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昨季のラウンド8でバイエルン・ミュンヘンに粉砕されたバルセロナ(2-8)。二度と繰り返さないために新指揮官を招へいし、チーム作りに取り組んできたわけだが、再び欧州の舞台で圧倒的な差を見せつけられている。
16日に行われたチャンピオンズリーグ(CL)決勝ラウンド1回戦ファーストレグで、バルセロナはパリ・サンジェルマン(PSG)と対戦。リオネル・メッシのPKで先制点を手にしたものの、その後キリアン・エムバペにハットトリックを許すなど、1-4と完敗。セカンドレグでの逆転突破には最低4ゴールが必要になるなど、がけっぷちに追い込まれた。
今回のカンプ・ノウでの大敗、原因はどこにあったのだろうか? スペイン大手紙『as』で試合分析を担当するハビ・シジェス氏は「単純にCLのレベルに達していない」と断言する。その理由はどこにあるのだろうか? 今回のビッグマッチを紐解いていく。
文=ハビ・シジェス(Javi Silles)/スペイン紙『as』試合分析担当
翻訳=江間慎一郎
■すべてを台無しにしたゲームプラン
Getty Images欧州の舞台で、バルセロナが困窮を極めている。またも喫した大敗は、彼らがチャンピオンズリーグ(CL)が求めるレベルに達していないことの証明だった。ただ単純に、彼らはレベルに達していないのだ。2018年のローマ戦(CL準々決勝:4-4もアウェイゴール差で逆転敗退)から彼らは失墜し、また失墜して、そのフットボールの退廃をどうやっても止められない。リオネル・メッシも誰も、止めることができない。ここまでラ・リーガで見せていた勢いは、強大なるPSGとキリアン・エムバペが一息で吹き飛ばしてしまった。試合にすら、なっていなかった。
試合の主導権を握ることを常としているバルセロナは、ボールを相手に譲ってしまえば何もできず、ただ貧相な守備を晒すだけとなる。彼らはどんなチームを前にしてもボールを保持して、それを奪われれば前からプレスを仕掛けて……と、真っ向から戦わなければならない。バルサは絶対にバルサでなければならないが、この大事な一戦でそうならなかった。
ロナルド・クーマンは、たとえ完全なものではなくとも、ポジショナルな攻撃の形、見る者を楽しませるパフォーマンスを実現する術を見つけていたはずだった。が、今回はジェラール・ピケ復帰というエモーショナルな出来事や、エムバペのスピードを制止するためのセルジーニョ・デスト起用という策があったにもかかわらず、ゲームプランの過ちがすべてを台無しにしている。
■エムバペという存在
GettyPSGを前にしたバルセロナはあまりに消極的で、ボールポゼッションにこだわらなかった。ポジショニングの劣悪さ、デュエルにおける低いインテンシティー(PSGの勝利数が26回も多かった)と、そうした姿勢の不都合はすぐさま表れている。PSG監督マウリシオ・ポチェッティーノはバルセロナのどこが穴なのかをしっかりと理解していた。アルゼンチン指揮官が下した重要な決断の一つが、パブロ・サラビアではなくモイゼ・ケーンを起用したこと。ジョルディ・アルバの後方のスペースを突くことは、バルセロナと対戦するどのチームも狙うところであり、この若きアタッカーの加速力は間違いなく効果てきめんである。ただし、PSGのお気に入りのルートはそちらではなく、やはりエムバペのいる左サイドだった。
エムバペは囮であり、チャンスメーカーであり、フィニッシャーだ。すべてをこなし、見事にこなす。この試合では3ゴールを決め、9回のドリブル突破を見せて、4回のビッグチャンスを生み出した。ポジショニングではいつものようにサイドに開くことはなく、内に絞ることでバルセロナに問題を生じさせている。デストを引き寄せてレイヴァン・クルザワがオーバーラップするスペースをつくり出したほか、現在のバルセロナの動きでは手がつけられない爆発的なドリブルでもって、CBとSBの間を突破。血の匂いを嗅ぎつけると、猛然と食らいついていった。幼いデスト、試合勘のないピケ、こうしたビッグマッチにもう耐え切れなくなっているセルヒオ・ブスケッツにとって、フランスのスターは如何ともし難い存在だった。加えてエムバペは、いつものようにサイドに張り出すこともあり、その場合にはインサイドハーフに飛び出すスペースを提供。マルコ・ヴェッラッティ(PSGにおいて二大スターと並んで重要な存在だ)との連係も見事そのものだった。
PSGがバルセロナをはるかに上回っていたのはエムバペのおかげであり、また同様にポチェッティーノの施策のおかげでもある。彼らはバルセロナが前からプレスを仕掛けなかったために、様々な形でボールをつないでいった。マルキーニョスとプレスネル・キンペンベが、統率なくプレスをかけてくるウスマン・デンベレ、アントワーヌ・グリーズマン、ぺドリを引き寄せると、中央とサイドの両方から攻撃を構築。そしてレアンドロ・パレデスの縦パスから一気にスイッチを入れて、そこからはヴェッラッティとエムバペの独壇場となった。イタリア人はブスケッツの脇で容易にパスを受けることができ、エムバペもフレンキー・デ・ヨングの警戒を巧みに逃れて、バルセロナのボールを取り戻すという目論見は脆くも崩れ去っている。
ポチェッティーノの戦術がクーマンのそれに優っていることをまざまざと表していたのは、二つの似たようなプレーだった。エムバペ&ケーンが内に入ってデスト&J・アルバを持ち場から離れさせると、そうして空いたスペースをクルザワ&フロレンツィが使うわけだが、バルセロナはデンベレ&グリーズマンが彼らのことを追いかけなければならない。しかし、バルセロナの両ウィングが守備に尽力し続けることができないのは、もう知られているところである。そのために前半は、クルザワが高速道路を走っているような状況だった。グリーズマンは守備にも力を入れていたものの、彼に自陣ペナルティーエリアまで戻ることを義務付けるわけにはいかず、PSGはクーマンがリアクションできない状況をつくり出すことに成功。そうしてプレスを受けることなく実行できたマルキーニョスのサイドチェンジ(合計7本)、パレデスのロングボールがバルセロナを倒壊させ、PSGの最初の2ゴールがほとんど同じ流れから生まれている。PSGは攻撃の構築においていくつもの選択肢を持ち、ラインを破るパスをどこからでも出せたために、極めて快適に試合を運んでいった。
■記憶喪失
(C)Getty Imagesバルセロナの苦しい状況は、メッシの役割の変遷からも窺い知れた。試合序盤の彼は前線にとどまり、攻撃を構築するゾーンから距離を置いていたが、構築が行き詰まる状況を受けて頻繁に下がるようになった。メッシはボールを通じてチームメートとつながる選手であり、もしボールが届かなければ、苛立ちを覚えることになる(この試合のボールタッチ数は66回、チャンスメイク数は3回のみ……)。バルセロナのかすかな創造性は彼のスパイクと、ぺドリ&デ・ヨングの深みを取る動きにのみ存在していた。
ぺドリがゲイェに脇でボールを受け取れるとき、またはデ・ヨングが2列目からペナルティーエリア内に飛び出すときにメッシは決定的なパスの出しどころを見つけることができたが、そうした機会は数えるほどしかなかった。むしろ、メッシが中盤まで下がって創造性を発揮することで、バルサはフィニッシュフェーズにおける光明を見失っていた。その理由は、残りの前線の選手たちのプレーが劣悪で、10番が中盤からペナルティーエリアへと向かう時間がまったくなかったため。J・アルバは(こうした大舞台ではいつものことだが)ひどい出来で、デンベレは以前のデンベレに戻ってしまい、グリーズマンはアトレティコ・デ・マドリー時代のグリーズマンに戻れなかった。対してPSGは、メッシとJ・アルバのパス交換を封じるためにケーンがフロンツィのサポートに回り、デンベレについては2人か3人を相手にドリブルを仕掛けることを強いている。
メッシにとって理想的な場所は、今のバルセロナにはもう存在しない。もう誰も、彼について行けないのだから。バルセロナの前に広がる景色は荒涼としていて、チャンピオンズ優勝はもはや蜃気楼のようにゆらめている。チームは貧血症となり、過去の記憶がどんどんと蝕まれているのだから。守備組織について心配ばかりしているクーマンは、バルセロナが本当はどうあるべきかを忘れてしまい、PSGの豊潤な技術、戦術、フィジカル、そして途方もないエムバペに圧倒されることになった。未来はバルセロナではなく、エムバペとともにある。




