手を上げてもパスの出し先のファーストオプションにはならない。足元にパスを要求してもボールはいつもスペースに出ていく。プレーリズムの変化はなく、求められるのはカウンター時のスピードだけ。切り返して連携する選手を探すが、選択肢はほとんどない。
リオネル・メッシはパリ・サンジェルマン(PSG)で苦しんでいる。
その原因はメッシ自身も理解しているように、ボール、プレー、そしてフットボールからの強制的な分断である。
メッシはPSGでの最初の数か月間、望んでいたような輝きを見せていない。現在のレベルは本来のクオリティとは無関係な理由で我々が見慣れたものとはまったく異なっている。もし少しもスポーツの知識がない人に今のパフォーマンスを見せたとして、この背番号30がフットボール史上最高の選手であるとは到底信じられないだろう。
メッシはテルモ・サラのリーガ歴代最多得点記録をはじめ17年もの間記録を作り続けてきたし、ジェローム・ボアテングを転ばせたこともあった。サンティアゴ・ベルナベウやウェンブリー・スタジアムでは敵意の火を消した。ジョゼ・モウリーニョやペップ・グアルディオラ、ディエゴ・シメオネといった監督の戦術を蹴散らした。メッシを無効化するあらゆる試みはそのすべてが失敗に終わっていた。
しかし、彼の本当の姿はフランスの首都パリではいまだ見られていない。
■君は本当にレオなのか?
Getty Images移籍市場にとっては衝撃のニュースだった。といってもバルセロナとの契約更新が流れたことによるフリー移籍だったため、移籍金額が注目を集めたわけではなかった。メッシのサインが巻き起こした騒ぎは、多くの人がネイマールとキリアン・エンバペとの攻撃的なトリデンテが形成されると考えたことによる。しかし、今のところ当初の期待通りには物事は進んでいない。
レギュラーシーズンについていえば、メッシはリーグ・アンで1ゴールにとどまっている。リーグのレベルはヨーロッパの主要リーグからは程遠いが、PSGのスターにとってフランスでネットを揺らすのは四角を円に入れるのと同じくらい難しいタスクになっており、その理由は誰にもわからない状態だ。
ラ・リーガ最終年の成績は以下の通り
(C)Goal- シュート(ブロックされたシュートは除く): 141
- 枠内シュート: 91 ゴール: 30
- ゴール率:21.3% 1ゴールに要する時間: 100.8分
- 左足ゴール: 27 右足ゴール: 1
- ヘディングゴール: 2 その他のゴール: 0
そしてこちらがリーグ・アン1年目の成績である。(※成績は第13節までのもの)
(C)Goal- シュート(ブロックされたシュートは除く): 12
- 枠内シュート: 4 ゴール: 0
- ゴール率:0% 1ゴールに要する時間: N/A
- 左足ゴール: 0 右足ゴール: 0
- ヘディングゴール: 0 その他のゴール: 0
■なぜメッシはPSGで機能しないのか?
Getty答えはシンプルだ。
“環境”である。
PSGのプレースタイルは素早いトランジションで構成される。チームは相手に合わせて真ん中から後ろにかけて守備ブロックを形成し、ボールを保持してからプレーを開始する。攻撃はボール奪取から組み立てられることになるが、ひとたび足元にボールが入れば、その後の展開はスペースを突くフォワードやサイドバックの爆発的な運動能力に委ねられる。ボールを止めている時間はなく、速く考え、さらに速く動くのだ。
このスタイルは、メッシが持つ選手としての元々の性質、特に現在のメッシの性質にとっては相性が悪い。ボールを哲学の中心に据え、チーム一丸となってライバルを敵陣ゴールへと追い詰めていくスタイルを最も快適に感じるこのアルゼンチン人は、ロングボールを多用する長旅では真価を発揮できない。
リオネル・スカローニはこの意味合いにおいて素晴らしい成功を収めている。この現アルゼンチン代表監督はメッシを中央に寄せて配置し、攻撃の最前線を自由に動き回らせる。それによって、メッシを予測不能な選手へと変え、相手の意表を突くプレーオプションを生み出すのだ。
アルゼンチン代表での自由なプレー
(C)OptaPSGはその逆で、攻撃時のコンビネーションの選択肢はネイマールとエンバペ以外にはほとんどない。カウンター攻撃では選手同士の距離は非常にオープンになり、その結果レオは40メートル先でワンオンワンに挑む以外に選択肢がない状況へと追い込まれている。
バルセロナや現在のアルゼンチン代表とは異なり、メッシは相手にダメージを与えられるチームメイトから非常に遠く離れたところでプレーしている。たとえば現状ではネイマールと絡むプレーはほぼ不可能だ。メッシは右サイドに非常に近いところにポジションを取るが、ネイマールがいるのはピッチの反対側である。
PSGでは10番の位置ではプレーをしていない
(C)Opta■本来の姿を見られた瞬間
Getty Images10月に行われたチャンピオンズリーグのライプツィヒ戦は、我々が見たいメッシと最近のメッシのコントラストをきれいに反映した試合である。前半、チームの距離は非常に長くとられ、ひとりで完璧なカウンターを仕掛けられるエンバペの資質を最大限に引き出す戦いを見せた。
しかし、ライプツィヒがより敵陣近くでプレーを始めた後半、力学は変化した。試合展開は自陣でアタッカーの頭数を溜めながらボールの無いところの動きを通してスペースを見つけるという、メッシがバルセロナで歴史を作ったプレーに最も近いものとなった。
このスタイルではメッシはまるで水を得た魚のように躍動した。相手ディフェンスのターゲットが増えて注意が分散したことでメッシはボールを保持できるようになり、壁パスや対角線を狙う仕掛け、サイドバックの裏を突くパス、エリア外からのシュート、ドリブル突破など、多くのプレーオプションを得ることになった。この時間帯、我々は見慣れたメッシを目撃した。
チームを逆転させたメッシの2得点は、メッシのためのプレーをした結果として捉えれば合理的な帰結である。だが不幸なことに、マウリシオ・ポチェッティーノ監督はこのスタイルを緊急事態でしか実践していない。なぜなら現在のPSGはメッシの独創性ではなく、エンバペのめまいのするようなスピードに合わせて作られたチームだからである。




