今季限りでの現役引退を発表した浦和レッズのFW興梠慎三が引退会見で、引退後のキャリアや目標について明かした。
31日に会見を開いた興梠は、自身が2024シーズンをもって現役を退くことを発表。2005年に鹿島アントラーズでプロデビュー後、浦和レッズ、北海道コンサドーレ札幌でプレーし、チームでは数々のJ1リーグタイトル獲得、浦和では2度のAFCチャンピオンズリーグ制覇。個人としてはJ1リーグ初の18年連続ゴール、J1歴代得点ランキング2位通算168ゴールなどの記録を達成した日本を代表するストライカーが20年のキャリアに幕を下ろす決断を下した。
現役キャリア20年間で3クラブに所属してプレーした興梠は、「どのチームも素晴らしいチームでここが良いというのは言えないですけど…」と前置きした上で、「浦和はすごくやりがいがあって、何よりサポーターの数がすごく多くて、鹿島から浦和に来るときもなかなかサポーターの皆さんはそう簡単に受け入れてくれない、応援されないというのを聞かされていたので、どうにかしてサポーターの気持ちを、心を掴んで認めてもらうんだという気持ちで来ました」と浦和への加入当初を回想。「認めてもらったかどうかはわからないですけど、自分のチャントができたときはすごく嬉しかったのを今でも覚えています。そういう厳しいチームに来られたこと、そこで自分がたくさんのゴールを決めたことをすごく嬉しく思います。本当にこのビッグクラブに来て良かったなと思います」と語った。
そして、自身のキャリアで忘れられない出来事や大切だった出来事について、「僕は『この人のために頑張ろう』と思える人と出会うことが大切だなと思っていて、それが自分の中ではミシャでした」と浦和レッズ時代に出会い、現在は北海道コンサドーレ札幌で指揮を執るミハイロ・ペトロヴィッチ監督を恩師とし、「この人のためにタイトルを取りたい、この人のために1試合1試合全力で戦い、勝ち点3を積み上げていき、良いチームにしたいという一心でミシャの時はやっていました。そういう人と会うことが大切だと思うし、誰かのためにやれば、自分自身もすごく成長しますし、そういう出会いは必要かなと思います」と続けた。
そんな恩師へ引退報告をしたときのことを説明。「ミシャには通訳の方を通して伝えました。『そうか、お疲れ様』という言葉を頂いて、札幌から浦和に戻る時も引退覚悟で戻ります、と伝えていたので驚きはそんなになかったのかなと思います」と語った。
その後、会見中に引退後のキャリアについて「裏方として浦和レッズをサポートしていきたいと思います」と口にしていた興梠が「僕もいずれかは監督の道に進みたいと思います」と明言。自身が描く監督像は恩師を模倣したもの。「ミシャの哲学は『自分が攻めていれば、攻められることはない。ボクシングで例えれば、ジャブを打っていれば、相手は手は出てこない。ずっと防御したままだ。だから攻め続けろ』。そういうタイプでした。僕が監督になったらこうしたいと思っていたものをそのままやっていた監督です。ミシャのサッカーは美しくて、見る人を魅了するサッカーだと思います。そういうサッカーも僕もしたいと思いますし、ミシャから今まで教わってきたことを僕が監督になったときにはそれを若い選手に叩き込み、ミシャみたいな美しいサッカーをしていきたいと思います」と指導者キャリアに意気込んだ。
そして、指導者としての目標として、「浦和の監督になって自分が獲れなかったJリーグタイトルを取りに行きます」と掲げた。

