先日、マーカス・ラッシュフォードが自身のマンチェスター・ユナイテッドでの将来について真剣に考えているとの報道が出たとき、疑問に思う者はほとんどいなかった。
昨年11月にオールド・トラッフォードへやってきたラルフ・ラングニック監督が、ラッシュフォードをそれほど頼りにしていないことは明らかだったが、両者の関係はマンチェスター・ダービーによってさらにどん底へ。ラッシュフォードはベンチに忘れ去られ、ケガで出場できないクリスティアーノ・ロナウドとエディンソン・カバーニと同じく、まったくピッチに立つことができなかったのだ。
3月13日のトッテナム戦ではスタメンに選ばれ、再び出場機会を与えられたものの、このチャンスを両手でしっかりものにしたとは言いがたい。試合中、ボールに触れることができたのはたった30回、67分に交代させられ、シュートの1本も打てず、彼が得意とする仕掛けやパスも見せられなかった。
ラッシュフォードはもう1年も明らかな不調が続けており、トレードマークの爆発力、すなわちアタッキングサードでの本能的で決定的な動きは影をひそめ、自信をなくし、エネルギーが枯渇してしまっているように見える。
今のラッシュフォードは煮え切らないプレーで試合中にピッチを放浪することがあまりに多く、ただボールを蹴っているか、なんとか監督の信頼を得ようと無理をして失敗しているかのどちらかである。
■コロコロ変わるスタイルの影響で…
(C)Getty Imagesマンチェスター・シティとのダービーマッチの前にラングニック監督は、ラッシュフォードについてこう語っていた。
「ラッシュフォードには別の選手が必要だ。ラッシュフォードを活かすために、常に彼の後ろで彼をサポートする選手が必要だ。私はそこに全力を注ぐ。ここ3カ月、他の選手たちがやってきたのと同じことを彼がやれるように助けるつもりだ」
だが、このコメントは、その後ラッシュフォードを完全に避けたことで、不信感を増やすだけとなってしまった。
いくつかの報道では、ラッシュフォード陣営が、クラブの今後についてもっと明確にしてほしいと思っていることを伝えたと報じられている。これは、マンチェスター・Uの上層部に送られたメッセージだ。クラブの今後についてもっと明確にしてほしいというのは、おそらくラングニック監督は来シーズンも監督でいるべきではないという明らかな警告であろう。
こうした報道の真意とは別に、ケガで今季最初の2カ月を棒にふったラッシュフォードに同情すべき理由はある。それ以来ずっと、ラッシュフォードは他の多くの選手同様、ラングニック監督の方法論を理解しようと奮闘してきた。
ラッシュフォード不調の原因は、ポジションが確立していないことに端を発している。2022年が明けてからの3カ月だけでも、ラッシュフォードは6つの異なるポジション、4つの異なるフォーメーションでフレーしてきた。
ラッシュフォードは一芸に秀でることのない何でも屋となってしまったが、ここ数年彼が受けてきた質の悪いコーチングのせいである。
ユナイテッドでは、オーレ・グンナー・スールシャールが監督だった3年間、まったくコーチングが機能していなかった。ある報道によれば、ラッシュフォードは監督が自分に求めていることが長い間理解できなかったため、勇気を奮い起こしてスールシャールと対峙したが、結果は「文句を言うな」と言われただけであったという。これより前には、ジョゼ・モウリーニョとルイ・ファン・ハールが、ラッシュフォードにまったく違うプレーを要求していた。
深謀遠慮に欠ける首脳陣のせいでチームのスタイルがコロコロ変わり、個々の選手たちは新しいスキルを身につけたり、考え方の優先順位を変えたりしなければならなかった。
ラッシュフォードのように才能ある若手は、20代前半に技術を身につけ研ぎ澄まされていく。監督から様々なことを学んでサッカーについての洞察を深め、自然にプレーできるよう確かなアドバイスをもらって成長していくものである。
ところが、このクラブの他のすべての面においてシンボルであるラッシュフォードは、ユナイテッドの信念なきスタイルにより選手として“迷子”になってしまったのだ。
■スタッツはほぼキャリア平均だが…
Getty Images現状、ラングニック率いるチームにおいてラッシュフォードはどのような状況なのだろうか。
アタッキングサードで素早く縦に動くサッカーを所望するラングニック監督は、ベンチ入りする若手選手にジェイドン・サンチョやアンソニー・エランガがふさわしいと考えている。この2人はラッシュフォードよりも急成長してきた若手で、判断力がラッシュフォードより早い。一方、センターフォワードのポジションとしては、ロナウドがラッシュフォードを追い払ったことは明白だ。
だが実のところ、ラッシュフォードが示す基本的な数字は悪くない。FBRefによると、ラッシュフォードは90分ごとに決めるゴールとアシストの数が0.58を記録しており、キャリア全体の平均と比べて全く同じだ。
事実、守備から得点までのスタッツのおおむね全般で、ラッシュフォードの成績はキャリア平均をごくわずか下回っているに過ぎない。データを見渡せば、唯一の真の例外は、90分ごとのパスの「前進距離」が91.7ヤード(約83メートル)から65.4ヤード(約60メートル)に下がったのと、パスの精度が75.6%から68.2%に低下しただけである。
ここでわかるのは、ためらいが増えたために、パスの距離が短くなり、サイドへのパスが増え、精度が下ったということである。つまり、試合時間が進むにつれ、腰が引けて行く選手の姿が浮かび上がってくるのだ。
この解決策を今シーズン中に見つけるのは難しいだろうが、夏に新たな契約を結べば、リセットして有効なアプローチを見いだすチャンスがあるだろう。ピッチの外での活動では誠実な国の宝であるラッシュフォードには、どんなに低く見積もってもその価値がある。
■去ってしまえばクラブの失敗
Gettyラッシュフォードを最大限活用しようというのは、マンチェスター・Uがマウリシオ・ポチェッティーノを監督に就任させたがっているからでもある。ポチェッティーノはトッテナムの監督時代、何度もラッシュフォードとの契約に興味を示していた。
ポチェッティーノは速く攻撃的なサッカーを志向しているだけでなく、選手たちと固い絆を結んできた経歴もある。そのため、ラッシュフォードとは相性が良いはずだ。
ラッシュフォードには、彼が信じられる監督が必要であり、彼の望みを理解し、1つのポジションでコンスタントに起用してくれる指揮官が必要である。そうした人物と出会うことさえできれば、マンチェスター・Uのアカデミーを卒業し、初めてチームに加入したときに見せた、あの冷静な本能を発揮してくれることだろう。
あのときのラッシュフォードはまだ存在している。だがここ数年、オールド・トラッフォードにいた他のすべての選手と同じく、ラッシュフォードはゆっくりと迷子になりつつあった。
これはマンチェスター・ユナイテッドの失敗であり、ラッシュフォードがクラブを去らなければならなくなるとすれば、クラブがこれまでしてきたことがいかに破滅的であったかがわかるというものだろう。


