元フランス代表FWジュスト・フォンテーヌ氏が1日に逝去した。享年89だった。
1933年生まれのフォンテーヌ氏は、1953年に20歳でフランス代表デビューを果たし、1960年まで21キャップを記録。代表でのプレー期間は長くはなかったが、その間30ゴールを叩き出していた。
中でもスウェーデンで開催された1958年ワールドカップでは、レイモン・コパ氏らとともにフランス代表の躍進を支えることに。準決勝でペレ氏擁するブラジル代表に敗れたものの、3位決定戦ではフォンテーヌ氏は4ゴールをマーク。西ドイツ代表に6-3で勝利してチームを3位に導き、自身は6試合で13ゴールを記録して大会得点王になった。なお、この13得点は65年経った今でも破られていない一大会における最多得点記録となっている。
またクラブキャリアでは、アマチュアクラブを経て、ニース、さらにスタッド・ランスでプレー。スタッド・ランスでは公式戦152試合で145ゴールを挙げ、3度のディヴィジョン1優勝などに貢献し、1959年のヨーロピアンカップ(現チャンピオンズリーグ)ではファイナル進出にチームを導いた。そして現役引退後の1967年にはフランス代表を指揮し、その後パリ・サンジェルマンやトゥールーズ、モロッコ代表などで指揮官を務めている。
レジェンドの訃報を受け、フランスサッカー連盟はフォンテーヌ氏を“永遠のゴールスコアラー”、“世界フットボール界のレジェンド”と称え「ジュスト・フォンテーヌの死はフランスフットボールを深い悲しみに沈めた。彼はフランスチームの歴史の最も美しいベージの1つを記した」と綴った。
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