アンディ・ファースは、朝食の席で肩を叩かれたこと、そして監督のオフィスへ向かう際に感じた恐怖を決して忘れないだろう。
レンジャーズGKは『Goal』の取材に対し、「ゆっくり歩きながら頭をフル回転させていた。何かあったのか、悪いことをしちゃったのか、ってね」と笑顔で語った。
オフィスの扉を開けると、スティーブン・ジェラード監督だけでなく、コーチ陣も勢揃いしていた。全員が厳しい顔をして座っている。
「監督がテレビのリモコンを握っていた。『アンディ、これについて説明してくれないか?』と……。僕は震え上がってスクリーンを見上げた」
映像は前日トレーニングで行われたシュート練習を写したものだった。その時、ジェラードはニヤリと笑った。
「あの練習は監督も参加していたんだ。ボックスの端で彼がボールを持っていて、僕は彼のトレードマークである強烈なシュートに身構えた。だけど見事にやられたよ」
「そしてその場面が巨大なスクリーンに映し出されているんだ! めちゃくちゃ怒られると思っていたのに、めちゃくちゃからかわれたんだよ」
「でも、彼はそういう男なんだ。みんなも知っている通りすごく真面目な人間だ。でも、別の側面もあるんだ」
アンフィールドへ
ジェラードは11月にレンジャーズからアストン・ヴィラへ移籍して以来、大きなインパクトを与え続けている。そして11日、リヴァプールのレジェンドがアンフィールドへと帰ってくる。
2017-18シーズン、リヴァプールのU-18チームを監督していた際に指導を受けたエドヴァルド・タグセスは「変なことになるんじゃないかな?」と語る。
「サポーターからこれ以上ないほどの歓迎を受けると思うよ。でも、どうせ彼のことだから勝つことしか考えていないんだろう。それが彼の本質。正真正銘の勝者なんだ」
「最初は信じられなかったよ。テレビやFIFAでしか見たことがなかった彼がそこにいるんだ。2度見しちゃったね。そして一緒にやっていくうちに、素晴らしい人間であること、素晴らしいコーチであることがすぐにわかった」
またファースは、ジェラードの現役時代にともにトレーニングを経験しており、アカデミーでも指導を受けた過去を持つ。そして2018年夏、レンジャーズ監督に就任したジェラードから声をかけられた。
「U-18の時のジェラードはとても気さくな人だった。もちろん真剣に取り組んで、全てを正確にこなしてはいたんだけど、タイトル争いのプレッシャーはなかったしね。でもレンジャーズでは、また違う顔を見せていた」
監督としてのジェラード
Getty/GOALジェラードが就任した際のレンジャーズは、最大のライバルであるセルティックに大きく水をあけられており、スカッドやメンタリティの面で大改革を必要としていた。ファースは語る。
「いつも『基準』という言葉を口にしていた。毎シーズンの初めに、監督たちは何人かの選手と腰を据えてそのシーズンの『信条』を決めるんだ。どんな些細なことでもカバーできるようなね。毎日のトレーニング、ジム、リカバリー、休養日、遠征、メディア対応、クラブ行事など、あらゆる場面でどういった姿を見せる必要があるのか、とかね」
「チームとして全員がサインしなければならなかった。それは選手同士、そして監督やスタッフにとっての約束だったんだ」
タグセスは、ジェラードが実践的であり親しみやすく、時には残酷なまでに正直なフィードバックをしていたことを振り返る。
「気に入らないことがあればすぐに言ってきたよ! でも同時に何か良いことをすると、もう最高の気分にさせてくれた。彼がメディアで『ジェームズ・ミルナーに似ている』と言ってくれたことがある。様々なポジションを経験していたからね。それが(母国)ノルウェー中に広まったんだ! スティーブンみたいな人から言われると、本当に嬉しくなるね」
ファースもまた、ジェラードのメンタリティについて語っている。
「誰もが彼の“眼光”について語るだろう。叱責するのではなく、ただまっすぐに見つめてくる。そして見つめられた方が崩壊しちゃうんだ! そうだね、あの眼光は浴びたくないよ!」
「彼が就任した最初のシーズン、規律上の問題が山積みだった。レッドカード11枚だったかな? そんなバカな話はない。次のプレシーズンでポルトに行ったんだけど、すぐに厳しく規制されたのを覚えている。最初のミーティングで、規律を守れずチームに迷惑をかけたら重い罰金を科すと警告された。『自滅していては何も勝ち取れない』と指摘し、選手に責任をもたせたんだ。その結果、目覚ましい改善が見られたよね」
「試合当日や個別ミーティングで、彼のリーダーシップや存在感を一番実感したね。圧倒的なメンタリティがあった。誰もがオールドファームやヨーロッパでの大会ばかりに目を向けるけど、彼は相手が誰であっても常に全力で取り組む必要性を叩き込んでくれた」
「伝統的な気質を持っていて、僕らに何度も『最悪なチームと戦うんだ』と言っていた。プレーする権利を勝ち取る必要があると叩き込んでくれた。戦いに臨むことを叩き込んでくれたんだ」
その一方で、選手たちと同じ目線に立つことも忘れていない。むしろ、本能的にそうなってしまうのかもしれない。タゲスは練習中に「割り込んできた」話を笑いながら語る。
「びっくりしたよ! しかも相変わらず素晴らしかった。見ていて楽しかったね。2つのボックスをくっつけて行うロンドで、いつも僕とアブディ・シャリフを選んでいた。僕らが走ってくれると知っていたから、彼は走る必要がなかったね」
ファースも同意見だ。「“選手モード”に入るスイッチがあった。見ていて驚いたよ」と笑った。
ご存知の通り、ジェラードは昨シーズン、レンジャーズを優勝に導いた。セルティックによる支配を終わらせた。それも、無敗でだ。
3月のリビングストン戦後、ドレッシングルームでニール・ダイアモンドの『スウィート・キャロライナ』を踊っていたシーンはファースにとっても鮮やかな思い出となっている。
「これは監督がシーズン通してやっていたことで、よく『曲をかけろ!』と言っていたね。ヨーロッパリーグでガラタサライを破ったときに始まったと思うんだけど、それがあのシーズンのサントラになった」
「リビングストン戦で監督はハーフタイムに退席処分を受けた。僕の隣りに座っていたんだけど、怒り狂っていた。その日のうちに試合を見守るのができないことがわかったね。サイドラインでは動き回れるけど、スタンドでは座りながら大騒ぎだった」
「後半に勝ち越し点が生まれたときには、見たことないほど大喜びだった。純粋に安堵していたんだと思う。ロッカールームではスピーチもせず、みんなと抱き合って音楽をかけながら飛び跳ねていた。あれは一生忘れないね」
クロップの後継者
Getty / Goal11日、そんなジェラードがアンフィールドに帰ってくる。ユルゲン・クロップの後継者と言われる彼を、レッズサポーターが間近で見る初めてのチャンスとなる。
ファースは「選手への接し方がクロップそっくりだよ」と話す。
「ユルゲンとの最初のトレーニングを覚えている。フィリペ・コウチーニョがゴールの角にシュートを蹴り込むと、ユルゲンが走って彼を連れ去ったんだ! 僕らはみんな頭を抱えて笑ったね」
「監督には、選手が自分のことを愛してくれるのと同時に、自分を恐れるというバランスが必要なんだと思う。クロップはそのバランスが見事だし、ジェラードも同じだ。『あの人のために結果を出したい』、そんな気持ちにさせてくれるんだ」
アストン・ヴィラの選手たちは、とんでもない目に遭っているのかもしれない。国境を超えて修行期間を過ごし、10連覇を阻止してレンジャーズのプライドを取り戻したジェラードが、いよいよプレミアリーグでの挑戦を始めたのだ。
次の停車駅は、アンフィールド。絶対に見逃せない一戦だ。
取材・文=ニール・ジョーンズ(『Goal』リヴァプール番記者)




