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キーワードは「イブラ依存度の低下」…前半戦の主役ミラン、進化の理由を紐解く

■前半戦の主役

「秋のミラノダービー」が今年もやって来た。

開幕からの11試合を10勝1分というハイペースで疾走、同じ勝ち点31で首位に並ぶナポリとマッチレースを展開中のミランにとって、このダービーは、勝ち点7差で3位につける宿敵インテルを優勝戦線から蹴落とす絶好のチャンスだ。

昨シーズンの二度のダービーも首位攻防戦だったが、いずれも無観客開催。観客席が埋まったサン・シーロでのダービーは、2020年2月以来ほぼ2年ぶりである。コロナ対策で収容人員が75%に制限されているとはいえ、5万7000枚のチケットは数日前に完売済み。スタジアムの空気はまったく違ったものになるだろう。しかも今回はミランのホーム開催ゆえ、スタンドの大部分を占めるミラニスタの大きな後押しも期待できる。

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内容・結果ともに期待を上回る戦いぶりで、昨シーズンに続き前半戦の主役を演じているミランだが、8月に開幕を迎えた時点での状況はそれほど楽観的なものではなかった。

守護神ジャンルイジ・ドンナルンマ、トップ下のハカン・チャルハノールという中心選手2人に契約満了で“逃げられ”、後釜のGKとして獲得されたマイク・メニャン、トップ下の後任に抜擢された2年目のブラヒム・ディアス(レアル・マドリーからのレンタル延長)はともに主力としてどこまで通用するか未知数。さらにチームの絶対的なリーダーであるズラタン・イブラヒモヴィッチも、小さな故障を繰り返す昨シーズン来の状況から抜け出せず、継続的にピッチに立つことがままならなかった。

8年ぶりにチャンピオンズリーグ(CL)の舞台に返り咲いたことによる、週2試合のカレンダーが続くハードスケジュールも小さくない不安材料だった。チーム強化を担うパオロ・マルディーニTDは、土壇場の駆け込み補強も含めてどうにか厚みのある陣容を整えたが、それがセリエAとCLの二正面作戦に耐え得るものか、戦力的な質と量、さらにチームとしての経験値という面からも疑問視する声は少なくなかった。

しかし、少なくともセリエAに話を限れば、それらの心配や不安はほとんどが杞憂に終わった。イブラヒモヴィッチに加えて昨シーズンの中盤を支えたフランク・ケシエ&イスマエル・ベナセルのペアを揃って欠くという困難にもかかわらず、開幕2連勝という文句ない滑り出し。これで勢いに乗ると、イブラに加えてオリヴィエ・ジルーまでも故障離脱した9月後半~10月初旬にかけて、本来は左ウイングであるアンテ・レビッチのCF起用を強いられながらも、ユヴェントスと引き分けた(第4節:1-1)以外は着実に勝利を積み重ね、同じく絶好調のナポリと首位争いを演じ続けている。

週2試合のハードスケジュールが続く中、リヴァプール、アトレティコ、ポルトという格上3チームと同居したCLでは開幕3連敗、4試合で勝ち点1と苦戦を続けている。しかしセリエAでは、ターンオーバーに加えて新たな故障者の発生もあってメンバーを頻繁に入れ替えながらも、しっかり結果をもぎ取ってトップを守り、このミラノダービーにたどり着いた。

個々に見ていくと、3-0とリードしながら終盤に不慮のPKを与えたところから浮き足立って3-2で終わったアタランタ戦(第7節)、逆に前半押し込まれて2点を許しながら後半に3点を奪って逆転勝ちしたヴェローナ戦(第8節)、2点先制して相手が10人になったにもかかわらず一度は2-2に追いつかれたボローニャ戦(第9節:最後は突き放して4-2)と、バタついた内容の試合も少なくない。

しかし、そうした試合を勝ち切る勝負強さも含めて、ピオリ体制3年目を迎えたチームは着実に成長を遂げてきたという印象が強い。絶対的な存在として君臨するイブラヒモヴィッチ、重要きわまりないサブリーダーとしてそれを影から支えるシモン・ケアーという2人を精神的な支柱としながら、メンバーの大部分を占める加入2年目、3年目の若手・中堅が、チームの中枢を担う存在に育ちつつある。

昨シーズンは、レビッチ、ケシエ、テオ・ヘルナンデスといった中堅クラスが主軸として存在感を高め、新戦力のベナセル、フィカヨ・トモリ(冬の加入)がすぐにレギュラー定着を果たすなどして、チームの完成度が大きく高まった。そして今シーズンは、B・ディアス、ラファエル・レオン、サンドロ・トナーリといった20歳そこそこの若手が急成長、主力と呼ぶにふさわしいパフォーマンスでプラスアルファをもたらしている。

■ミランが進化した理由

Brahim Diaz, AC Milan 2021-22Getty

就任から3シーズン目を迎えたピオリ監督は、イブラヒモヴィッチ(あるいはジルー)という絶対的な「前線の基準点」の存在を前提とする縦指向の強い攻撃を基本としながら、状況に応じて後方からパスをつないでのビルドアップも織り交ぜる形で、攻撃のバリエーションを広げてきた。

とりわけ今シーズンは、グラウンダーのパスによる後方からの組み立てが、量と質の両面において戦術的な重要度を高めてきている。これは、中盤と前線を結びつける役割を担うトップ下に、昨シーズンの「10番」チャルハノールとはまったくタイプの異なるB・ディアスが入ったことが大きな理由だ。

チャルハノールは、1トップの周囲を動いてポストプレーの落としを前向きで受け、そこからのパスワークで仕掛けの起点となるタイプのトップ下だった。一方B・ディアスは、トップ下から中盤に頻繁に下がってきてボールに絡み、一列低いところから局面を前に進める質の高いパスを出すと、そこからさらに前線に攻め上がって仕掛けやフィニッシュに絡む機動力とテクニック、そして創造性を備えている。タイプ的には、過去3シーズンにわたってアタランタで絶対的なキープレーヤーだったアルゼンチン代表パプ・ゴメスと瓜二つだ。

昨シーズンのミランには、イブラヒモヴィッチを欠いてしまうと、カウンターアタックと超攻撃的左SBテオ・ヘルナンデスの単独突破以外に効果的な攻撃の武器が持てないという弱みがあった。しかし今シーズンは、中盤の狭いスペースでもボールを持てるB・ディアスを経由することで、後方からのビルドアップによって前線に質の高いボールを送り届ける頻度が高まった。

単独での突破力に欠けるチャルハノールが決定機を作り出すためには、CFやウイングの落としを受けて前を向くという状況が必要だったが、B・ディアスは自らの仕掛けによって単独でもその状況を作り出すことができる。イブラヒモヴィッチ、ジルーが不在でレビッチがCFを務めた試合でも攻撃のボリュームが落ちず、2点、3点を挙げて勝利をもぎ取ることができた理由の一端はそこにある。

その後方からのビルドアップにおけるもうひとつのポイントは、右ダビデ・カラブリア、左テオ・ヘルナンデスというSB陣のきわめて柔軟なポジショニングにある。ミランのビルドアップは、ひとつの試合の中でも状況に応じて異なる配置を取り、組み立てのルートを自在に変えるのが大きな特徴だ。

カラブリアとテオ・ヘルナンデスは、大きく外に開いてCBからパスを引き出すオーソドックスな位置取りをすることもあれば、中盤までポジションを上げて内に絞りボランチのような位置取りをすることもある。特に右のカラブリアは、ボランチのトナーリとポジションを入れ替えてMF的に振る舞ったり、時には中盤に下がってきたB・ディアスとポジションを入れ替える形で前線に上がることすらある。

こうした柔軟なポジションチェンジで相手に守備の基準点を与えず、マークを外してパスを引き出しながら前進していくミランのビルドアップは、攻撃に昨シーズンまでにはなかった新たな選択肢を加えている。もちろん、組み立てが行き詰まった時には無理をせずに一旦後ろに戻し、そこから前線にロングフィードを送り込むという逃げ道もしっかり用意されている。

そのロングフィードとビルドアップの両面で、攻撃にさらなるクオリティをもたらしたのが、ドンナルンマの後釜として獲得された26歳のフランス代表GKメニャン。左右両足のテクニック(とりわけロングキックの質と精度)、ビルドアップにおける戦術感覚など、こと「11人目のフィールドプレーヤー」としてのクオリティにおいては、ドンナルンマよりむしろ上を行く。

GKをビルドアップに組み込めば、相手のハイプレスに対しても常に数的優位を保つことが可能になる。メニャンは長短の正確なパスに加えて、ピッチ上の状況を素早く読み取る戦術眼にも優れており、的確な方向とタイミングで球出しができる最後方のレジスタ(ゲームメーカー)として大きな存在感を発揮した。左手首のケガ(全治3カ月)で10月初めに離脱を強いられるまで、GKの「本職」であるゴールプロテクションはもちろん、攻撃における貢献度という点でも、メニャンのそれは際立ったものだった。

■「イブラ依存度の低下」

Rafael Leao Milan Serie AGetty

ロングボールによる縦に速い展開と後方からのビルドアップを効果的に織り交ぜながら敵陣にボールを運ぶという組み立てのプロセスだけでなく、それをフィニッシュする攻撃の最終局面においても、ミランには昨シーズンと比べて明らかな進歩が見られる。それをひとことで表せば「イブラ依存度の低下」ということになる。

昨シーズンは6得点6アシストだったレオンが、ここまでの11試合ですでに5得点2アシストを挙げているのを筆頭に、B・ディアスが4得点2アシストと組み立てや仕掛けばかりかフィニッシュでも大きな貢献を果たし、イブラの“代役”であるジルーも4得点、流れの中からSBカラブリアが2得点、MFトナーリが1点。この数字を見るだけでも、組み立ての幅が広がったのに合わせて、ラスト30mの攻略においてもバリエーションが広がり、より多くの選手をゴール前に送り込んでいることがわかる。

とりわけレオンは、ドリブルで目の前の敵をかわすことだけで満足していた感もあった昨シーズンと比べ、ゴールという最終目的をより意識してプレーする姿勢が目立っている。シュート数27はチームでダントツの1位。うち枠内シュートは8本と精度には課題を残しているものの、積極的にゴールを狙う姿勢を通して相手により大きな脅威を与え注意を惹きつけることで、チームメイトのチャンスを広げる役割も果たしている。そのレオンに次ぐ16本のシュートを放っているのがSBのカラブリアだというのも、ミランの攻撃がどれだけその幅を拡げ多彩になったかを象徴する事実だと言えるだろう。

■チームの成長、そしてイブラヒモヴィッチ

Ibrahimovic celebrating Roma Milan Serie AGetty

しかし、イブラヒモヴィッチがピッチに立っている時には、やはり彼が攻撃の中心であることに変わりはない。開幕から続いていた膝とアキレス腱の不調からようやく脱してピッチに復帰した10月半ば以降、ジルーと交互にスタメンを務める形で出場時間を調整しつつも、先発出場したボローニャ戦(10月23日)、ローマ戦(10月30日)ではいずれも1得点1アシストと、変わらぬ存在感を発揮している。

この10月に40歳を迎えただけに運動量はさすがに落ちているが、ムダな動きを極限まで削りつつも、タイミングのいい裏への飛び出しからカウンターアタックまで、必要な時に繰り出すフルスプリントの切れ味はまだまだ健在。守備の局面でも、相手の組み立てに対してパスコースを切る的確なコース取りでプレッシャーをかけるなど、量ではなく質の面で一定の貢献を果たしている。何よりも、全身から放つその威圧的なオーラは、敵にとっても味方にとってもピッチ上の空気に大きな違いを作り出す。

水曜日のCLポルト戦(1-1の引き分け)では交代出場で終盤14分だけプレーし、このダービーに向けて体力を温存した。そのCLではグループステージ敗退の可能性が高くなってしまっただけに、ミランにとっては今後、セリエAの優勝争いが明らかな優先順位を持つことになる。その点でも、ミラノダービーはシーズンの行方を少なからず左右する重要な節目になりそうな気配だ。

対戦相手のインテルにとっても、スクデット争いから脱落しないためには絶対に勝ち点3がほしい試合であり、しかもこの後は代表ウィークでリーグ戦が1週休みになることもあって、両チームともターンオーバーを考えることなくベストの戦力を投入した16人vs16人の総力戦になるだろう。5万7000人の観客で埋まったサン・シーロでの伝統のミラノダービー。間違いなく見逃せない一戦である。

文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)

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