現在、4月の時点ですでに夏の移籍に向けてクラブの歯車は動き出している。事前の話し合いが始まっていたり、すでにオファーが済んでいる場合もある。
一方で、この経済状況の中、クラブはプランを立てるのが難しくなっている。新型コロナウイルス禍で先行きとなっており、将来を見通すことは困難だからだ。ドルトムントのハンス=ヨアヒム・ヴァツケCEOはドイツ『スカイ』でこのように語っていた。
「欧州クラブの置かれた状況はよく分かっている。明るくなるどころか暗雲が立ち込めている」
だからこそ、トップチームの多くはふたつの選択肢の前で立ち止まっている状況だ。現状を維持するか、動き始めるべきかだ。
「この夏選手に資金を投じたいと考えるクラブと話をしている」と『Goal』に語るのは、主にフランスとイングランドで活動する、とあるエージェント。だが、投資の額については「全く不透明な状態」だという。
「クラブはまだ選手と話をしている最中で、これから何が起こるのかを予測しようとしているところだ。そして、それはやらなければならない。そうしなければ機会を失ってしまうのだから。だが、クラブはとても慎重だ。来シーズンや、その次のシーズンの予算に予測が立てられないんだよ」
さらに、今夏の移籍市場の状態も予測しづらい。ビッグクラブは変わらず最高の選手と契約したがっているが、それが叶うだけの資金を持っているのだろうか?
■ビッグクラブさえ二の足
Getty Images現在のコロナ禍は、ヨーロッパのエリートクラブにさえ経済的に大きな打撃を与えている。
マンチェスター・ユナイテッドのオーレ・グンナー・スールシャール監督はワールドクラスのセンターバックや、得点を量産できるストライカー、そして切れ味鋭いウインガーとの契約を希望している。だが同時に、指揮官は厳しい現実を見据えているようだ。
「ピッチ内外でのビジネスをやる際には、現実を見なければならないし、責任を持たなくてはならない。どこに資金を使うか、そしてどれほど使うかとね。世界中のクラブが同じ状況を経験している。このような変化の中で、世界のサッカー界から移籍がどんどん少なくなっていくと思うよ」
たしかにスールシャールの言う通り、今夏財布の紐を緩めそうにないビッグクラブはいくつかある。
バルセロナは毎年、莫大な投資をして移籍を進めることが恒例になっていた。だが、四方八方に食指を伸ばしたこと、パンデミックの両方の影響を受けて経済難に陥っている。そのため、新会長のジョアン・ラポルタ氏はほとんどのポジションにラ・マシアの選手を使い、カンプ・ノウ再建プロジェクトの礎にしようとしている。
一方のレアル・マドリーは、過去2度の移籍市場で全く金を使っていない。銀河系集団時代の立役者であるフロレンティーノ・ペレスはこの経済状況の深刻さを十分理解しているようだ。
それでは、今夏我々ファンは何を期待すればよいのだろうか?
■今夏の市場はどうなる?
Getty「機会を求める人がいるという点では動きの多いマーケットになると思っていますが、これまでのように紙面を賑わすような移籍ではないと思います」
『デロイト・フットボール・マネー・リーグ』のティム・ブリッジ氏は『Goal』でこのように語る。さらに自身の見解を交え、市場を予想する。
「選手同士のトレードによる移籍を多く見ることになると思います。トレードされるようなレベルの選手ではなくても、そうなるかもしれません。おそらく、誰かを加えるために選手を一人手放すことになるクラブは多いでしょう」
「莫大な移籍金が必要なビッグネームが何人かいますが、今回は少し抑えめの額で動くことになるかもしれません」
「興味深いのは、移籍市場に対してクラブはこれまでより少し戦略的なアプローチを取らなくてはいけないということです。チームに入れられるだけ多くの選手を取ってくるという考え方ではなく、正しい選手を確実に手に入れることにより力点を置くことになるでしょう」
簡単に言うと、ビッグクラブでも多額の費用がかかった移籍で失敗する余裕はないということだ。もちろん、例外的なクラブはある。「国家の支援を受けており、資金を注入する方法を見つけ出せる」(ヴァツケ氏)、パリ・サンジェルマンとマンチェスター・シティに関してはキャッシュフローに問題を抱えないだろう。
現在の経済状況はそういった金満クラブにとってはチャンスである。ロマン・アブラモビッチのような裕福な後見人を持つチェルシーにとっても状況は同じだ。
ブルーズは昨夏、大型移籍に大枚をはたいたが、最も注目を集めているストライカー、アーリング・ハーランドを獲得しようとしている。今年以上に競合が少ない年はないと分かっているからだ。だが、ドルトムントは今シーズン終了後にハーランドを売りたいとは考えていない。いざとなれば、マンチェスター・ユナイテッドが以前より欲しがっていたジェイドン・サンチョを売却して現金化するだろう。
だが、それでも問題はある。現在5位のドルトムントがチャンピオンズリーグ出場権を獲得できなければ、サンチョを売却して帳尻を合わせる必要に迫られるかもしれない。1年間無観客で試合を続けたことによって、すでに収支に大きな影響が出ているのだ。
「無観客試合でビッグクラブは年間5000万ユーロ(約65億1000万円)の損失を被っている。これを埋め合わせなければいけません」とブリッジ氏。そして「最も簡単な方法は価値の高い資産を売却することです」と結論づける。
「すべてはキャッシュで決まってきます。フットボールはシンプルなビジネス。キャッシュを管理することと、それを適切な時期に用意することが重要なのです」
「2年前に選手を売却した場合、その選手に対する支払いが今も発生している可能性があります。つまり、財政状況が厳しいように見えても、過去の売却で得たお金が入ってくるため、実際はキャッシュの状況は上向いている可能性があるのです」
「だから、微妙な状況ではありますが、今は基本的に買い手市場です。トップクラスの選手を獲得するのであれば、資金を持っている人や資金を調達できる人にとってはとても有利な状況です」
■必要な工夫は…
Goal今夏、大きな移籍を成立させようとするなら、クラブには工夫が必要になる。
たとえば、バルサとユヴェントスは昨夏、アルトゥールとミラレム・ピャニッチをトレードすることで効果的な移籍交渉を行った。
両選手ともに高額の移籍金が設定されていたが、それぞれを条件に含めることで金額を抑えようとした。最終的に動いた金銭は1000万ユーロ(約13億円)の差額だけで済んだのだ。
こういったトレードが今夏にも多くなると予想したのは移籍市場の専門家として知られるファブリツィオ・ロマーノ氏。一方で、レンタルでの移籍も多くなると話している。
「先払いや、何年にも渡っての支払いを避けることが基本的な考え方です。これがパンデミック下の移籍市場では重要です。イタリアではこの手の交渉に慣れていますが、スペインやイングランドでは新しい流れだと思います。ですが、経済危機にあえぐ全てのクラブにとって重要になってくるでしょう」
「オザン・カバクのケースを見てみましょう。シャルケはブンデスリーガで非常に苦しい状況にありますが、1月の締切当日にリヴァプールへの買取条項なしでのレンタル移籍を許可しました。シャルケは昨夏にもカバクを3000万ユーロ(約39億円)で売ろうとしていましたが、結果的にレンタル移籍を受け入れました。パンデミックの影響と、降格危機にあることの両方から財政難に陥っているからです。ですから、この例だけを見てもパンデミックの影響でマーケットが様変わりしたことがわかるでしょう」
■高額年俸選手には大きな影響
©Getty Images結局、すべてはサラリーに集約される。バルサが財政難に陥ったのは、記録的な年間収入の74%が選手の給料に費やされていたからだ。
フットボール界で給与削減が起こっている理由はそこにある。もちろん、選手には給与削減を拒否する権利があるから、それがクラブにとってもう一つの悩みの種になっている。
また、移籍が決まる際にも給与の負担がキーワードになる。ブリッジ氏は「移籍の背後では時々、移籍が成立するように売る側のクラブが賃金の差額を支払うことに同意することもあります」と説明する。
「例えば、週給10万ポンド(約1500万円)を受け取っている選手に対して、買い手のクラブが6万ポンド(約900万円)のオファーしかできなかったとしましょう。売る側のクラブがこの差を埋め合わせるのです。こうした交渉は皆さんが思っているよりもかなり普通に行われていることです」
だが、この埋め合わせがなければ、移籍は成立しなくなってしまうのだろうか。それとも、移籍を成立させるために選手は給与が下がることを受け入れなければならないのだろうか。上述のエージェントはこう予想する。
「もちろん選手としては、成長を狙ってクラブを移るわけです。一般社会でも転職した場合、給与が増えるか、より責任のある仕事を任せられる代わりに多くの給与を受け取るでしょう
「ですから、高額な年俸を受け取る選手にとっては大きな影響があるかもしれません。今受け取っているほどの金額を出せるクラブは多くないでしょうから」
そうなれば交渉は決裂する。給与カットや他所から受け取る賃金が減ることを拒否すれば、自身を必要としないクラブに留まることになるだろう。
■「価値が変化する」選手は?
Getty新しい所属先を見つけたい場合、自身が望む給与について大きな決断が必要になるだろう。現在クリスティアーノ・ロナウドが置かれている苦境を見てみるとよい。
ロナウドは残留を希望してビッグイヤーのために戦い続けたいと考えている一方、高額な年俸がクラブの財政を圧迫している。クラブは中盤を強化したいと考えており、そのためには別れを選択することが両者にとって最善となっている。
だが、簡単なことではない。ユーヴェは年間8500万ユーロ(約110億7000万円)のコストがかかる36歳を引き留めるだけの余裕はないが、このポルトガル人選手のキャピタルロスを補うためには、約2900万ユーロ(約37億8000万円)で売却しなければならない。
ただ、今これだけの金額を支払いたいクラブはあるだろうか…。バロンドールを5度も獲得した選手だが、36歳の選手にしては高額であることは確か。稀代のスターは来季もユヴェントスで戦い続けることになるかもしれない。
スター選手のこのような状態について「本当にとても複雑な状況です」とロマーノ氏は認める。
「トップクラスの選手の中には、もう一年今のクラブに残らざるを得ない人も出てくるでしょう。ですが、たとえばパリ・サンジェルマンのキリアン・ムバッペやドルトムントのハーランドについては、価格は据え置きになると思います。彼らの場合は経済危機の影響をあまり受けないでしょう。こういった選手が欲しいなら、今でも大金を支払わなければなりませんね」
「問題になってくるのは、もう少し中間くらいのレベルにある選手たちです。彼らの価値は変化するでしょう。たとえばバルセロナはフィリペ・コウチーニョのような選手の価格を変更しなければならなくなるでしょうし、クラブは入札額が下がることも受け入れなければなりません。給与による支出を抑えなければならないからです」
「これはバルセロナだけの問題ではありません。給与の面で難しい状況にあるクラブはここイタリアだけでなく、イングランドにもたくさんあります。選手に関して大きな損失を受け入れなければならないかもしれないということです。安い金額で売ったとしても、少なくとも支払う給与を減らすことができますからね」
■サッカー界には変化が必要
Gettyそもそもクラブがなぜこのような状況に陥ったのか、じっくりと考えなければならない。パンデミックは誰にも予想することはできなかったかもしれないが、サッカーのビジネスモデルに根本的な欠陥があることは、専門家でなくともわかることだった。
興味深いことに、欧州クラブ協会(ECA)の会長であるアンドレア・アニェッリがすでに移籍市場の再構築に関して急進的な意見を出している。チャンピオンズリーグ参加クラブは他の参加クラブと選手をやりとりしないルールを導入しようというのだ。
だが、本当の問題は、この危機的な状況からいいアイデアが生まれる望みがあるのか、パンデミックをきっかけにすべての人にとってよりフェアで経済的に安定したシステムを構築できるのか、ということだ。
「どこかの段階で業界を正常化する必要があります。パンデミック前の状況に戻すか、現在の状況に対応するかのどちらかですね」とブリッジ氏は主張する。「現時点では不確実なことが多すぎます。この状況がいつ終わるのか、誰も分からないのですから」
「だから、結果として少しずつ変化することになります。パンデミックがあってもフットボール界が変化せず、教訓から学ばなければ、せっかくの機会を本当に逃してしまうことになりますよ」
そうなれば、欧州サッカー界に立ち込める雲は、より暗くなっていくばかりだろう。
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