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ドイツの地で激突した日本を代表するMFの2人。遠藤航が長谷部と拳を突き合わせるまで…

アイントラハト・フランクフルトのホームスタジアム、ドイチェ・バンク・パークのロッカールームを出た先には、コロナ禍前にミックスゾーンに指定されていたエリアがある。そのエリアの中央にはトンネルが設営されていて、両チームはここからスタジアムのピッチへと向かう。

初めにこのエリアに現れたのはフランクフルトの選手たちだった。その先頭には赤い腕章を巻いた長谷部誠の姿が見える。同僚の鎌田大地は残念ながら腰痛でチームには帯同していなかった。長谷部は険しい表情を崩さずにチームメイトのGKケヴィン・トラップと何やら会話を交わしている。

遅れてアウェーチームがロッカールームから出てきた。DFマルク=オリヴァー・ケンプフがキャプテンマークを付けているということは、本来の主将であるMFゴンサロ・カストロはベンチスタートのようだ。集団の後方で、マウスピースを咥えた小柄な選手が両足を地面に叩きつけるようにしてウォーミングアップしている。

審判団が先頭に立ち、促されるようにフランクフルトのメンバーが歩を進める。コロナ禍の今は両チームが整列せずに三々五々歩く。仲間に号令をかけた長谷部が顔を左に向けると、おもむろに片手を大きく伸ばした。その先には白いユニホームを着た日本人選手がいて、彼もまた、同じく手を突き出し、互いの拳を軽くぶつけ合った。

VfBシュトゥットガルトの遠藤航には歴戦の猛者たる風情がある。そんな彼の佇まいは一過性のものではない。17歳でプロデビューした湘南ベルマーレ在籍時代、キャリアアップを目論んで移籍した浦和レッズ在籍時代にはブラジル・リオオリンピックのU-23日本代表キャプテンを務め、チームではYBCルヴァンカップ、AFCチャンピオンズリーグの2冠を勝ち取った。勇躍挑んだヨーロッパの舞台でもベルギーリーグ・シント=トロイデンでのデビュー戦で初ゴールをマークしてすぐさま主力に定着すると、さらなる成長を求めてシュトゥットガルトを新天地に定めた。

『虚心坦懐』。

その達観した所作に、遠藤航というプロサッカープレーヤーの得難い個性が表れている。

■シュトゥットガルトでさらなる成長

2021-02-28 Endo Wataru StuttgartGetty Images

2019年夏にシュトゥットガルトへ加入してからの約3か月、遠藤は前任のティム・ヴァルター監督の評価を得られずに試合出場を果たせないでいた。そんな苦境下で、当時の彼はこんなことを言っていた。

「自分がすべきことは常に練習で100パーセントの力を出し続けてその存在を認めてもらうこと。それが出来ずに出場機会を得られなかったら、ここでの期限付き契約を終えて(※2019-20シーズン途中に完全移籍へ移行)ベルギーへ帰るしかないですよね。でも、子どもたちはドイツでの生活に慣れてきたから、また環境が変わるのは申し訳ないかなぁ。うん、子どもたちのためにも頑張らなきゃね。ただ、チャンスを得たときに相応のパフォーマンスを発揮できる準備は常にしていますよ。その機会を活かせるか否か。これが大事な分かれ目になると思いますから」

その後、遠藤はヴァルター監督からアンカーポジションを任され、現任のペジェグリーノ・マタラッツォ監督体制下でもその役割が引き継がれている。遠藤は自らの力で周囲の評価を一変させ、今のステータスをつかみ取った。

今季2シーズンぶりにブンデスリーガ1部へ復帰したシュトゥットガルトはリーガを盛り上げるダークホースとして一目置かれている。世代交代を果たした陣容はフレッシュさを醸し、スピードとパワーを全面に押し出したプレーには迫力がある。そこにマタラッツォ監督が志向する現代的なスタイルが融合し、魅力的なチームが生み出された。

2021-03-08-endo(C)Getty Images

マタラッツォ監督が採用する基本システムは3-4-2-1だが、このチームの選手がピッチに散らばる位置はフレキシブルで、数字上の表記で示すのが難しい。例えば遠藤のポジションは便宜的に『アンカー』と称されるが、本人の説明によると試合開始時の立ち位置はMFオレル・マンガラと横並びで、対戦相手の戦略やポジショニングによってふたりの関係性が変化するという。例えば相手が2トップ+トップ下のような攻撃ユニットを形成したら、遠藤とマンガラは並列に立って構える。逆に相手がリトリートして自陣で構えれば、遠藤は味方3バックの前方スペースに鎮座し、相棒のマンガラは敵陣奥深くまで侵入して彼と縦関係を築く。相手の挙動を見極めてその都度最適ポジションを見出す。いわゆる『ポジショナルプレー』の概念を駆使するマタラッツォ監督のチーム戦術は、絶えず思考しながら最適なプレーを模索する遠藤のパーソナルプレーと相性が良い。

味方に好戦的なプレーヤーがいることも遠藤の潜在能力を引き出す一因になっている。遠藤曰く「本来のウチのストロングポイントはカウンター」という言葉通り、今季のシュトゥットガルトにはFWサイラス・ワマンギトゥカ、MFタンギー・クリバリ、DFボルナ・ソサといった、各ポジションにスピードを武器とする若手選手たちがいる。彼らが仕掛けるカウンターアタックは鋭く、劇的に戦況を変える威力がある。彼らの個性を生かすには縦へのシンプルなダイレクトプレーが望ましい。そう認識する遠藤は今季、格段に前方への縦パス頻度を増やした。味方を生かすことで自らの力をも覚醒させる。意図的ではなく無意識的に、遠藤は自らのプレーレベルを引き上げた。

■それぞれの個性で奮闘

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先述のフランクフルトvsシュトゥットガルト。遠藤はセカンドトップ気味に構える相手FWルカ・ヨヴィッチの周囲に立ち、小型戦車のように屈強な相手得点源を監視し続けた。ヨヴィッチはスピードだけでなく狭小局面でも確実にボールコンタクトしてフィニッシュへ至れる危険な選手だ。そこで遠藤は、オン・ザ・ボール、オフ・ザ・ボールにかかわらずヨヴィッチに身体を密着させてそのプレーを制限した。身動きが取れなくなったヨヴィッチは苦々しく顔を歪め、時間の経過とともに本来留まらねばならないゴール前から離れていった。

目下4位に躍進するフランクフルトと対峙したシュトゥットガルトは一進一退の攻防を展開した。遠藤は広角なフィードパスやドリブル前進などで攻撃の糸口を探り、対人の激しさを増すミドルエリアで踏ん張り続けた。敵である長谷部とはお互いのプレーエリアが離れたことで直接コンタクトする機会が限られたが、それぞれが、それぞれの個性で味方チームを鼓舞する振る舞いには中軸としての気概が溢れていた。

ドイツ・ブンデスリーガの舞台で同じポジションを務める長谷部と遠藤は選手としてのパーソナリティが明確に異なる。熟練の域に達した長谷部は抜群の読みを駆使したポジショニングと攻守へのプレー関与に定評がある中で、試合中にあえて感情を露わにして自らと味方のモチベーションを高めようとする。一方の遠藤は基礎技術を惜しみ無く発揮して威厳を保ちつつ、大抵の場面で平静さを醸し、表面上は感情の昂ぶりを抑えている。

抜けるような青空が広がるドイツ・フランクフルトのドイチェ・バンク・パークで、その試合結果は両チーム譲らず1-1のドローに終わった。燃え盛る熱い闘志と、内面で滾(たぎ)る強固な意志。それぞれの所作こそ異なれど、日本を代表するミッドフィールダーがドイツの地でしのぎを削る姿に、日本サッカーの未来が映る。

夕焼けに染まるピッチに影を残しながら、まだしばらく、逞しき二人が究極の“戦場”で切磋琢磨する姿を観たいと思った。

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