【石川直宏引退特集】盟友・田中隼磨が語るナオ「バチバチのライバルから一生続く大事な関係に」

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横浜F・マリノスではユース時代からチームメイトだった田中隼磨(松本山雅FC)と石川直宏(FC東京)。田中が今季限りで現役を引退する盟友について語った。

石川直宏と田中隼磨。その深い関係を知るファンは意外と少ないのではないだろうか。石川は横浜マリノスユース、田中は横浜フリューゲルスユースの出身で、アカデミー時代はライバルとして火花を散らしていたという。まさかその1年後、クラブの合併によってチームメイトになろうとは、よもや想像もしていなかっただろう。

年齢は石川が1つ上。強烈なライバル意識はいつしか友情へと変わり、今では別々のチームで活動しながら、深い絆でつながっている。石川は今シーズン限りでスパイクを脱ぐことになったが、二人の関係はこれからも変わらない。

――石川選手は8月2日に現役引退を発表しました。田中選手が話を聞いたのはいつ頃でしたか?

発表の1カ月くらい前かな。ナオから電話があって、直接聞きました。俺は正直ショックだったけど、それは出さないようにしました。逆に「残り半年のシーズンをナオらしく戦ってね」って伝えたんです。「ナオらしく最後までやってほしい。その姿を俺は見たい」って。

――普段から頻繁に電話しているんですか?

結構してますね。俺がケガした時は「ケガをしたらナオに聞けば何でも分かる」と思っているので(笑)。もちろんそれだけじゃないですけど。

――その電話も特に改まった報告とは思わずに取った?

普通の電話だと思ってました。ナオは普段のテンションで話してたんだけど、その喋り方で何かを悟りましたけどね。

――もともとそういう相談や話はしていたんですか?

相談は全くなかったですけど、将来についての話は、昨年のシーズンオフにマツさん(故・松田直樹氏)のお墓参りに一緒に行った時にしました。俺たちは二人ともマツさんに憧れていたし、サッカー選手というものを教えてもらった。しかもナオはそのシーズンにいろいろあって、それを踏まえて今年は「もう一年やろう」というチャレンジだったからね。そういった思いも含めて、群馬まで往復しながら二人だけでいろいろな話をしましたよ。

――もしかしたら今シーズンに懸けているのではないかと感じる部分は?

もちろん感じてはいましたけど、それはお互いそれぞれにあると思いますよ。この年齢になれば“終わり”は近づいてきているので。

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――ここからは少し記憶を遡ってもらえたらと。まず石川選手との出会いを教えてください。

俺が横浜フリューゲルスユース、ナオが横浜マリノスユースだった時に試合をしたのが最初ですね。当時、フリューゲルスユースとマリノスユースはライバル同士で、バチバチしてました。でも、その翌年にクラブが合併して、ユースも一緒になるんですよ。そこから同じチームになったんですけど、相変わらずバチバチで。選手はそれぞれのユース組は固まっていてあまり話さないし、ロッカーも別々。まだ高校生だったから中途半端に子供だったんでしょうね。変な意地とプライドがあって、ボール回しの練習から完璧に分かれてました。

――それでうまくいったんですか?

最初はうまくいかないですよ。だって、あまり話さないですもん。試合中もほとんど話はしてなかったし。

――何がきっかけで打ち解けていったのでしょうか。

やっぱり時間じゃないですか。これというきっかけはないです。だって、最初は練習着も別々だったんですよ。トップからどんどん揃えていくから、最初のうちはユースの練習着が別々だったんですけど、それが同じものを着るようになり、徐々に話すようになって、時間が経ってふと気づいたらナオとずっと一緒にいるようになってましたね。

――二人とも右サイドを主戦場とする選手ですが、当時からライバル関係だったのでしょうか。

ライバルという意識は全くないですよ。それは今でも。何だろうな……当時から同じポジションもやったけど、俺がサイドバック、ナオがサイドハーフでコンビを組んでいたことも多かったから。その後はオリンピック代表や日本代表で同じポジションになったけど、ライバル意識というよりも、ナオの活躍を見て「俺も頑張らなきゃ。ナオに負けないようにしなきゃ」と思わされる存在だった。俺にとってのナオは、サッカー人生のすべてにおいて、最も影響を受けた選手だと思います。ユースの頃から苦楽をともにして、トップに上がってからもお互いいろいろな状況を経験してきた。年代別の代表合宿でもF・マリノスから一緒に移動して、向こうでも一緒に練習して、試合後は一緒に帰ってくる。本当に同じ時間を共有していたし、お互いの気持ちが分かり合える選手。プライベートでもすごく気が合って、一緒にいる時間が長かったので、本当に特別な存在ですね。

――年齢は石川選手が1学年上で、1年早く横浜F・マリノスのトップチームに昇格しました。

そうなんですけど、俺はもうすでに寮に入っていて、高校3年生の頃にはトップチームの練習に参加していたんですよ。ナオはトップチームに昇格したタイミングで横須賀の実家から寮に入ってきた。だから一番身近なトップの選手がナオで、車で寮から練習場まで送り迎えしてもらったりしてました。

――その頃から、いろいろな夢を語り合ってきた?

そうですね。そんなに真面目には語り合っていなかったかもしれないですけど、ナオは横須賀で生まれ育ってマリノスのアカデミーに入って、俺は松本で育ってユースからフリューゲルスに行って。お互い環境は違うけど、「これからF・マリノスを強くしていこう」なんて話してましたね。「俺たちがF・マリノスを背負っていくんだ」くらいのことを偉そうに言ってた記憶があります(笑)。

――石川選手から刺激を受けた部分は?

性格もそうだし、周囲に対しての言動も、学ばなければいけないなと思う部分がたくさんありました。でも、自分にはナオみたいにうまくできない部分がたくさんあったので、違う面で自分がどうしなければいけないのかを考えさせられる存在でもありましたね。

――性格的に似ている部分はありますか?

とにかくお互いに前向きでポジティブなんですよ。どちらもあまりネガティブなことは言わないです。ネガティブなことを思っていても、それをバネに次はどうするかって考えたり。すごくポジティブ。そこは似てますね。だから話をしてても、考え方が一緒の方向に行くんです。

――いい仲間ですね。

最高だよ。そういう人が身近にいてくれるのは。

――昔の話に戻ります。2001年には田中選手が横浜F・マリノスのトップチームに昇格し、1stステージ開幕戦のヴィッセル神戸に両選手とも先発出場しています。

俺がボランチで、ナオが右サイドでした。ナオも開幕スタメンは初めてだったと思います。俺、今でも家にデビュー戦のスタメン写真が飾ってあるんですよ。結構デカいパネルなんですけど、俺は金髪、ナオなんてロン毛の金髪でしたから(笑)。

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――2002年には石川選手がFC東京に、田中選手は東京ヴェルディ1969(現東京ヴェルディ)に期限付き移籍します。

そうなんですよね。あのシーズンはトップチームには在籍していたんだけど、お互いに紅白戦のメンバーにも入れないし、練習もグラウンドの端っこでボール回しをするだけで、練習が終わったら「自主トレもあまりするな。早く帰れ」って言われるような苦しい状況だったんです。なかなか練習できず、アピールする場もなくて、結構もどかしい時期が続いてましたね。それでナオが4月に、俺が夏に期限付き移籍することになったんです。

――それぞれが移籍したことにより、期せずして東京ダービーで激突することになりました。対戦相手としての石川選手はいかがでしたか?

どちらも右サイドに入っていて、基本的なポジショニングが逆サイドだったので、あまりマッチアップしなかったですね。試合が始まればそこまで意識しないですけど、やっぱりナオに活躍されると悔しいから、味方の左サイドには「絶対止めてくれよ」って言ってました。ユースの頃からずっと一緒だったので変な感じでしたけど、ナオと対戦できるのは楽しみでもありました。

――2009年に田中選手が名古屋グランパスに移籍してから、石川選手との対戦が最も多い期間になります。

名古屋の時は結構対戦してますよね。いつもFC東京と対戦するのは楽しみでした。サッカー人生のモチベーションとして、ライバルというわけじゃないですけど、仲間と対戦する楽しさはありますよね。

――今回、石川選手と田中選手の全対戦データを調べてみました。カップ戦も含めて見ると、石川選手に結構ゴールを決められていますよね。

よく調べましたね。これはすごい(笑)。ナオには“結構”じゃなくて“相当”やられてますよ。

――2009年7月には中3日でJ1第17節とヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)の2連戦があって、FC東京が3-0、5-1で連勝。石川選手は味スタで行われた両試合でゴールを決めています。

その連戦は鮮明に覚えてますよ。ピクシー(ストイコビッチ元監督)が激怒してましたからね。ナオはその時、シュートを打てば入るようなキレキレの時期で。リーグ戦の試合で、監督が「石川に気をつけろ」ってミーティングで何回も言っていたんですよ。ピクシーはあまり相手選手を名指しでピックアップしないから珍しいと思ったんですけど、「イシカワはかなり調子がいいから厳しく当たれ」って指示を出していたんです。それなのに開始直後にゴールを決められて。次のナビスコでも開始11分で3点取られて、その3点目がまたナオで……。ハーフタイムはヤバかったですよ。ロッカールームで選手に「おまえら、冗談じゃないぞ! このままサッカーができると思うなよ!」って叫んで、物を蹴飛ばしたりして大荒れでした。

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――ストイコビッチ監督にそれだけのことを言わせた男ということですね。

確かにナオは調子が良かったですし、止めるのは難しかったです。複数で奪いに行かなければ止められないんですけど、そうすると今度は他の選手が空いてしまう。サッカー選手にはそういう時ってあるんですよ。俺もそうだったことがあるけど、ドリブルすれば成功するし、こぼれ球も自分のところに来る。シュートもいい形で入っちゃうんです。

――二人が同時に出場した試合の通算成績を見ると、リーグ戦は6勝6分け6敗、ナビスコでは2勝2分け2敗で勝ち上がりも1勝1敗。田中隼磨と石川直宏の戦いは、実は決着がついていないんですよ。

そうなんですか。軍配はナオに上がっていると思ってたんですけど、勝敗はついてないんですね。でも、もうナオがやめちゃうから、勝敗はつけられないよね。ナオ、現役復帰してくれないかな(笑)。決着つけたいからね。今のタイミングで撤回するのは無理でも、来年とか再来年とかに思いのほかひざの調子が良くなったりしてさ。

――シーズン最終戦に向けて、かなり調子がいいみたいですしね。

そうそう。実は1カ月くらい前に連絡したんですよ。ふと俺が電話して、「最近どう?」みたいな感じで。単に調子を聞きたかったんですけど、あんまり聞きすぎるのも嫌だから、ナオの言葉と声でちょっと感じ取ろうと思ってたんですけど、そうしたらナオから「そっちから何か報告あるんじゃないの?」って言われて(笑)。「いや別に何もないよ」って。そのまま電話切ったんですけど。

――引退報告だと思ったんですかね(笑)。

そうかもしれないですね(笑)。俺はまだやめないのに。

――改めて石川選手にメッセージを送るとしたら?

メッセージか……。あまり面と向かって「ありがとう」とか言ったことないからね。ナオが1歳年上なんですけど、普段から敬語は使ったことがないし、おちゃらけてからかったりしてたから。ただ、ご飯を食べに行って会計する時だけ年下になるんです(笑)。

――今でも?

いやいや、さすがに最近はもう割り勘ですよ(笑)。だけど若い頃は、普段は年上扱いしてないのに、ご飯行く時だけ「ウィッス、ナオさん、お疲れッス。ごちそうさまです」みたいな感じで。ナオも優しいから、「お~い、なんだよ~。お前、汚ねぇな~。そういう時だけ年下ぶるなよ~」とか言いながら、お会計してくれたことは覚えてます。

――可愛がってもらっていたんですね。

ですかね(笑)。でも、ナオが引退するから言うわけじゃないけど、俺にとっては本当に特別な選手でしたよ、いろいろな意味で。近くでいい経験をさせてもらったし、盗めるところは盗んだし、それが無理なら自分は他に何をするべきなのかって考えさせられる存在でした。一番身近でしたしね。

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――最後に、これからの石川直宏に一言お願いします。

俺とナオの関係は現役の間だけじゃなく、これからの人生でも一生続くと思う。若い頃から一緒にいて、今はお互いに家族があって子供もいて。だけどこうやってしっかりつながっている。これからも関係が続くと思うから、ナオが考えていること、ナオのやることを俺は注目すると思うし、ナオも俺がやってることを注目してくれると思う。お互い、これからどういう道に進むのかは分からないけど、それぞれの立場で意見を交換すると思うし、そういう関係でいたい。これもありきたりだけど、引退後もナオらしく前を向いて突き進んでいってほしいですね。

――良い刺激を与え合いながら。

そうですね。俺も与えたいしね。俺がずっと現役でやってて、ナオが「うわ、もっとやりたかった」って思うかもしれないし、引退して新しい道に進んで伸び伸びするかもしれない。またナオのあのスマイルを見たいし、お互いの期待に応えたいよね。俺はやっぱり松本山雅を強くしたいと思って松本に戻ってきたし、クラブに必要とされるうちはそこに全力を尽くしたいから。ナオに負けないように、まだまだ頑張りますよ。

インタビュー・文=青山知雄

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