■違和感
ここはスペイン首都のマドリー郊外にあるアルコルコン。人口は16万人ほどで、電車の駅から降りれば、その閑静さにすぐベッドタウンであることが分かる。道を歩いているのは、ほとんどが人口66万人を誇るサラゴサからやって来たレアル・サラゴサのサポーターだ。彼らは僕の東洋顔を見るたびに「そういうことだろう」とでも言いたげな笑みを投げかけてきた。背番号23と「KAGAWA」をプリントしたユニフォームを来ているサポーターが、特にそうだった。
ここに拠を構えるADアルコルコンのスタジアム、サント・ドミンゴの収容人数は5500人で、リーガ1部クラブのスタジアム周辺に比べるとやはり人はまばらだ。人混みをかき分けて進む必要などなく、それぞれがどんな表情で試合を迎えようとしているのかを確認して歩く余裕すらある。そんな風に歩きながら記者の受付口へ向かっていると、後ろからマドリーの中心街でたこ焼き屋バロン・トキオを営む日本人の知り合いに声をかけられた。彼のお目当ては、僕と同じく、もちろん香川真司である。
「このスタジアムは前にも一回来たことあるんですけど、ここで香川を見られるなんて思いもしませんでした」、若くしてたこ焼き屋を経営する彼はそう言った。
確かに、違和感はある。普段は何十列も上にある記者席だって、サント・ドミンゴならば一桁台にあり、コーナーフラッグあたりの芝生は席に腰を下ろしたならば完全に隠れてしまう。ラージョ・バジェカーノの監督パコ・ヘメスにインタビューした際に「ピッチレベルでは、はっきり言って何が起こっているか分からない。今日の試合は最低だったと思って家に帰って、テレビで見返してみると、とても良かったってことがある」と話していたが、それが少し理解できるくらいにピッチを見下ろすための角度がない。
(C)Shinichiro Ema当たり前のことだけれど、当たり前という感覚を与えることなく香川はピッチにいた。これだけ近い位置から見ると、ほかの選手と比べて体格が小さいことが浮き彫りになる。しかしアップ中から誰よりも手を叩いて、チームメートを鼓舞していたのが彼だった。誰よりも軽そうな体で、誰よりも重い責任を背負っていたのが、彼だった……。
■最高の挑戦

サラゴサにとって香川は、鳴り物入りで加入した救世主のような存在だ。サラゴサが彼の獲得を発表したとき、サポーターは大きな喜びに包まれた。2013-14シーズンに2部に降格し、財政難に苦しみながら1部に戻る術を失っていたクラブのサポーターにとって「Shinji Kagawa」という選手はあまりにも高名であり、我がクラブに加入するなど信じられないことだった。それはクラブのスポーツダイレクターを務めるラロ・アランテギも「香川という名前が挙がったとき、当たり前だが獲得は不可能なように思えた」と認めるところだ。
だが、この日本人MFのスペインで挑戦したいという熱意が飛び越えられないハードルを下げ、不可能に思えたことは可能になった。おそらく香川であれば、まだ通用するかどうかを証明していなかったスペイン以外では、これまでの実積にふさわしい舞台で戦えることだってできたろう。ところが、彼は泥にまみれることを厭わなかった。覚悟を決めていた。だからこそサラゴサの入団会見で、スペインでの日々を2部からスタートすることを「最高の挑戦」とまで形容したのだった。
「僕にとって最高の挑戦なんじゃないかと。ドルトムントやマンチェスターでいろいろな経験をさせてもらって30代に入り、本当に最高の挑戦ができるのではないかなと。自分の決断に満足しているし、このチームを昇格させるためにすべてを出し尽くして、頑張っていきたいと思っています」
■格
(C)Mutsu KAWAMORIさて、アルコルコンとサラゴサの試合が始まる。ピッチで繰り広げられるのは、いつも通りの2部らしい試合である。組織的ではあるものの、1部と比べれば技術が追いつかず、パスが少しずれる分だけ激しい肉弾戦の回数が増える。レアル・サラゴサは再び香川をトップ下とする4-3-1-2を使用したが、連携はいまだにスムーズとは言えず、彼を省略してルイス・スアレス、ラファエル・ドゥワメナの2トップに直接ボールを出す展開も少なくはなかった。
だが、アルコルコンのMFとDFのライン間のスペースが空くことも間々あり、加えてCKやFKも得られていたために香川が攻撃に絡む回数はこれまでより増えた。そして彼がボールに触れさえすれば、サラゴサのフィニッシュの確度は間違いなく上がり、チームの恩恵となる。日本人MFがライン間でボールを受けて素早く反転してから出すスルーパス、クロス、コーナーキック、フリーキックの精度と美しさは、2部レベルでは群を抜く。
36分に迎えたペナルティーエリア手前からのフリーキックの場面、香川がエリア内左に送ったボールは、鋭く曲がりながら急落下してニエトのヘディングシュートを導き出している。1部レベルだとしてもそうは見ない弾道だったが、2部でもとりわけローカル感が強い、ピッチを見下ろせないスタジアムだったためにボールの軌道をこの目で、映像での確認を必要とせずに見届けることができるなど、皮肉以外の何物でもなかった。サラゴサのある選手は、泥臭くもある2部の試合で香川が触れたボールは「香水がふりかけられたようだ」と語っていたが、その直喩表現には全面的に頷きたくなる。前半だけで4回もアシスト未遂をした香川のプレーは、2部で見るには贅沢なものだった。
ただし、香川はボールに上等な香水をつけても、自らにつくその匂いは汗でかき消していた。攻守両面でチームメートに何度も指示を送り、自分自身はそう指示する理由を体現すべく泥臭く走って、走って、走りまくっていた。その姿から連想したのは、大物バンドのボーカルが、本来は出るはずのない地方のフェスに殴り込む感じだ。目をぎらつかせてステージ狭しと走り回り、バンドメンバーを鼓舞して、今日が引退の日であるかのように声を張り上げる……。音楽、というかフットボールの原始的なものが残る場で、なぜそこが似つかわしくないまでの高みに到達したのかを、香川は示したかのようだった。彼は、格が違った。
■褒美
(C)Goalサラゴサ加入後初となるフル出場を果たした香川は、終了間際にサラゴサが仕掛けたカウンターからの得点にヒールパスで絡み、3-0の勝利に貢献。流麗なパスワークによって、チーム全体で決めたゴールは、日本MFが発揮する姿勢、リーダーシップに呼応したみたいだった。しかし、これはフットボールであり、一人だけ格を見せつければいいというものではない。香川の目標は、サラゴサとともに1部に昇格すること、結果を出すことにほかならない。試合後、彼が強調したのは満足感ではなく、そこを見据えて歩み続ける必要性だった。
「勝ちたいですし、勝つために来たので。やはり物足りないことはたくさんあるし、それを練習の中からやり続けていくしかない。もっともっと僕たちは……攻守の切り替えも、連動も、意識を高めていかなくちゃいけない。チームにもそのことに気づいてもらうために練習から声をかけていますし、選手たちもみんな聞く耳を持ってくれています」
「誰がどう言おうが、周りがどう言おうが、やっぱり最後に昇格できているのか、結果を残しているのかというところに目を向けてこの1年やりたいので、そういう意味でやることはたくさんあるし、そのやることを楽しみながらやり続けていければ、必ず達成できると思っています」
憧れの地スペインでの挑戦を、香川はストイックにスタートさせた。それはこれまでのキャリアの褒美などではなく、這い上がるための挑戦。彼にしてみれば「最高の挑戦」だ。スタジアムからの帰り道、大挙として押し寄せていたサラゴサのサポーターは僕の顔を見ると、試合前以上の、はち切れんばかりの笑顔を見せた。今日のフェスには大満足で、たぶん、こちらが両手を広げれば迷うことなくハグをしてくれただろう。彼らにとっての香川は、これまで苦しんできた末の褒美なのかもしれない。
取材・文/江間慎一郎(スペイン在住ジャーナリスト)
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「※」は提携サイト『 Sporting News』の提供記事です





