2シーズン目が開幕を迎えたWEリーグ。新シーズン開幕の高揚感がある一方で、心配事もあるのは確かだ。
創設初年度だった昨シーズンのWEリーグは、全体的なプレー強度の向上や試合のテンポアップといった競技面での成果は十分に感じられた。しかし、ひざに大怪我を負う選手が多かったのも印象的だ。
最も深刻なひざの怪我の1つである前十字靭帯損傷のリスクは、女性が男性より5倍も大きいという研究結果もある。
女性の方がひざの大怪我を負いやすい要因としては、X脚気味で膝が内側に入りやすい女性特有の骨格、大腿四頭筋やハムストリングなど膝の曲げ伸ばしに関わる筋力の不足、生理前の約2週間に分泌されるホルモンがもたらす関節のゆるみなどが挙げられるという。
前十字靭帯を断裂して靱帯の再建手術を受けると、競技復帰まで少なくとも半年以上、一般的には8ヶ月から9ヶ月ほどかかる。よって、昨シーズン中にひざを怪我した多くのWEリーガーの多くが、創設2年目の今シーズン中に復活を目指して日々努力を続けている。
そのうちの1人が、浦和Lに所属するMF栗島朱里だ。
実は筆者と栗島は大学時代の同級生で友人関係にある。記者と選手が互いの立場以上の関係性であることに賛否両論はあるだろうが、ここはどうか目をつむっていただきたい。
今年7月末に男子の日本代表戦でFW宮市亮が彼にとって3度目の前十字靭帯断裂という悲劇に見舞われた時、今回の企画が頭に浮かんだ。将来、同じ怪我で苦しむことになってしまう選手の道しるべとなるよう、なかなか表に出てこない長期離脱中の努力や葛藤、復帰に向けた心境、怪我との向き合い方などを記録し残しておくために、栗島以上の人材はいないとも感じた。
そして、記者と選手という距離感ではなく友人だからこそ聞き出せることもあるのではないか、と。そんな自分の身勝手な依頼に快く協力してくれた栗島に、まずは感謝を伝えたい。【取材・文:舩木渉】
■自身2度目の重傷「サッカーを辞めようか」
今でも鮮明に思い出せる。2021年10月14日の夕方だった。普段と何も変わらず、雑談的な内容のLINEを送ると、栗島からこんな返事が送られてきた。
「今日の練習で前十字切っちゃった」
あまりに衝撃的な一言。冗談だと信じたかったが、そんなことはなかった。ちょうど、新たに就任した池田太監督が初めてのなでしこジャパン招集メンバーを発表した直後でもあった。そこに彼女の名前はなかった。
WEリーグ開幕から好パフォーマンスを継続し、2年ぶりの代表復帰もありえるのではないかと感じていた矢先の悲劇だった。栗島は受傷時の様子を次のように振り返る。
「週末にサンフレッチェ広島レジーナとの試合を控えた木曜日でした。その日はちょうど試合会場になる浦和駒場スタジアムで練習ができる日で、最後にゲーム形式のメニューをやっていた時でした。
ルーズボールを取りにいったら、相手チーム側に入っていたチームメイトと接触して、普通に着地できたと思ったんですけど、衝撃で右ひざの上の骨と下の骨がズレた感覚がしたんです。そのまま倒れて、練習からはすぐに外れました」
「パキッ」という音で重傷であることを確信した栗島。医師による診断は右ひざ前十字靭帯の断裂。木曜日に負傷して「サッカーを辞めようか」という考えも頭をよぎったが、金曜日に検査をして正確な症状が判明、次の月曜日に手術と、考える暇もないほどにトントン拍子でリハビリへと移ることとなった。
栗島は2014年6月にも長期離脱を要する大怪我を負ったことがある。相手が蹴ろうとしたロングパスをブロックするために片足で跳び、そのボールが右足に当たって空中での姿勢が崩れたまま左足で着地した瞬間、左ひざが壊れた。当時の診断は前十字靭帯断裂に内側側副靱帯と半月板の損傷も重なるの重傷で、実戦復帰までに約11ヶ月かかった。
左ひざの時は患部の炎症による腫れがなかなか引かなかったことと、大学の夏休みに合わせる目的もあり、受傷から手術まで1ヶ月が空いた。しばらく松葉杖をついて大学に通ってきていた姿をよく覚えている。
今回もは前十字靭帯断裂で、クラブから発表された全治期間は「8ヶ月」。すぐに手術ができたため、リハビリもいち早く始めることができた。だからこそ、順調に復帰できるかと思われた。だが、物事はそんなにうまくいかない。腫れが残ったまま手術をしたこともあって、初期段階からリハビリが思うように進まず、その後も何度か大きな壁にぶつかった。
受傷から約4ヶ月が経った頃、医師からこう告げられた。
「あなたのひざは伸びていない」
ジョギングなども始められていたが、自分が思っていたほどにひざを伸ばすことができず、、そのままでは次の段階に進めないことに。一度、全てをリセットしてひざをしっかりと伸ばすことに力を注ぐことになった。自宅では重さをあえて加えるリハビリ方法として、米の袋をひざの上に置いて、1時間経ったら外して、曲げ伸ばしをして、また載せるという地味な努力を続けた。
「前十字靭帯のリハビリで、一気に大きく進む人はいなくて、着実に一歩一歩進んでいくしかないんです」
一歩ずつ復帰に近づいていたところで、またしても栗島をどん底に突き落とす事件が立て続けに起きた。
■同僚の再受傷に感じた恐怖「次は自分じゃないか」
自分よりも先に前十字靭帯の負傷からの復帰を目指してリハビリしていたDF長船加奈とMF一法師央佳が立て続けに再受傷。揃って今年4月に手術を受けることになったのだ。2人にとっても悪夢のような出来事だが、隣で再受傷する様子を見ていた栗島も大きなトラウマを背負うことになった。
「『同じチームに2人も再受傷するのか? 何か原因あるんじゃないか?』と思いましたね。もし続くなら順番的に次は自分だし、このまま同じリハビリをしていたら同じ運命を辿るのではないかと思って本当に怖かったです。
長船選手と一法師選手が受傷したところも見ていたので、そのシーンがめちゃくちゃ頭の中に流れて、夜寝る前とかに考えちゃうんです。自分の中にそういう嫌なイメージができてしまって、とにかく怖い。自分にとって2人の再受傷はリハビリ中で最悪の出来事の1つでした」
リハビリがうまく進まない、再断裂の恐怖もある。精神的にも追い込まれた栗島は一時的に「何かしようとしても、全く手につかない」状態に陥ったという。だが、周りの人たちの「待っているよ」という言葉や様々な助けを借りながら立ち直り、再び前を向くことができるようになった。
小さな幸せが大きな喜びに変わった。受傷後、初めてボールを蹴った際には「え!? 自分のひざ心許な!」と驚いたが、またボールを蹴れるようになっただけでも「本当に嬉しかった」と振り返る。
「(左ひざの前十字靭帯を断裂した)19歳の時は無敵だった。何も考えていなかったのかもしれません。年齢を重ねて、経験も積んで、慎重になったり不安になったりすることが増えていると思います。もちろん復帰できないのではないかと感じたこともありました。
長船選手と一法師選手が再受傷した時は、次は自分かもしれないと思って本当に怖かったし、こんなに怖いならいっそのこと自分の意思でサッカーを辞めてしまおうかと考えたことも。でも、そこでより真剣に自分と向き合わなければいけない。最終的には今回のリハビリを通して、自分のサッカー人生だからできることは最大限にやろうと考えるようになりました」
■負傷から1年。喜びを噛み締めた待望の復帰
受傷から約10ヶ月が経過した8月初旬にはゲーム形式の練習にも合流できるようになったが、公式戦への復帰には慎重を期した。10月のWEリーグ開幕に照準を合わせ、WEリーグカップでの復帰は見送った。
まだ受傷時と同じようなルーズボールの競り合いには多少の怖さが残っているというが、それも毎日少しずつ改善されている。
「今はもう全ての練習に入れていて、練習試合にも出場しています。先週よりも今週より怖さがなくなっているし、来週はもっとうまくできるようになるという実感もあります。もちろんWEリーグ開幕戦からメンバーに入って、試合に出たい。そこを目標にしてリハビリをしてきましたから。ただ、もし開幕戦に出られなくても、シーズンは長いので、怪我なく試合に出場し続けられるように準備していきたいと思っています」
待ちに待った瞬間は10月23日に行われたWEリーグ開幕戦、AC長野パルセイロ・レディース戦で訪れた。61分、DF遠藤優との交代で1年ぶりの公式戦復帰。栗島は7年前に左ひざの大怪我から復帰した時と同じ右サイドバックとして再びピッチに立った。
「やっぱりすごく緊張しました。ただ、みんなが『頑張って!』と背中を押してくれたので、自信を持って入ろうと思えた。いざプレーをしたら、すごく楽しかったです」
交代出場する時間は想定よりもだいぶ早かった。それでもベンチで他のサブの選手たちや監督、スタッフ1人ひとりからエールを送られ、より前向きな気持ちでタッチラインをまたぐことができた。
これまでは怖さが残っていたルーズボールの競り合いも「今日は感覚的にほぼ何も考えず、怖いという気持ちもなく勝負できた」と語る。1年ぶりの公式戦で「昨日より今日、今日より明日という感じで進めている」実感を得ることができた。終盤にはチームの3点目をスローインでアシストし、3-2での開幕戦勝利にも大きく貢献した。
試合後のインタビューで元気よく「みなさん、ただいまー!」と挨拶すると、埼玉スタジアム2〇〇2に集まった4000人以上のファン・サポーターに復帰を祝福された。しかし、言葉に詰まって、涙を流しているように見える場面も。それは同じ怪我でリハビリ中の長船や一法師、GK鈴木佐和子、GK池田咲紀子の4人への思いを語っている時だった。
「同じ怪我をしている船さん(長船)、(一法師)央佳、池さん(池田)、(鈴木)佐和子。この4人がリハビリをすごく支えてくれて、本当にみんなと一緒にここまで頑張ってきました。ありがとう、4人」
「私が復帰しないと、同じ怪我をした4人がまたどん底に突き落とされると思ったので、まずは私が完全復活して、みんなが復帰できるんだというその道筋ができるように頑張りました」
ピッチへの帰還は、あくまでスタートライン。栗島はこれから自らのパフォーマンスによって支えてくれた人々への感謝を伝えていくつもりでいる。
「家族も、リハビリを一緒にやってきたチームメイトも、怪我をしてないチームメイトもずっと気にかけてくれていました。そして、リハビリをずっとここまで一緒にやってきてくれた先生も。感謝を伝えたい人は本当に数えきれないくらいいます」
「サッカー選手である限り、自分が復帰してピッチでまた活躍できるんだという姿を見せることが何よりも一番大事。ここまで支えてくれた人に何で恩返しするかと言ったら、試合に出て自分が活躍するしかない。何が何でも試合に出て、復活してやるという気持ちでいます」
栗島は「私はあまり先を見すぎると頑張れないタイプなので」と笑うが、「現役でいる限りはもちろんもう一度なでしこジャパンに選ばれたいし、そこを目指さなければ意味がない」と言葉に力を込める。
前十字靭帯の損傷や断裂は、選手のキャリアを大きく左右しかねない大怪我だ。そこから復帰して元気にプレーし、さらに飛躍していく姿を見せることは、今まさに同じ怪我で苦しんでいる選手や将来同じように苦しむかもしれない選手にとっての大きな希望になる。
怪我の痛みは当事者にしかわからないが、それを乗り越えた経験を知ることはできるし、共有された知見やエネルギーによって同じ境遇に置かれたアスリートの苦しみを和らげることもできるのではないだろうか。
1人の記者として、そして友人として、栗島の完全復活を心から楽しみにしている。同時に今回の企画原稿やポッドキャスト内での栗島の言葉が、少しでも誰かの後押しになることを願ってやまない。
取材・文/舩木渉

