2020年6月26日。
あの夜から一夜明けた朝だった。クロップは疲れていたが笑みを浮かべ、「Champions 19-20」と書かれたスウェットを纏って「Zoom」を通じて世界中のメディアに対応した。
クロップは幸せを感じていた。リヴァプールはプレミアリーグ優勝を果たし、30年に及んだ雌伏のときは圧倒的な成績で幕を下ろした。リヴァプールはチャンピオンズリーグを制し、プレミアリーグ優勝を成し遂げ、クラブワールドカップでも戴冠を果たしていた。
そう、“すべてのチャンピオン”だったのだ。
チャンピオンとなった彼らに対しては、こういう疑問が湧いてくる。「どんな気持ちだっただろう?」「何が起こるか知ったのはいつだろう?」「越えなければいけなかった最大の壁は何だったのだろう?」「祝勝会はどんな感じだっただろう?」
そして、今最も適切な質問はこうだ。「次にチームに起こることは何だと思う?」
一度優勝するのは素晴らしいことだが、連覇するのは難しい挑戦となる。そんな中、クロップはタイトルを「守る」という言い方を嫌っていた。
「タイトルを守る? 本当に面白い言いぐさだね。連覇して初めて本物と言えるだろう、と言われているのを聞いたことがある。見事に英国風の物言いだね。けれど本当に面白いよ」
その後、リヴァプールは王座を守ることは一切しない、と主張するようになった。そうではなく、次のタイトルに"アタック"する、と言うようになったのだ。
クロップはこう宣言した。「このチームは王座を求めることをやめない。まだ成長の余地があるし、まだまだ先は長いと思うよ」。
これはたった8か月前の出来事だが、もうすでに別の時代のことのようにも思えてくる。この間、世界は一変してしまったが、リヴァプールの崩壊が始まったのはつい数週間前のこと。夢は悪夢に変わってしまった。
■“アタック”は失敗
Getty Imagesタイトル防衛、もしくはクロップの言葉を借りれば「アタック」は散々な状況になってしまっている。優勝争いの目は尽きたも同然。それどころか、7分間で逆転される大事故を起こしたレスター戦のように、最近の状況を見ればトップ4に入れる能力すらないのではないかという疑いが強くなってくる。
勝ち点で97、99を稼いだ過去2年の強さを維持することはいつだって難しかったことだろう。だがリヴァプールの凋落はことさら顕著になってきている。
そんな彼らを最近「バッド・チャンピオン」と呼んだのはロイ・キーン。チームのメンタリティや性質に疑問を投げかけた。彼の発言の真偽はともかく、実際にスタッツは落ち込んでいる。
リヴァプールは昨シーズン、24試合消化時点で勝ち点70を獲得し、2位に19差をつけて首位に君臨していた。今シーズンは25試合で勝ち点40。リーグ首位のマンチェスター・シティには16ポイント差を付けられている。
昨年6月には頂点に君臨していたのに、2月には床でぐったりしている。これがフットボールなのだ。チームが崩壊したレスター戦の後、クロップは連覇に関して「降伏」したことを認めた。土曜日の夜までには、彼の去就についての噂がマージ―サイドで燃え広がっていた。
はっきりしているのは、彼はまだ辞任しておらず、またすぐには辞任しないだろうということだ。ピッチ内外で厳しい立場にあることは確かだが、クロップはまだそこにいて、戦い、働いている。献身的で、決意も確かだ。
しかし、どうしてこの状態になってしまったのだろうか。どのようにして2019年と2020年に見た夢は2021年に悪夢に変わってしまったのだろうか。
■アストン・ヴィラ戦が悪夢の始まり
Getty Images今となっては忘れがちだが、リヴァプールは今シーズンを快調にスタートさせた。
確かに開幕戦でリーズを相手に手を緩めてしまい肝を冷やしたが、その翌週のチェルシー戦では説得力のある強さを見せて勝利。その次にアンフィールドでアーセナルに快勝した。リーグ戦3試合を終えて勝ち点9を獲得。9ゴールを挙げ、十分な力を持つ3チームを片付けた。
さらにリヴァプールはチアゴ・アルカンタラやディオゴ・ジョタと契約。重要な新戦力は、偉大なチームのさらなる進化・成長を保証するお膳立てとなるはずだった。チアゴはスタンフォード・ブリッジでのデビュー戦で華々しい活躍を見せ、ジョタはアーセナルを相手にリーグ初出場で得点した。
そしてアストン・ヴィラ戦がやってきた。
その日の前に、マンチェスター・ユナイテッドがホームでトッテナムに6-1で敗戦。その前週にはレスターがエティハド・スタジアムでマンチェスター・シティを相手に5得点で大勝。この結果はリーグ全体に衝撃をもたらした。だが、ヴィラ・パークでの出来事はそれ以上に衝撃的だった。
無敵のリヴァプールが2-7とズタズタに引き裂かれたのだ。オリー・ワトキンスはハットトリックを決め、ジャック・グリーリッシュとロス・バークリーも大暴れした。
レッズはサディオ・マネとアリソン・ベッカーを欠いていた。忘れてしまいたいあの夜をゴール前で耐えたアドリアンは、運にも見放されていた。アストン・ヴィラのゴールのうち3点はディフレクションによるものだったし、1-0の時点でのモハメド・サラーのプレーはPKを獲得してしかるべきだった。いずれにせよリヴァプールは完膚なきまでに叩きのめされ、日曜のゴールデンタイムに集まった観客の前に欠点をさらけ出してしまった。1963年以来の大敗であった。
この敗戦に対して、クロップは「よいことではないが、これが人生、これがフットボールだ。消化しないといけないし、これからも消化し続けないといけない」と話した。
しかし、何かがこの夜に変化した。クロップは気付いていなかったが、事態は厄介なことになりつつあった。
■ダービーで追い打ち
Gettyもしアストン・ヴィラがリヴァプールの皮を剥がした格好だとしたら、次の試合でリヴァプールは深い傷を負うことになった。
リヴァプールは復活を期してグディソン・パークに乗り込んだ。しかし、リヴァプールは勝ち点2を落とし、2人のキープレイヤーをケガで失った。近年では最もダメージの大きいダービーマッチとしてKOPの間で記憶されることだろう。
ジョーダン・ピックフォードが判断の悪いチャレンジをしたせいでヴィルヒル・ファン・ダイクは前十字靭帯を断裂し、早々にシーズンが終わってしまった。なお、このチャレンジでピックフォードは制裁を受けることがなかった。
チアゴはフル出場し、二転三転した試合を90分間戦い抜いた。しかし、リシャルリソンから受けた軽率なタックルで負傷した膝のダメージに後から苦しむことに。スペイン代表MFはリヴァプールの2020年最終戦まで出場できなくなってしまった。
ここからさらに事態は悪化していく。ジョー・ゴメスはイングランド代表での練習中に膝に深刻なケガを負い、今シーズン中の復帰は絶望となってしまった。
そのため、最も負傷癖を持っていることで知られるジョエル・マティプが、リヴァプールで唯一ケガしていないCBに。ファビーニョが中盤から最終ラインに戻された他、ナサニエル・フィリップスやリース・ウィリアムズといった若手が予期せずチャンスを得ることになった。
そういった方法で何とかやりくりしていたが、チームの地盤は急激に弱くなっていた。ディフェンスに亀裂が生じると、中盤にも影響を及ぼす。問題はすぐに顕在化していくことこそなかったが、すでに昨季のようなリヴァプールではなくなっていた――。
■消失したオーラ
Gettyリヴァプールがタイトルを獲ったシーズンを見るとはっきり分かることがある。タイトでギリギリの戦いを勝利に結びつけた試合が数多くあるのだ。
昨シーズン挙げた32勝のうち、14試合は1点差。ホームでもアウェーでも、チームの強みをあまり見せられなかった試合でも勝ち筋を見出してきたのだ。
昨シーズン、クロップは自分のチームを指して「ヤバイほどのメンタリティを持った巨人」と呼んだ。プレミアリーグのライバルをなぎ倒していき、30年ぶりのリーグ優勝を成し遂げたリヴァプールに対し、異を唱える者はほとんどいなかった。
しかし今シーズン、その陰は見られない。少しずつ、1週間ごとに、彼らのまとっていたオーラは消えていった。同じプレーをしても、同じことを試していても、状況は変わってしまったのだ。接戦を取りこぼし始め、ミスで自滅し、容赦のないチームスタイルは鳴りを潜めた。
すると突然、どのチームもリヴァプールを倒すチャンスだと思い始めた。リヴァプールはリーグ下位8チームのうち6チームから勝ち点を取りこぼし、調子を落としていく。
12月19日のクリスタルパレス戦で7-0の勝利を収めたときは首位にいたが、それ以降最大で30ポイントを上積みできるところ、9ポイントしか取れていないのだ。最近9試合のうち、6試合で敗戦を喫している。
特に最近の上位陣2クラブとの対戦はショッキングだった。シティ戦では有利な状況から10分で3失点を喫し、レスター戦でも同様に7分で3ゴールを許した。気づけば、順位を6位にまで落としている。
■補強の遅れ
(C)Getty Images冬の移籍ウィンドーがやってくると、リヴァプールは確かにすべきことをした。
だが問題は、それが1月ではなく、2月だったことだ。
センターバックを補強する必要があったのは明らかだった。これはファン・ダイクの負傷時にはわからなくても、ゴメスの時には誰もが理解したはずだ。マティプが故障しない保証はないし、ジョーダン・ヘンダーソンとファビーニョをいつまでも最終ラインに置いていては本来の実力を発揮することは難しい。
しかし、レッズが行動に移すことを望む声が大半の中、クラブは状況を静観した。その結果、2021年の初戦をヘンダーソンとファビーニョのセンターバックコンビで臨み、サウサンプトンに敗戦。もう一人シーズン復帰が絶望視されるケガを負った選手が現れ、初めてクラブは事態を重く見る。今回の負傷者はマティプだった。
その結果、騒々しくウィンドー終了を見届けることとなった。獲得した2人の新戦力は、最大限に表現しても「サプライズ」という評価になるだろう。
リヴァプールはベン・デイヴィスをプレストン・ノースエンドから獲得。この25歳に50万ポンド(約7350万円)を支払った。そしてトルコ代表のオザン・カバクをシャルケからローンで獲得。印象的な活躍を見せることができれば、1800万ポンド(約24億4600万円)の買い取りオプションを行使することになる。
だが、この時点でクラブはダメージを負ってしまっていた。リヴァプールは1月だけで8ポイントを落とし、さらにオールド・トラッフォードで敗戦を喫しFAカップから姿を消した。ウィンドーが閉じてからはリーグ戦で4連敗を喫している。
カバクはヘンダーソンと並ぶ形でレスター戦に出場し、デビューを飾った。これで今シーズン、クロップが起用したセンターバックの組み合わせは実に17組目になるが、急造センターバック陣はアリソンとの連携でミスが生まれ、フォクシーズに2点目を献上。クロップ監督は「新しい選手が入ればこういうことは起こりうる」とフォローすることになっていた。
多くの人が疑問に思っている。なぜリヴァプールはマーケットでもっと早く行動しなかったのかと。公平な指摘であるし、当然そう思うだろう。正直に言えば、早く動いたところでタイトル争いには加われていなかったかもしれないが、そうであったとしても状況は今ほど悪化することはなかったのではないだろうか。
■再浮上するために…
Gettyそれでは、今チームに何が起こっているのだろうか。
最近の状態からポジティブな要素を見出すのは難しいが、時々垣間見える良い兆候を指摘している点については、クロップは間違っていない。シティ戦では個人のミスでゲームが動いてしまうまでは良い兆候が見えていたし、レスター戦でも同じ過ちが起こるまでは78分間試合をコントロールしていた。フットボールは時々予期していないことで、結果が変わってしまうものだ。
一方で、RBライプツィヒ相手に2-0と先勝したことで、CLはラウンド8に大きく近づいた。欧州の舞台での戦いがリヴァプールに再び火を付けることになるかもしれない。
リーグ戦に関していえば、今後のプランはただ前に進み続けること、それだけだ。クロップ自身、この難局を抜け出す方法として「それはよいフットボールをすること、戦うこと、ハードワークすること」を挙げており、つまり苦しくても前進することをチームに求めている。
クロップがこの職に適した人材であることにはまだ疑いようはない。そしてクラブ首脳陣の支持も、そして大多数のサポーターの支持もまだ得ていることは間違いない。噂話やオッズの話は無視したほうがよい。
ひょっとすれば、クロップが再びほほ笑む5月がやってくるかもしれない。それまでに何があろうと、その姿が見られれば確かによいことだ。
問題は、現時点ではそうなる可能性は低そうだということ。2020年がリヴァプールの年だったとしても、2021年は非常に残酷なほどの凋落に見舞われているのだから。
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