほど考えさせられる一週間はなかったと思う。
プレミアリーグ第8節のレスター戦、ユナイテッドは相手の攻撃に圧倒されて試合終盤に失点を重ね、2-4の逆転負けを喫した。そして4日後のチャンピオンズリーグ(CL)アタランタ戦では前半のうちに2点を奪われ、ハーフタイムにはブーイングが鳴り響いた。スールシャール政権は、風前の灯火かに思われた――。
ご存知の通り、ユナイテッドは劇的な逆転勝利を収めて気づけばグループFの首位に立っている。残り時間9分のところで、またしてもクリスティアーノ・ロナウドが救世主となったのだ。しかし、これほどドラマチックな勝利を収めたあとでも手放しで喜ぶ者は少ない。「paper over the cracks(ひびを紙で隠しただけ)」と指摘されてしまう。それが今のユナイテッド、そしてスールシャールが直面する現実なのだ。
レスター戦の試合後には、『BBCラジオ』の番組内でユナイテッドファンが監督交代を要求していた。司会者に、「代わりにOBのスティーヴ・ブルース(ニューカッスル前監督)を招へいするか?」と意地悪な質問をされると「明日にでも!」と言い放った。馬鹿げたやり取りに感じたが、もしかするとこれがユナイテッドファンの本音かもしれない。もちろんブルースを招へいしたいわけではないが、彼らは「何かを変えたい」のだ。そして、一番手っ取り早い方法が監督交代なのだ。
■監督交代のタイミング

一般的に監督交代に踏み切る契機はいくつかある。まずは時間だ。「監督には時間が必要」という言葉の裏を返すと、一定期間を経過すれば「十分に時間があった」という結論に至る。2018年12月からユナイテッドを率いるスールシャールは就任3年を迎えようとしており、これまでDFハリー・マグワイア、MFブルーノ・フェルナンデス、FWジェイドン・サンチョ、DFラファエル・ヴァランといった高価な補強を行ってきたのだから「十分な時間」と考えることができる。
次に成績だ。過去2シーズン、ヨーロッパリーグではあと一歩というところでタイトルを逃しているものの、プレミアリーグでは3位から2位と順位を上げている。今シーズンの序盤戦で首位付近にいれば及第点だったかもしれないが、現在プレミアリーグで6位に燻っている。
後任候補も鍵を握るが、今はこれといった適任者が見当たらない。今年1月にチェルシーがフランク・ランパードを解任した時には、トーマス・トゥヘルという好条件の後釜がいたので英断し易かっただろうが、今は違う。
さらに信頼関係も重要だが、この点に関しては評価が分かれる。アタランタ戦で2失点した瞬間、選手たちは何かを悟ったかのように下を向きかけながらも、諦めずに逆転勝利を呼び込んだ。「選手たちは監督のために奮起したのか?」試合後のインタビューでそう問われたスールシャールは、「選手たちをバカにしないでくれ。彼らはマンチェスター・ユナイテッドの選手だ。何百万という少年少女が憧れるクラブでプレーできる彼らは、この世で最も幸運なのだ」と返した。
勝手な解釈になるが、「ユナイテッドの選手たちが監督の状況次第で頑張るかどうか決めるわけがない」と言いたかったのだろう。OBのスールシャールだからこそ言える発言だ。その間も、笑みを絶やさずにインタビューに応えた彼は、本当に“Mr.ナイスガイ”である。
■クリスティアーノ・ロナウドの起用法

そんな指揮官について「スールシャールはユナイテッドでプレミアリーグもCLも優勝できない」とTV番組で名言したのは、元リヴァプールのジェイミー・キャラガーである。そのコメントについて会見で問われた時も「そういう発言の影響は受けない。週末にはリヴァプール戦があるので、ジェイミーがちょっかいを出しているのだろう。私には自分の価値観、監督としての信念、そして自信がある」とスールシャールは冗談を交えつつ答えた。
数年前に「クロップがアンフィールドにリーグ優勝をもたらすとは思えない」と新聞のコラムに綴ったことがあるキャラガーの発言は聞き流していいが、前述のファンの反応で分かる通り、スールシャールに対する風当たりが強まっているのは確かだ。
あいにく、サッカー界の“ナイスガイ”は評価されにくい。小難しい顔で選手起用すれば的中した際に称賛を浴びるが、ナイスガイの采配は軽んじられる。仮に、アタランタ戦で決勝点を決めてコーナーフラッグ付近で“テディベア座り”をしたC・ロナウドが救世主ならば、彼を最後まで使い続けた監督も評価されてしかるべきだ。
というのも、今のC・ロナウドは決して絶対的な存在ではない。データサイト『FBREF』によると、今季プレミアリーグで一度でもスタメン出場しているアタッカーの中で、プレスに行く回数が最も少ないのがC・ロナウドだ。1試合平均「3.86回」は、次に少ないニューカッスルのアラン・サン=マクシマン(6.13回)の半分程度! レスター戦では、ブルーノ・フェルナンデスが周りを気にしながら単独でプレスをかけるべきか戸惑っている姿が目立った。それでも指揮官がC・ロナウドを使うのなら、そこには明確が意図があるはずだ。今月上旬のエヴァートン戦で先発から外した際に批判を受けたからか? 選手本人がスタメンを望んでいるからか?
それこそ「ユナイテッドの監督をバカにしないでくれ」だ。スールシャールは外部の反応や選手個人の感情には流されない。愛するクラブにとって最善と思う決断しか下さないはずだ。推測の域を出ないが、シーズン序盤のうちに“戦術ロナウド”を1つのプランとして定着させたいのだろう。その後で、ケガから復帰したラッシュフォードや若いサンチョを主軸に据えていくはずだ。
■紙一重

確かに、スールシャールはペップ・グアルディオラやクロップと比べたら見劣りするし、格好の後任候補を除けば「監督交代の条件」が揃いつつあるのも事実だ。それでも彼のユナイテッド愛を目の当たりにすると、どうしても「ユナイテッドに相応しくない」とは言えない。
アタランタ戦でC・ロナウドの決勝点をアシストしたルーク・ショーは、クロスを上げる前にトラップミスしてボールが蹴りやすい位置に転がっていた。果たして、足元にボールを止めていても、あのタイミングでクロスを入れただろうか。
そう考えると、勝負というのは本当に紙一重である。ならば、例え“ひび”が入っていても一枚の紙で繋ぎとめることができるかもしれない。ユナイテッド愛に溢れるスールシャールを見ていると、そう信じたくなる。
文=田島大