この一年、誰が「今現在」の世界最高のサッカー選手なのかという議論があちこちで巻き起こっている。
チャンピオンズリーグ準々決勝チェルシーとの2試合で躍動したカリム・ベンゼマは、今季は同じフランス代表FWキリアン・エンバペより大きなインパクトを残している。
この議論が沸騰する理由は、きわめてシンプルである。
この問いに対する答えは10年にわたって、クリスティアーノ・ロナウドかリオネル・メッシで決まっていた。2人それぞれの才能についての議論が長く続き、それぞれの信奉者が頑なにそれぞれを世界一だと言い張ることとなり、議論そのものが無意味になっていった。
それが今、新たに誰が世界一かを考えるようになったのである。
モハメド・サラーの活躍は数か月前のことであり、今ではいささか流行遅れである。また、ベンゼマはプレミアリーグウォッチャーからは多くの支持を集めにくい。
そこでワールドカップ・イヤーの今年、イングランド代表のキャプテンはどうだろうか。
■スパーズでプレーしているからこそ評価されるべき
Getty/GOAL昨夏、ハリー・ケインは最悪の状態にあった。マンチェスター・シティへの移籍がかなわず、トッテナム・ホットスパーを率いた2人の指揮官の下で調子を崩していた。
ケインは独特なプレースタイルやスピード感のなさのせいで、超一流の選手にはならないのではないかと思われがちだが、彼はある傑出した才能を持っている。それは、立ち直りが早いことだ。反骨精神があり、批判されればすぐに真の力を示してきた。
ケインはトッテナムでリーグ戦276試合178ゴールを記録。プレミアリーグの歴代得点ランキングで5位に位置し、2位のウェイン・ルーニーとは30ゴール差だ。あともう1シーズンスパーズにいれば追い越すことは間違いない。
だが、トップ5の中で、ケインは唯一大きな大会の優勝を経験していない選手である。ルーニー、アンディ・コール、セルヒオ・アグエロは、全員がトップクラブでプレーし、複数のタイトルを獲得している。プレミアリーグの歴代最多得点を誇るアラン・シアラーもリーグ優勝を一度経験した。
そのため、ケインは低く評価されがちであるが、事実は逆だ。
もし、ケインが過去8年間、ビッグクラブに所属していたら、とっくにトップに立っていたと考えるのが正しい考察だろう(彼が1得点するのに必要な時間は平均129分で、シアラーの147分よりも短い)。
つまり、今現在の世界一の選手は誰かを考える際、ケインがエリートチームでプレーしていないことは高く評価されるべきことであっても、低く評価されるべきではないのだ。
毎シーズン、調子が不安定なチームを支えてきたケインの努力は特筆すべきものであった。
■コンテの下で輝けた理由
Gettyそして今、ケインの総合的な能力はピークに達した。それは、アントニオ・コンテ監督の素晴らしい仕事ぶりによるところが大きい。
今シーズン、プレミアリーグの最初の13試合でケインはわずか1ゴール1アシストだった。その後、11月にコンテ監督が就任すると、18試合で11得点7アシストを記録している。
この変化の理由を説明するならば、ケインが自分を、そしてトッテナムを信じられるようになったからだろう。
コンテのような成功を知る指揮官が就任したことで、ケインのスパーズでのキャリアは再び輝くこととなった。クラブ自体も、エリートクラブへの仲間入りを果たす意思があることを示した。ケインはトッテナムから去ることを公言していたが、その気持ちは翻意しつつある。
この変化をもたらしたものは、他でもない、コンテ監督の戦術である。
コンテ監督は、攻守の切り替えが速く、縦への意識が高いフットボールを信奉としている。このスタイルはソン・フンミンやルーカス・モウラ、デヤン・クルゼフスキらスピードあるアタッカーに合っており、これによりケインは司令塔としての才能を発揮している。
ケインがその才能を垣間見せ始めたのは昨季のこと。ジョゼ・モウリーニョ率いるチームではより低い位置でプレーし、たぐいまれなパスレンジの広さを活かしてソンやルーカスを走らせて、14アシストを記録したのだ。
この経験が現在に生きている。コンテ監督は攻撃の構築において細部まで気を配っており、ウイングバッグを走らせる斜めの展開も好む。そうしたポゼッション主体の攻撃でもケインは輝くことができる。
■コンテの下で“自由に”
Getty Imagesスパーズの冬の補強が的確だったこともケインの助けとなった。
クルゼフスキが加わり、ダイアゴナルランを行う選手が2人になって、ケインは背番号10のポジションに落ち着くことができた。さらに、ロドリゴ・ベンタンクールが、ラインを切り裂くパスを提供し、ボールを確実にケインまでもたらし、味方のFWが走り出して、敵陣に進入するスペースを生み出している。
これは、ヌーノ前監督時代には見られなかったものだ。当時のケインは常に前線で孤立するか、ボールを受けに低い位置に戻ってくるかのどちらかだった。その結果、彼の前には相手のMF、DFが立ちふさがっていたのである。
逆に、コンテ監督の下では、ケインは自由度が減っているにも関わらず、“自由にプレー”できている。
トレーニングでは、超がつくほど細かいポジショニングと動きの反復練習が行われ、スパーズの選手たちは、相手を自分たちが攻撃しやすい状況へと巧みにコントロールしている。ケインはもはや、パスを受ける前に味方を見る必要すらないのだ。
トッテナムは全選手が同調して動き、機械のようにどの選手も、ケインが9番としても10番としてもその能力を発揮できるようお膳立てをするのである。
だが、興味深いことに、最近のコンテ監督は、ケインをもっとゴール前で使えるように、新たな10番タイプを加入させたいと考えている(ブレントフォードのクリスティアン・エリクセンが理想的だろう)。
そろそろケインの両肩から重荷を下ろしてもいい時期なのだ。
それがかなえば、ケインの得点数は今よりずっと多くなるだろう。シアラーとの差を詰めることを考えられるようになるかもしれない。
そのときこそ、ケインが世界一のサッカー選手となるときだ。


