生まれ持った体格だから、不自由だから、女だから。見えにくいが確かに存在する「スポーツの壁」。
アンダーアーマーが掲げる『スポーツの壁を、突き破れ』。これはスポーツにおける「見えない壁」に対し、アスリートとともに立ち向かう姿勢を表明するキャンペーンだ。「壁」にぶつかりながらも奮闘するアスリートにフォーカスすることで、同種の壁にぶつかるアスリートを勇気づけようという目的がある。
今回紹介するのは、冨澤拓海。本キャンペーンのブランドムービーに出演する身長168cmのゴールキーパーだ。
昨今190cm以上の体格も珍しくないプロGKの世界。冨澤は19歳でニュージーランドに渡って以来、海外クラブとの契約を勝ち取り続けている。
現在25歳、コリマル・レンジャーズ FC (オーストラリア)に所属する。身長だけがGKの武器ではないと証明し続ける彼のモチベーションはどこから湧いてくるのか。話を聞いた。
ニュージーランド、モンゴル、そしてジブラルタル
冨澤は、5歳の時に生で観戦した2002年の日韓ワールドカップをきっかけにサッカーを始めている。しかし、その思い出は楽しいものばかりではなかった。
小学生の頃からGKとしてプレーするものの、「背が低い」という理由から、PK戦で背が高いFWの選手と交代させられた。このことは、苦い思い出として今も胸に刻まれている。中学、高校でもフィジカル面を含めて能力が足りず、試合出場のチャンスを掴めなかったり、セレクションにも落ちたりするなど苦しんだと言う。
しかし冨澤は「プロを目指すなら身長はただの言い訳でしかない」という信念を持ちサッカーに、GKというポジションに向き合ってきた。「続けると決めたのは自分だから、それを困難な道だと思ったことはない」と振り返る。
そんな冨澤の思いを家族も支え続けた。日本だけではなく、海外クラブやセミプロリーグの情報なども熱心に集め、息子に多くの選択肢を示していった。そして冨澤は19歳で単身ニュージーランドに渡り、翌年はモンゴルでプレー。コロナ禍前の2019年に選んだ場所はイベリア半島南部にあるイギリスの海外領土・ジブラルタルだった。
「中学生でスペイン遠征して以来『ヨーロッパでプレーしたい』と考えていました。クラブを探しているなか、偶然ドキュメンタリー番組で知ったジブラルタルが思い浮かんで、行ってみようかなと。大学の授業を受けるかたわら現地のチームをリストアップして、片っ端から電話をかけました」
多くのサッカー選手は基本的にエージェント経由でクラブと交渉するが、冨澤は、「僕はエージェントが付かないんです。身長が低いから」と語る。海外のトライアウトの募集も、GK以外という条件がほとんどでさらに狭き門となっている。そのため毎回、自らクラブの連絡先を調べ、直接交渉をしていった。
好機を待つのではなく、とにかく自身で調べ行動し、切符を掴み取っていく。そのポジティブな行動力は驚くべきものだ。選手としてプレーした場所は日本を入れて5カ国だが、サッカー関連の仕事で訪れた国は30カ国にものぼる。
当時冨澤が選んだジブラルタルは、スペイン南部に位置するイギリス領土という複雑な土地柄。ゆえに国同士の「都合」が重なっている。その隙間からチャンスに手を伸ばす。
「実はイギリスのビザ取得は厳しくて、日本代表で約70%以上試合するなど、条件を満たさないとビザが下りないんです。ですが調べるうちスペインでイギリスのビザを取って住むことさえできれば、イギリス国内でプレーできるんじゃないかと思い浮かんだんです。すぐにイギリスの領事館・大使館とスペインの大使館にも問い合わせました」
しかし返答は「ジブラルタルは海外領土のため管轄が異なる」というもの。そこでジブラルタル側に問い合わせると「イギリスの規定に従う」という見事なたらい回し。この時点で多くの日本人は諦めるところだが、冨澤は諦めなかった。
「調べてみたらスペインであればワーキングホリデーで1年間ビザが取れて、しかもビザを使い切った後も、スペインで収入を得なければ非就労ビザのようなものが下りると知ったんです。領事館も誰も教えてくれなくて、行ってみてから分かったことなんですが……」
スペインに住みながら、試合のたびにパスポートを持って国境を渡りプレーする日々が続いた。しかし1シーズン過ぎた頃にコロナ禍に見舞われ帰国。2年間は日本国内でプレーしたのち、22年にオーストラリアのコリマル・レンジャーズ FC へと渡る。25歳になっていた。
平坦ではない中でもサッカーを続ける理由「やりたいからやるだけ」
ピッチの中だけではない冨澤のハングリー精神。自分の感性を信じて道を切り拓き続けるモチベーションは、どこからくるのだろう。その精神の源は、彼を導いてきた恩師たちの言葉だった。
「『身長が低いんだから、人の10倍練習して人の10倍飛べ』って言われてきたんです。前橋育英高校とかでキーパーコーチをしていた恩師が『言い訳は進歩の敵』ってずっと言っていました。あとは『まずは一人の人間として格好よくなりなさい』とも。海外でプレーできても、サッカー選手である前にナイスガイじゃないとチームの輪に入っていけませんから。この三つの言葉は、今でも大切にしています」
「今も言い訳ばっかりしてますけど」と照れながら付け加える冨澤。こうした精神を持ち、チームメイトとコミュニケーションを取るために、「国籍とか関係なく、ひとりの人間として接する。あとはその国にちゃんと“入ろう”とする」ことを日頃から意識していると言う。
「海外に出ている以上、周りの外国人にとって日本人の代表は僕。言ったら日本代表なんですよ。そういう点も含めて、『誰から見られても格好いい人間でいたい』とは思っています」
常に虎視眈々とチャンスを狙いつつも、頑なにならず柔軟にその国のムードに溶け込みコミュニケーションを図っていく。こうした経験の蓄積は、選手としてのスキルに確かに生かされている。
「サッカーのトレンドは日々変化します。例えば僕はモンゴルでプレーした経験がありますが、サッカーにおいてはヨーロッパ等に比べて遅れを取っている国に行くわけです。そうしたときに、自分自身が学ぼうとしないかぎり、新たな学びは得られない。だから自分はずっとサッカーを学び続けていられるんです」
「一箇所にずっといると飽きちゃうんですよね(笑)。いろんなものを見てみたい。自分はサッカーがそこまでうまくないかもしれないけど、行動力はサッカー選手で一番あると思います」
モンゴルではリーグで3位の結果を残して最優秀外国人選手の候補に入り、オールスターにも選出されている。
今はオーストラリアでプレーするが、語学面も上達し、チームメイトとのコミュニケーションの幅も増えた。「チームのニーズに合わせるのが若い頃に比べてうまくなった」と、海外で揉まれた手応えを感じている。
飽き性を自称しながらも、GKというポジションへの熱意だけはこの先も変わらないだろう。
「キーパーを辞めようと思ったことは一度もないですね。常にキーパーが楽しいって思わせ続けてくれた指導者がいましたし、キーパーの面白さにハマってしまったので。キーパーを辞めたいとか、ポジションを変えようとか考えたことは一度もないです」
冨澤は今回のアンダーアーマーのブランドムービー撮影を振り返りながら率直な思いを明かした。
「正直、僕自身は身長が低いことをウリにはしたくない。ただやりたいからやっているだけ。身長が低いからプロサッカー選手としての可能性は限られるかもしれませんが、だからといってサッカーを続けるのが難しいと思ったことはありません」
プロになるには多くの道がある。Jリーガーだけがプロ選手のすべてではない。
「サッカー辞めたいなと思っている子に、自分を通して『こんなストーリーが描けるかもしれない』という希望になれば嬉しい」とメッセージを送る。その言葉からは「壁があるなら、乗り越えればいい」というエネルギーがひしひしと伝わってきた。「越えられない壁はない」。それは彼の歩いてきた道のりが証明している。