バルセロナは13日、エルネスト・バルベルデ前監督を解任した。就任から2シーズン連続でリーガ優勝をもたらし、今季も前半戦を首位で終えた55歳に別れを告げたのだった。
そして新たに迎え入れられたのは、キケ・セティエン。2018年にはレアル・ベティスで日本代表FW乾貴士を指導したことでも知られる61歳に、2022年までの契約を手渡すこととなった。この決断は、スペインでも驚きをもって伝えられている。
では、世界最高峰のクラブを率いることとなったセティエンとは何者なのか? どのような哲学を持ち、どのようなビジョンを描いているのだろうか?
今回は、スペインで高い評価を受ける『パネンカ』誌のルジェー・シュリアク氏に原稿を依頼。セティエンという人物に迫る。
文=ルジェー・シュリアク/Roger Xuriach(スペイン『パネンカ』誌)
翻訳=江間慎一郎
■クライフィスタ

「昨日は私の故郷で牛と一緒に歩いていたが、今日はバルサで練習を指導している」。アスルグラナ(青とえんじ、バルセロナの愛称)の監督就任会見で、キケ・セティエンは語った。彼が口にしていく言葉は、まさか自分が……という感情を素直に表すように謙虚なものだった。
それでも彼には、バルセロナを率いるための資格が、少なくとも根拠がある。彼は凝り固まったと形容できるほどの“クライフィスタ(ヨハン・クライフ信奉者)”なのだから。「私はもっと素晴らしいフットボールを実現できると感じていた。が、ヨハンが私たちに教えてくれるまでは見出すことができなかった」。セティエンは2016年に『ツイッター』でそうつぶやき、また1年前にはリオネル・メッシについて「彼のことを日々指導する、そのプレーを拝むというのは、とんでもないことだ」とも書き記していた。つまり“クライフィスタ”であり、メッシにも憧れていた人物は、羨望の眼差しを向けていた対象のど真ん中に身を投じたわけである。睡眠中に脳内に浮かび上がり、起きた時にため息をつく類の夢が、現実のものとなったわけだ。
ただし、セティエンはこれからずっと夢心地でいられるわけではなく、決して気を緩めることのできない挑戦に臨むのである。その挑戦とはタイトルを勝ち取りながら、アスルグラナの哲学とされたパフォーマンスを取り戻すこと。前任者のバルベルデは過去2シーズン、タイトルをつかませはしたものの、メッシのゴール以外では人々からあくびを取り除くことができず、さらにチャンピオンズリーグではローマ戦、リヴァプール戦での劇的逆転負けで屈辱すら感じさせてしまった。セティエンの挑戦は、簡単なものにはなり得ない。
■頑固者
Goal1958年にサンタンデールで生を受けたエンリケ・セティエン・ソラールは選手時代、リーガ・エスパニョーラ1部と2部で20シーズン連続でプレー。粗野で激しいフットボールが展開されていた1980年代に、賢明かつ冷静な10番タイプの選手だった。デビューを果たしたのはラシン・サンタンデールで、その後にはアトレティコ・デ・マドリー、ログロニェス、またラシンに在籍し、最後に2部Bのレバンテでスパイクを脱いだ。監督業を始めたのも、選手として合計12シーズンを過ごしたことで伝説の存在となったラシンから。彼の思慮深さは、選手時代から変わっていない。そして彼が息抜きとしているのは、プロレベルにまで到達したチェスである。いや、彼にとってチェスはフットボールであり、フットボールはチェスなのだ。
「メンタルとフィジカル、フットボールとチェスの関係には類似性が見られる。駒は攻撃と守備のために連係し、攻守両面でチェス盤の中央を支配する基本となる。チェスは早まったことをしたり、衝動的な決断を下したりすることをせず、熟考することを促してくれるんだよ」
しかしながら、フットボールとチェスに類似性を見出す男は、頑固者でもある。彼は自分が指揮するチームとは正反対の保守的な、リアクション的なプレーシステムにいつだって否定的な考えを示してきた。アトレティコ・デ・マドリーのディエゴ・シメオネが、その自伝『信念』の中で「ある監督から『君は素晴らしいことを成し遂げている。ただ君のチームのプレーは好きになれないがね』と言われた」ことを明かしていたが、その“ある監督”は当時ラス・パルマスを率いていたセティエンのことだった。加えてバルセロナ新監督は、ベティスを率いていた昨季にそうした辛辣さを公の場で発揮することも憚らなかった。マウシリオ・ペジェグリーノ率いるレガネスに負けた際、会見で「レガネスは嫌味なことを素晴らしくやってのけているね。もし彼らに私たちのようなプレーをしろと言ってもできやしないだろう」と悔しさを隠すことがなかったのだ。
セティエンが志向するフットボールは、「ポゼッション」「主役」「攻撃」「リスク」という4つのコンセプトに集約できる。要するにジョゼップ・グアルディオラが10年前、現在では引退していたり、30半ばになっている選手たちともに実現したものと同じだ。当たり前の話かもしれないが、セティエンは羨むべきクライフ直弟子の“クライフィスタ”であるペップと同様の耽美主義者である。彼はいつだって美しさを、調和を、完璧を追い求めてきた。
だがアシスタントコーチとして従えるエデル・サラビアが「私たちはポジショナルプレーと常にそれと関連づけられる4-3-3を実践する。ただバルサのような明確な選手たちが必要なのも事実だ。連係だけでなく均衡や劣勢の状況すら解決できる選手たちがね。そんな選手たちを擁するのは世界で4、5、6、8チームくらいのものだ」と語ったことのある通り、無理に理想を押し付けるような冒険が、常に結果も伴う完璧なものであったとは言えない。ベティスではサポーターにただボールを回すだけの傲慢で退屈なスタイルとの烙印を押され、解任の憂き目に遭った。しかし、それでも彼は“クライフィスタ”であることを、自身が信奉するフットボール以外に正解がないことを強く、頑なに信じ続けている。
「私に経歴などない。唯一行なったことと言えば、ベティス、ラス・パルマス、ルーゴに良質なフットボールを興じさせたということだ」。セティエンは人生で最も重要な契約をバルセロナと結んだ後、自分のキャリアについてそう結論づけている。その言葉は少し気取ったように思えるものかもしれないが、もちろんこれから率いるカタルーニャのチームであれば価値を持ち得る。何となれば、その頑なまでのフットボール観とメソッドは、21世紀におけるバルセロナ最高の中盤2選手、セルヒオ・ブスケツとチャビ・エルナンデスから太鼓判を押されたのなのだから。
ブスケツは昨季、カンプ・ノウでセティエン率いるベティスに敗れた際、相手のアンチフットボールを強調する術がなく「彼のフットボール観は評価されるべきだし、僕は称賛する」と、すがすがしく相手監督を褒めたたえた。そしてバルベルデ後任の最有力候補であったチャビも「セティエンはバルサにとって素晴らしい監督になるだろう。彼のボールを通じてゲームを支配するモデルは、バルセロナに合致するものだ」という見解を述べていたのである。
■夢と現実

セティエンは現在のバルセロナを、ペップが率いたチームにどれだけ近づけられるのだろうか。それはボールが転がり始めないと分からない。バルベルデはネイマールのパリ・サンジェルマン移籍に動揺し、落ち込んでいたチームを率いることになり、クライフが標榜した道を逸脱してソリッドでコンペティティブな結果重視のパフォーマンスに軌道を修正した。彼の後任となるセティエンが期待されているのは、軌道の再修正。つまりは後方からボールをつなぎ、一枚岩で相手陣地に進んでいき、そうやってボールを保持することを最善の守備とし、最後にメッシが違いを生み出すパフォーマンスである。その観点から言えば、ポゼッションフットボールの純粋主義者から常に疑惑の目を持たれてきたアルトゥーロ・ビダルやイヴァン・ラキティッチがどのように扱われるのかが注目される。またバルセロニスタスは、かつてペップがそうしたようにカンテラの才能を生かすことも望んでいる。アンス・ファティ、カルラス・ペレスがトップチームに入り込んだ現在、バルベルデが信用しなかったBチームの宝石リキ・プッチを使っていくのかも気になるところだ。
今季のバルセロナは、たとえフットボール的なプランが見えなくても、決定的な選手たちが決定的なプレーを見せることで勝利をかっさらってきた。メッシと並びそうした1人でありながらも、守備ではあまり走らないルイス・スアレスが5月までの長期離脱を強いられたことは、もしかしたらセティエンにとって有利に働くかもしれない。例えば、右ウィングをスタートポジションとするメッシに再びファルソ・ヌエベ(偽9番)を務めさせ、左ウィングでは窮屈そうだったアントワーヌ・グリーズマンを主戦場としていた右に移すことも可能であり、ペレス&ファティ(もしくは2月復帰予定のウスマン・デンベレ)のカンテラーノ2人を両翼で生かすこともできるだろう。肝要であるのは、L・スアレスの得点力を補うこと、メッシを笑顔でプレーさせること、バルセロナらしいプレーを取り戻して結果も手にすることである。
「フットボールは人生を見事に反映しており、自分のために惜しみなく力を振り絞る人たちと、そうでない人たちと出会うものだ。私は自チームの選手たちがどんなタイプであるか、ピッチ上でどう振る舞うのかを察知することができる。利己主義者なのか個人主義者なのか、はたまたチームのためにプレーできる選手なのかをね……。私くらいの年齢になると、見誤る方が難しい」
ラス・パルマスを率いていた頃にそう語っていたセティエンは、これから正反対とも言える世界的スターが集うチームでタクトを振るう。果たして、順応主義であったバルベルデにまんざらでもなかったバルセロナの選手たちは、バルセロナとクライフの哲学に憧れていた62歳の監督の声に耳を傾けるのだろうか。その声は、哲学が廃れつつある現在のバルセロナにとっては、机をバン!と叩いてから一席ぶつような急進的、過激なものなのかもしれない。彼らを説得させられるかどうかはビッグクラブを一度として率いたことなく、チャンピオンズリーグのイムノをベンチから聞いたことのない指揮官が、どれだけのカリスマ性を有しているかにもかかってくる。
そもそもセティエンが率いるのは、リーガ・エスパニョーラで首位を走り、チャンピオンズリーグでベスト16まで進出し、コパ・デル・レイでも優勝の可能性がある、スペイン・スーパーカップをちょっと落としてしまっただけのバルセロナだ。彼は結果とともに、プレー内容でも足跡を残さなくてはならない。もし勝ってもプレーで納得させられなければ、プレーで納得させられても勝てなければ、この一局がどうなるのかは明らか……つまりは、チェックメイトだ。
頑固なロマンチストの夢と現実の日々が、今始まった。
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「※」は提携サイト『 Sporting News 』の提供記事です


